32話 貴方の力に
案の定、リリアは鬼の形相を浮かべ俺の元へ駆けてきた。
これから言われることは、想像できるし言わんとする事も理解はできる。
だからこそ聞くのが面倒と思ってしまうのは、俺が子供だからだろうか。
「――さっきのはどういうつもりですかッ!」
ほらきた言わんこっちゃない。
俺はカミルにコイツを止めろと視線で訴えたが目をそらされた。
俺は上半身を起こし気だるげに、
「どういうつもりも何も、仕方ないだろ。あの状況でお前らの所に合流したとしても、全滅するのは目に見えてる」
「だからって! あんな……あんな事するなんて……私は認められませんから」
思った以上に長引きそうだな。顔を赤くしツンケンしているリリアと、面倒くさそうにしている俺を見てクラッドが割って入ってきた。
「ちょ、ちょっと、2人ともどうしたんすか? さっきまで仲良さそうにしてたじゃないっすか」
間の抜けた顔で空気の読めない事を言うクラッド。
「そんな事ありません! だいたい、クロードさんは勝手すぎるんです。人の気持ちも考えないで。何でもかんでも自分が無理すればいいって思い込んでます。連結階層に入ってから、特にそうですよ」
「いや、別にそんな事は……」
ある。実際そうだ。この中で1番戦闘能力の高い俺が、他の奴らと同じ働きではコイツらの負担が増えてしまう。
ある程度、俺はそれを考慮して戦ってきたつもりだ。だがそれも全て勝算ありきの行動であって、ただ単に無理をしているのとは違う。
言うなれば、パーティとしての戦略だ。
顔を真っ赤にさせて、憤慨しているリリアにこれを言っても理解はされないだろう。
自分が間違っていない自信はあった。ただ何故か胸に針が刺さったような痛みを感じる。
「ありますよ! シンさんの時、思わなかったんですか? もう誰にも死んで欲しくないと。私は思いました。 もう二度とあんな気持ちにはなりたくありません。貴方の、その掌の傷は……一体何の誓いなんですかッ! 全部が全部貴方に守ってもらわないとけないほど、私達は頼りないですか……そんなに、私達は……信用、されてないんですか……どうして、無茶ばかり……するんですか……」
リリアは今にも泣き出しそうなほど、嗚咽が混じりどんどんと声が小さくなっていた。
普段冷静なリリアが、こんなにも取り乱すのを見るのは初めてだった。
「俺は――」
言いかけて気付いた。俺の行動は全て俺の為に繋がっている。コイツらの気持ちなど考えたことはなかった。
勝手に決めつけ、パーティの最善がコイツらの最善だと思っていた。
言葉が喉に詰まって声にならない。
「もっと……もっと頼ってください。もっと、自分を……大切にしてください。お願い、ですから……」
「それはそうっすよね。クロードさんは強くて頼りになるっすけど、見てて怖いっすよ!」
クラッドまでもリリアに味方した。
リリアはもう泣く事を我慢しようとはしなかった。
ヘタリ込み、うずくまり、血にまみれた地面に涙を零した。
「残念だが、リリア君の言うことは正論のように思えるよ」
カミルまで。
「クロード、お主、馬鹿じゃのぅ」
ふと、ウルがニヤついた顔でそういった。
「こういう時は、ごめんなさい、なのじゃ。そんなことワシでも分かるのじゃ」
「お前らなにを――」
全員が俺を見ていた。泣きじゃくり目を腫らしたリリアは、その目に強く感情を乗せている。
敵意はない。貶めるつもりもない。ただ、仲間に向けた慈愛の眼差しだった。
俺は、こんなもの知らない。元の世界でこんなものを向けられたことはない。会社でこき使われ、感情のない視線を浴び続けた。俺の代わりはいくらでもいる、と。
だから俺は『seek the crown』に逃げた。金さえ積めば羨望の対象になれたから。
誰からも見られることはなく、画面越しでのコミュニケーションですんだから。
俺は最強だった。俺の代わりなんて1人もいなかった。
自分が1番強くて、他の奴らの面倒を見ればそれで全てが解決してきた。
頼るとか、そういうのは戦略以外では考えたこともない。
ましてやコイツらはアプリのキャラクター。厳密には人間ですらない。
そんなコイツらに俺は、何を言わせているんだ。
人間らしくないのは、俺の方じゃないか。
コイツらの方がよっぽど人間だ。
「私……本当は怖かったんです」
消えそうな声でリリアが呟いた。
俺はまだ何も言えなかった。
「こんな世界に来て、何も分からず戦えと言われて……凄く怖かったんです。でも、そんな時貴方が……貴方が道を拓いてくれました」
「――――」
「殺戮の世界で、仲間を守り……もう駄目だと思った時、必ず皆を助けてくれました」
――違う。そんなんじゃない。
「最初のダンジョンでも、その次も……今こうして私達がここにいるのは、全部……全部貴方が助けてくれたからなんです……私達を助けてくれた貴方に……私達は何も、返せていないじゃないですか……」
――俺はそんな大層なことはしていない。
「貴方の力に、なりたいんです……」
「――ぁ」
「貴方の背中を守りたいです……貴方と一緒に戦いたいんです……」
「俺は――」
言いかけて、リリアが俺を強く抱き締めた。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながらも、両腕は俺を離してはくれない。
嗚咽が耳に響く、零れた涙が胸に染みる。
「――辛いなら辛いと、助けて欲しいなら助けて欲しいと言ってください。貴方は1人じゃないんです……いつも、いつでも私達は……私はッ……ちゃんといますから……」
胸の内が、熱くなるのを感じる。
俺は今までコイツらがどんな気持ちで、どんな表情で居たのかを思い出せない。
簡単な、事だったのか。
助けてくれと、そう言えばいいだけだったんだ。
この世界でも、元の世界でもそうだ。思い返せばただの1度も自分から頼る事はしなかった。
そうする事で俺自身が、周りを遠ざけていたのかもしれない。
殻に閉じこもって、差し伸べられた手を取らなかったのは、俺だったのか。
1人で何もかもこなそうとして、コイツを駒のように扱っていた。
駒の失いたくないから無理をさせず、使えないから俺がやればいいと、心のどこかでそう思っていた。
俺は27にもなって、こんな簡単な事にも気付かなかったのか。
助けて欲しいと、協力して欲しいと素直に言えばよかったのか。
「――リリア」
「はい」
俺の呼びかけに、腕を離し顔をみて応じる。
乱れた金髪、潤んだ唇、そして力のある瞳が俺をじっと見つめていた。
「悪かった」
「なにがですか」
その目は未だ、じっと見つめている。
「お前らの気持ちを考えていなかった。1人で戦っている気になっていた」
「そうですよ、ちゃんと反省してください」
リリアは柔らかく微笑んだ。
クラッドもカミルもウルも、同じく微笑んでいた。
少し気恥ずかしい気持ちが駆け巡る。
「この先、今以上に辛い戦いになる。俺1人ではどうすることも出来ない。――手伝って、くれるか?」
答えは分かっている。ただ、きっと口に出してこれを言わないといけない気がした。
「嫌だと言っても、そのつもりですよ」
リリアはそう言って無邪気に笑った。
この世界に来てから、ずっと感じていた孤独感がすっと消えていくような気がした。
「じゃあ、改めてこれからもよろしくっすよ!クロードさん」
クラッドは笑顔で手を差し伸べ、俺はその手を掴んだ。
もっと早く、気づくべきだったな。
「早く次にいくのじゃぁーっ! ワシはもっともっと魔法を使いたいのじゃぁ! な、何をするのじゃ!」
ぶんぶんと杖を振り回す。ウルなりに気を使ってくれたのだろうか。
俺は感謝の気持ちを込めウルの頭にそっと手を置いた。これは別に伝わらなくてもいいことだろう。
「なんだか私の若い頃を見ているようで、胸が熱くなったよ」
「恥ずかしいからやめてくれ」
カミルは髭をさわりながら、ニヤついた顔で俺を見ていた。
次は7階層。この連結階層の最深部だ。
でもコイツらとなら不思議も不安はない。
「クロードさん」
ふとリリアが俺の手を握る。
確かめるような、信じているようなそんな目をしていた。
「ああ、わかってる。もう大丈夫だ」
俺は、俺達はまだまだ強くなれる。
「行くぞ、次で最後だ」
俺達は今までにない一体感を感じながら、続く最深部の7階層へと歩を進めた。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
俺達の戦いはこれからだENDっぽくなってますが、そんなことはなくまだまだ全然続きます。
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