34話 王対王
狂戦士のスキルは攻撃力と速度、魔攻が20パーセント上昇するが、総HPの30パーセントを代償とするスキルだ。
攻撃に特化したスキルだが、その代償故に戦いの後半では中々使うことが出来ない。
そしてゴブリンキングは今、そのスキルを使用した。
決してよそ見をしていた訳ではない。だが次の瞬間、俺は地面に寝転んでいた。
何をされたのか全く分からなかった。後頭部に鈍い痛みを感じる。
――地面に、叩きつけられたのか?
「クロードさんッ!」
リリアが矢を放ち、牽制するがキングは避けようともせず素手でそれを掴む。
元々の基礎ステータスが高い分、20パーセントの上昇は俺達にとって致命的だな。
「あいつのスキルは長くは持たない。その間俺が食い止める。お前ら援護を頼むが、無理に戦闘に入らなくていい」
アイツらを雑魚扱いする訳じゃないが、恐らくまともについてこれるレベルの戦闘じゃないはすだ。
【スキル:王の資質Lv2を使用します】
【ステータスがアップしました】
――これで対等くらいにはなるだろ。
迫るキングの動きはよく見える。ハルバートによる必殺の刺突。
それを脇腹を通過する様に回避し、そのまま挟み込む。ハルバートを固定し、細い首へ回し蹴りを放つ。
脚は首にめりこみ、キングの身体を壁際まで吹っ飛ばす。
そこへリリアの矢とウルの魔法により追撃。
大したダメージにはならないが、ないよりはマシだ。
土煙があがり姿は見えないが、あの程度でどうこうなる訳が無い。
土煙が晴れると、やはり大したダメージはないようで平然と立っていた。
そしてキングは、自身を蹴り飛ばした俺を睨み怒りの咆哮をあげる。
つんざくような悲鳴にも似たそれは、空気を揺らし、肌を刺激する。
思わず耳を塞ぎたくなるほどの、馬鹿げた声量だった。だが、そんなことをすれば次の瞬間には、俺の首と胴体は真っ二つになっている。
「――やかましい奴だ。きゃんきゃん喚いてねぇでかかってこい」
キングはハルバートを投擲。照準を俺に定めた高速のそれは、音をも置き去りにする勢いだ。
弾く寸前、カミルが相手の行動を読んでか、俺の前にバリアが展開される。
青色の盾のようなそれは、ハルバートが直撃すると瞬時に砕けるが、その威力を殺すのには十分な役割を果たした。
勢いの殺されたハルバートを墨月で叩き落とし、既に迫るキングの迎撃にでる。
キングは至近距離で前転し、俺の肩目掛けて踵落とし。
不規則な動きに一瞬判断が遅れた俺は、それを右肩にくらう事になる。
「――クッ」
鎖骨辺りに骨ばったかかとがめり込み、鋭い痛みが走り、衝撃で思わず片膝をつく。
キングはその隙に、落ちているハルバートを拾い上げ、そのまま体勢を崩した俺に向け薙ぎ払い。
――マズイッ!
咄嗟に双剣を構えるが衝撃は来なかった。
クラッドがキングの背面を突き刺していた。キングは一瞬よろめくも、クラッドに裏拳をかまし吹っ飛ばす。
クラッドは腕をクロスさせ、当たる直前に後ろに跳ねて衝撃を軽減させていた。
リリアが吹っ飛ばされたクラッドの元へ走るのが見える。とりあえずは、クラッドは大丈夫そうだな。
キングは「ぎゃぎゃぎゃ」と不快な笑い声を上げ、再び俺へと標的を定める。
「ムカつく野郎だ」
足元の小石をキングの顔面へと蹴り飛ばし、そのまま跳躍。小石をハルバートで弾いたゴブリンは、一瞬対応が遅れる。
秘剣で脇腹を切り裂き、墨月で首元を狙う。
致命傷となる首元は弾かれたが、脇腹からは激しく出血し、足元には血溜まりができている。
――持久戦に持ち込めば勝手にくたばるか。
ゴブリンの秘剣の出血は毎分総HPの1パーセントの永続ダメージが付与される。
つまり出血が発動してから100分逃げ回っていれば、相手は勝手に死ぬという事だ。
今は低階層だからチートの様に感じるが、階層が進めば相手も回復や状態異常耐性をもった敵が多くなってくるので、そこまで万能という訳でもない。
だが、今目の前にいるコイツは状態異常耐性がかなり低い。
高確率で出血が発動するはずだ。首を狙った墨月はフェイクだったが、見事に引っかかってくれた。
深手を負ったキングは、なりふり構わずハルバートを振り回す。
俺はそれをいなし、顔面を斬りつけるが――。
「――ガハッ」
考えが甘かった。痛みがあれば多少怯むと思ってたが、攻撃を受けながら反撃するとは思わなかった。
キングの拳が腹部にめり込み、身体がくの字に曲がる。内蔵が破裂しそうだ。
血と共に胃液が逆流する。だが俺もこんな程度で怯む訳にはいかない。
キングの頭部に肘を振り下ろし、下がった顔面に膝を蹴り上げた。
そして、宙に浮くキングの顔面に拳を振り抜く。
「――お返しだ」
ぐしゃりと鼻が潰れ血が吹き出る。
水平に吹っ飛ぶ相手との距離を詰め、身体を旋回し腹部目掛けて横からのかかと落とし。
先程の俺と同じように身体がくの字に曲がり、そのまま勢いよく地面に叩き付けられる。
吐血するキングの顔面へ、墨月を突き立てるがキングは両腕で墨月を抑え、拮抗する。
「おい、他がガラ空きだ」
相手は両腕を使って俺の左腕を抑えている。
俺はまだ右腕が自由だ。勿論この絶好のチャンスを逃すはずもなく、秘剣で先程斬り裂いた箇所に刃をねじ込む。
突き立てるでも突き刺すでもなく、文字通りねじ込んだ。
断末魔の苦しみに耐えながらも、墨月を抑える力は緩めない。
が、ふとその力が抜けた。
――スキルが切れたか。
後はもう一方的な戦いになった。
元々のスキル時間が長い王の資質を発動している俺にとってスキルが切れた、それもかなり手負いのゴブリンキングはさほど脅威ではない。
殴りつけ、斬りつけ、ゴブリンキングは虫の息だった。
「そろそろ、か。――じゃあな」
俺もスキルも直に切れる。
その前に俺は、ゴブリンキングの首を切断。
鮮血が勝利を祝うかのように、盛大に噴出した。
油断もない。準備不足という訳でもない。パーティの連携がどこかで崩れていたら、結果は変わっていたかもしれない。
【ゴブリンキングを討伐しました。連携階層のクリア条件を全て満たしました。30秒後に帰還します】
【経験値3000獲得】
【レベルアップしました】
【スキルポイントを5獲得】
【銀貨5000 力の種×10 進化の巻物×5 ゴブリンキングのマント×1】
【おめでとうございます。レアドロップ R5ゴブリンキングの王冠を手に入れました】
ウィンドが正式に俺達の勝利を、連携階層のクリアを表示した。
――間違いなく、1番の強敵だった。
「や、やりましたねクロードさん!」
リリアが駆け寄り、喜びを全面で表している。他の奴らもそうだった。
そして全員、血と泥で服が酷いことになっている。
「ああ、ギリギリだった。本当に」
「お主またいい取り(いいとこ取り?)しおったな! ワシの出番はむぐっ――」
「クロード君、なんだかんだ君に頼ってしまうね」
悪態をつくウルの口を抑えながら、カミルが申し訳なさそうに言った。
「いや、そんなことないさ。今回は誰かひとりでも欠けていたら、恐らく俺達は負けていた。俺1人ではアイツには勝てなかった」
カミルはそれを聞いて柔らかく微笑んだ。
「何回か死ぬかと思ったっすよ!」
クラッドの言葉に俺は鼻で笑い、
「そりゃ残念だな」
「ちょっ、どういう意味っすか!?」
長く激しい戦いだった連携階層をようやくクリアした俺達は少しだけ浮き足立っていた。
この連携階層では、ステータス以上に強くなれた実感がある。多くの傷を負い幾度の死線を乗り越えた。
個人としてもパーティとしても、格段にレベルが上がったのは間違いない。
ただ出来れば、もう2度とこんなギリギリの戦いはしたくないな。
そして俺達は久方ぶりに、安寧の支援施設へと転移した。




