30話 最後の罠
クラッドは目と鼻の先だ。
振りかざされたオークの槍よりも俺の方が速い。
オークがクラッドの胸を貫くギリギリで俺は墨月の腹でそれをガードし、火花を散らした。
――ここでコイツを失うわけにはいかない。
「ボサッとしてんじゃねぇッ! くたばりたいのかッ」
槍を弾き、オークの胴体に一太刀。
そのまま追撃し秘剣を腹に突き立てる。
肉にくい込み、骨を削る感覚が腕を伝い生臭い血液が噴射する。
クラッドはまだ動かない。
「ち、力が入らないんす。逃げてくださいクロードさん」
――デバフか。
「うるせえ。なら戻るまでそこでじっとしてろッ!」
クラッドはメイジによりデバフを受けている。立てないくらいに力が抜けているとなると、2重3重にくらってるな。
だが、それなら近くにメイジが居るはずだ。そいつを殺せば解決する。
俺は邪魔なオークを双剣で細切れにし、メイジを探すもゴブリンが視界を遮り、上手く見つけることが出来ない。
「――邪魔なんだよッ!」
双剣を前後左右に振り抜き、ゴブリン達を視界から排除する。
すると、奥の方でメイジらしい個体が3体いるのが見えた。
「クラッド、数秒持ちこたえろ」
それだけ言うと、一気に跳躍しメイジとの距離を詰める。
俺に気付いたメイジは、それぞれ魔法で迎撃しようと魔法陣を展開しているが――。
「――遅せぇよ」
極近距離など、魔法よりもタイムラグのない近接武器のほうが早いのは当たり前の話だ。
余程練達している魔法使いならともかく、たかたがゴブリンメイジ如きにそんな芸当はできない。
俺は墨月を薙ぎ払うようにして、魔法陣を破壊。
そのまま旋回し、秘剣で横一列に並んでいた3体メイジの首をはねた。
――皮肉なもんだな。自分達の秘剣でやられるなんて。これでクラッドのデバフは解除されたはずだ。
振り向くと、クラッドは力が戻ったのか立ち上がり、槍を構えて威嚇していた。
「クロードさん、助かったっす!」
「感謝してるなら今の倍殺せ」
マズイな。王の資質もいつ切れるかはわからない。
俺たち2人で食い止めるのにも限界がある。一時的にウルの魔法でかなりの数が減ったが、最早それも戻りつつある。
そうなれば前線にでているのは自殺行為だ。
対処しきれている今の内に後退するのがベストか?
粘ってくたばったら元も子もない。
「クラッドッ! いったん戻るぞッ」
まだ時間は5分以上のあるはずだ。落とし穴で1分は稼げるが、その後は……考えたくもないな。
俺とクラッドは周りの雑魚を一蹴し、再び砦へと駆ける。
リリアは未だ弓を撃ち続けて、主にキラービーを狙っていた。
そのおかげで、俺とクラッドはゴブリン共に集中する事が出来た。
ウルやカミルのように目立った功績はないが、堅実なサポートをしている事に間違いはない。
しかし、俺達が前線にいた事でリリアの視野はかなり狭くなっている。すぐ後ろに迫るキラービーに気づいている素振りはない。
「リリアッ! 後ろだッ」
俺の声に反応し、咄嗟に身を屈めて針を回避。
腰に差していたメイスを振り抜き、キラービーを叩き潰した。
前から思っていたが、回復要員にしておくのには勿体ない才能だ。
「あ、危なかったです。ありがとうございます」
よく見ると、リリアの白い指は弓を引きすぎたせいで血が滲んでいる。
何も言わずに援護射撃を続けていたのか……。
大したもんだな。
ゴブリンを引き付けてしまっているが、俺とクラッドはなんとか砦へと帰還を果たした。
「あの、門を閉めるのはダメなんっすか!」
「お前は四方八方からくるゴブリンと戦いたいのか? この門を開けていれば敵はここに集中するが、閉門するとアイツらは壁をよじ登ってくるぞ」
これがクソゲーの仕様と言うやつだ。
一見、閉門して籠城すればいいように思えるが、それをした方が防衛難易度が上がってしまう。
「お前ら砲弾もってこい。あの馬鹿どもが落ちたらそこに投げ込んでくれ。それまでは俺が時間を稼ぐ」
「それはいくら何でも無茶ですよ。1人であの大群と……」
「無茶でもなんでも、やるしかねぇんだよ」
それにまだ王の資質は切れていない。ステータス上昇が消えれば、さすがに俺も持ちこたえることは出来ないが、今ならまだ多少の時間は稼げるはずだ。
「わかり、ました……」
リリアは不貞腐れたような顔で砲弾を取りに走った。
「お前も行け」
それを見てオロオロしていたクラッドだが、そんな事をしている暇はなく、1秒たりとも無駄にはできない。
【残り時間 5分】
――まだ5分もあるのか。
敵はもう目前だ。恐らく、戦っている途中でスキルの効果は切れるだろう。ぶっ壊れスキルなだけあって連発は出来ない。
その時は俺も、覚悟を決めないといけないな。
押し寄せる大群に突撃し、夢中で刃を振るう。
殺すこと以外今は必要ない。スキルがあるうちに少しでも多く殺さなければならない。
ゴブリンやジェネラル、オークすらも次々とその場に倒れる。
だがそれと同時に補充要員が俺を襲う。
細かい傷は数え切れない。ただ、致命傷となるものは全て回避している。
――アイツらはまだか。
前後左右全てを囲まれ、ほぼ同時に刃が襲う。
双剣で弾きながら敵を斬り殺しているが、徐々におされているのが自分でもわかる。
身体の傷口が焼けるように熱を感じさせ、動く度に血液が流れていく。
そしてみなぎっていた力が消えていくのを感じた。
スキルの効果が切れたのだ。
――まだなのかッ!
時間にしたら1分程しか立っていないだろう。
俺の限界もかなり近い。半ばやけくそに刃を振るっていると、背面に熱を感じた。
振り返ると、砦から俺まで一直線の敵が焼き尽くされていた。
その先にはカミルにおぶられたウルが、こちらに杖を向けているのが見えた。
俺はこの期を逃すまいと、その道を駆け門を潜る。
「ウル、カミル、助かった」
「わ、わしは強いのじゃぁ……」
「私が1人で行こうとしたのだが、この子が言うことを聞かなくてね。間に合ってよかった」
そうか、核のある部屋からはこちらが見えていたのか。
ぼろ雑巾のようになりながらも、わざわざ助けに来るとはな。2人には大きな借りができた。
「もう時間はさほどない。アイツらを落とし穴にはめて砲弾をぶち込む。多少だが時間は稼げるはずだ」
数体のゴブリンは既に門を潜り、それが嬉しいのか何なのか奇天烈な鳴き声を上げている。
「砲弾!持ってきました!」
いいタイミングでリリアとクラッドが戻ってきてくれた。
「よし、お前らはアイツらが落ちたらそれを投げ込んでくれ。あとはアイツらが落ちるかどうか――の心配は必要なかったな」
言いかけた所で、先頭のゴブリンが数体俺たち目掛けて突進し、砂埃を上げ落とし穴に落下した。
後続も急に止まることが出来ずに、次々と落ちていく。
下敷きになった奴らはこれだけで死んだかもしれないな。
「クラッド、リリア」
「はい! 行きますよッ」
穴が半分ほど敵で埋まったタイミングで、2人は砲弾を投げ込んだ。ウルはそれに合わせ拳程の火の玉を放ち、砲弾に当たると一気に爆発し火柱を上げた。
爆発の威力は凄まじく、轟音と地鳴りの様な音を響かせる。
四方を囲まれた爆発はその威力が増し、爆炎をあげ中にいるゴブリン達は四肢を散らし肉片となり吹き飛んだ。




