39話 奴隷商人
実を言うと既に敵のアジトの場所はわかっている。
わかっていると言うよりは、憶えていると言った方が正確か。
ただこのままそこへ直行しても、この階層をクリアする事は出来ない。
設定されたシナリオ通りに情報を集める必要がある。
情報収集をなしに偶然辿り着いた場合などは、負けイベが発生するという面倒な仕様だ。
よくある頑張れば倒せる系の負けイベではない。必ず負ける。ダメージが通らないのだから勝てるはずもない。
俺達は二手にわかれ、街の住人に聞きこみ調査を始める事にした。
俺とリリアは2人で、他は3人組となり街の東にある貴族の屋敷に向かわせた。
「俺達も情報を集めるか」
「はい、でもどこへ行きましょうか」
「そうだな、俺達は奴隷商人の所へ行く」
本来は俺とウルで行動しようとも思ったのだが、元奴隷のアイツにとって奴隷商人の元を訪ねるのは酷な話だ。
それを踏まえ、バランスを考えた結果今のメンツでの情報収集となった。
「奴隷商人、ですか」
「ああ、そこで戦闘になる事はないから安心しろ」
それを聞いてリリアは少しほっとしたのか、胸を撫で下ろした。
中世のヨーロッパのような街並みは、よくあるファンタジーの街そのものだった。人々で賑わい、街全体に活気がある。
アイテムなど購入出来ないのが残念だが、それを言っても仕方がない。
俺達は雑踏に紛れ目的地へと歩を進める。
「なんだかいい街ですね、皆笑ってます」
リリアは人々を見て嬉しそうに微笑んだ。
「そうだな」
そういうデータだ。とは言えなかった。リリアも他の奴らもそれは等しく同じだからだ。
最近たまに分からなくなることがある。
俺は初期キャラクターへと入り込んでしまったが、これが元々そういう設定だったのかもしれないと。
俺は本当に元の世界の住人だったのか、コイツらと同じようにデータ上の存在なのではないかと、自分を疑いたくなる時がある。
「――クロードさん? どうしたんですか暗い顔して」
そんなつもりは無かったが表情に出ていたらしい。
リリアが覗き込み、その大きな瞳と視線が交差した。
本当に、コイツもデータ上の存在なのだろうか。
いや、今考えるのはよそう。どの道99階層を攻略すればわかる事だ。
それまでは余計な事は考える必要はない。
「元々そういう顔なんだよ。それより、もう着くぞ」
目の前のアクセサリーショップの右には、薄暗い路地が続いており奴隷商人の店はその先にある。
路地に入りしばらく進むと建物と建物の間に、下へと続く階段が見えてきた。ここが奴隷商人の店だ。
「凄く胡散臭いですね」
見るなりリリアが嫌そうな顔で呟く。
「奴隷を生業にしてる奴だ。胡散臭くない訳がないだろう」
そのまま階段を下っていくと用心棒なのか、顔に切り傷のある大男が扉の前で仁王立ちしている。
「なんのようだ。ここは貴様らのような者がくる場所ではない。帰れ」
感情のこもっていない声で男は言った。NPCとはいえ、こいつの態度には腹が立つ。
「犯罪集団に関して話があるんだが、それでも帰った方がいいか?」
男はそれを聞くと数秒無言を貫き、遂には扉を開けた。通っても構わないということか。
「あの、奴隷商は犯罪じゃないんでしょうか?」
リリアが俺の耳元に顔を寄せ、男には聞こえない声量で最もらしいことを口にする。
確かによく考えれば微妙なラインだ。胸を張れる職業ではないはずだが犯罪ではないのだろう。
「どうだかな」
扉を潜ると、中は思った以上に広い空間で幾つもの檻が設置されている。
そしてその中には鎖に繋がれたやせ細った人々が、怯えるような目で俺達をみていた。
胸糞悪い光景だ。コイツらを閉じ込める檻も、繋ぎ止める鎖も、そして俺達を見るその目も全てが胸糞悪い。
リリアは閉じ込められた人々から目を逸らし、俺の服の袖をギュッと掴んで俯いている。
すると奥の方からカツカツと足音が響いてくる。
「ようこそ。――本日はどのような奴隷をお望みデ?」
現れたのはピエロのような格好をした、小太りの男だ。コイツが奴隷商人か。仕事の趣味が悪い奴は服装の趣味も悪いらしい。
「そんなものに興味はない。それよりお前、今困ってるんじゃないか?」
それを聞くと奴隷商人はピクリと反応し、
「――どこでそれを?」
実際コイツが何に困ってるのかは知らないし、興味もない。
本来ならコイツに銀貨5万を渡して情報を買う必要があるが、今回はあえてそれをしない。
こっちの方が得だからな。
「そんなことはどうでもいい。どうなんだ?」
「困りましたネェ。一体どこでそれを聞いたのか……しかしッ! その通りでございます。ワタクシ、とっても困っているんですヨ!」
奴隷商人は鬱陶しい程身振り手振りで話し、やがてピタリと止まる。
気持ちの悪い男だ。コイツの一挙一動にリリアが反応し、その度に俺の袖を掴む力が強まるのがわかる。
同性の俺から見てもそうなら、異性のコイツからみたら相当気持ち悪く映っているだろう。
「実はですネェ。近頃この街……いや、このこの国全体で、ある組織が暴れているんですヨ。そしてどうやらその組織が、この街を狙っているという噂があるんですヨ! ワタクシの様な奴隷を生業としているものは、その許可を貰うのに大金を積んでいるわけなのデス!」
奴隷商人はクルクルとその場で回ったり、地団駄を踏んだりと忙しく動き回る。
「それで?」
「ですから、この街で商売出来なくなるのはワタクシにとっては……大ッッッ損! なのですヨ。ぁ――貴方がた暇そうですネェ。ワタクシからの依頼、受けてはくれませんかネェ」
大きく飛び跳ね、そして俺の目の前に化粧で塗りたくった顔面を近づける。
――よし、記憶の通りだ。
通常ルートはこの豚野郎に金を払って情報を買うのだが、コイツが組織に悩んでいるのを看破すると依頼が発生する。
「言ってみろ」
「この街の北側はスラム街なんですがネェ? そこにきゃつらの拠点があるらしいんですヨ。討伐して頂けますかネェ。報酬は、期待してていいですヨォ!」
【隠しクエスト:奴隷商人からの依頼を受けますか?YES/NO】
ウィンドウが表示される。俺迷わずYESを選択。
【奴隷商人からの依頼を受けました】
【組織の拠点を制圧してください】
これでアレが手に入るはずだ。
「行くぞ。もうこんな所に用はない」
「は、はい!」
俺達は奴隷商人に挨拶する訳もなく、部屋を出て街の北側にあるスラム街を目指した。




