27話 迎撃の備え
偵察部隊を殲滅し、砦に戻るとクラッドとリリアは深さ3メートル程落とし穴を完成させていたようで、その穴を満足気に眺めていた。
「休んでても良かったんだぞ」
「リリアちゃんが張り切ってたんで、俺も負けてらんないなって頑張ったっす!」
どうやらリリアの熱がクラッドにも伝染したらしい。
休んでいいとは言ったが、早く完成するに越したことはない。
「クロードさん、交戦したんですか? 血が……」
言われて気づいた。自分の身体を見てみると、おびただしいほどの血液が付着していた。
あれだけ殺せば返り血くらい付いてもおかしくはないか。
「ああ、大したことは無かったがゴブリンが数匹な」
「そうですか。早めに準備を終わらせないといけませんね。他はなにかありますか?」
他の罠か。キラービーは正直有効な罠がない。地上の連中には3つの罠でかなり数は減らせるだろう。
しかし、敵は無限に湧いてくる。殺さずに肉の盾にでもなる方法があればいいんだが、残念ながらそんな都合のいいものはない。
「他か……そうだな、確か油が奥の部屋にあったはずだ。それを城壁の周りに撒いといてくれ」
「クロードさんって結構残酷っすよね」
「馬鹿なこと言ってんじゃねぇ。殺らなきゃ殺られるんだぞ。俺だって生き延びるのに必死なんだ」
「そ、そうっすよね。お、俺が悪かったっす。油取って来るっすー!」
まだまだコイツらには覚悟が足りないのかもしれない。
クラッドは逃げるようにその場を離れ、油を取りに行ってしまった。
「まあ油はあいつに任せるか。リリアは、お前は城壁の上から敵の動向を監視してくれ。ここには矢がかなりあるからどんどん撃っていいぞ」
「わかりました!」
残るは俺だが、そろそろ敵も攻め始めて来る頃か。その前に、気休めだがこの落とし穴をカモフラージュしておこう。
人間の知能なら気付くが、ゴブリン程度なら簡易的に隠すだけだいいだろう。
俺は砦の周囲の木から枝を切り落とし、格子状に落とし穴の上に置き、適当に草木をかき集めその上にばらまいた。
――あとはカミルが何を仕掛けたか。もうこれ以上は時間的に厳しいな。
【残り時間 60分】
「俺も城壁から様子を見るか」
城壁まで上り、周囲を見渡してみるとかなり遠くの山の1部に砂煙が上がっているのに気付いた。間違いなく敵の進軍だろう。あれが本隊か、思っていたより数が多いな。
経験値特化ダンジョンの角兎よりは確実に多そうだ。
「ここに来るまで30分前後ってところか」
その本隊より遥か手前には、先程の小隊が幾つかこちらへ向かってきている。先にあれを片付けておいた方が良さそうだ。
「クロードさん、来てたんですね。――砦、守り切りましょうね」
あの数を見ても動じないとはさすがだな。
リリアは力のある眼差しを俺によこした。
「ああ、今から俺とクラッドで前方の小隊を殲滅する。お前はキラービーが来たら撃ち落としてくれ」
「任せてください。あの、カミルさん達見ていませんか? あれから見かけてないんですよ」
リリアも見掛けていないのか。何をやっているんだか。
リリアはキョロキョロと視線を移すが、やはりいま見える位置には2人の姿はない。
「さあな。だがあいつなら心配しなくても大丈夫だろ。俺達の中で誰よりも頭が切れる」
「そう、ですよね」
リリアにキラービーを任せ、俺は砦の外のクラッドと合流した。
油は撒き終えたらしく、そこら中に空き瓶が転がっている。
これで砦に辿り着くまでに、モンスター共は4つの罠を突破しなければならない。どれだけ数が減るかは分からないが、出来れば半数は罠だけで減らしたいところだ。
「クラッド、敵の小隊がそこまで来てる。俺とお前で殲滅するぞ」
「了解っす!」
敵は10匹程の小隊が3つ。レベルも低いしなんの問題もないが、キラービーの麻痺だけは注意しておかないと面倒なことになる。
「あいつらっすね! クロードさん、お先っす!」
そう言ってクラッドは先に駆け出し、ゴブリンの小隊に突っ込んで行った。
だいぶまともにはなったが、アイツは見切り発車が多いな。
そして俺もその後に続き、クラッドのサポートに回る。
クラッドは槍を振り回し、次々とゴブリンを切り刻み、死体を量産していく。
俺はクラッドの死角に迫るキラービーを瞬時に墨月で刺し殺した。
「――ボサッとすんな。雑魚だからって油断してんじゃねぇ」
そして迫るゴブリンを斬り殺しながら叫ぶ。
クラッドはそれに呼応するように、
「クロードさんも危ないっすよッ!」
そう言って俺の顔面スレスレの右側に刺突を放つ。
次の瞬間には、後ろからゴブリンのうめき声が聞こえ、顔面に血液が付着した。
「――生意気なやろうだ」
俺も負けじと周囲のゴブリンを殺し、小隊長の役割のジェネラルと対峙。
雑魚はアイツに任せて、コイツの相手をしてやるか。
ジェネラルは俺と対峙するなり腰を極限まで捻り、真横にナタを振り抜く。俺はそれを軽く跳躍して交わし、ナタを踏みつけるように地面にめり込ませた。
それを引き抜こうと必死に力を入れているが、ステータス差というのはそんな簡単に埋まるものじゃない。その証拠に大柄なジェネラルが引っ張っても、ナタはビクともしない。
俺は更にナタを踏みつけ、その勢いでジェネラルへと迫り、喉元を掻き切る。
そして、倒れた屍の上に立ち、
「おいクラッド、いつまでやってんだ?」
「――数多いんすから手伝って欲しいっす!」
ゴブリンとホブゴブリンを斬りつけながら、余所見する余裕があるとは成長したもんだ。
だが背後のキラービーには気付いていないらしい。
キラービーが針を伸ばし、クラッドの後頭部目掛けて迫り――。
「――ほら、手伝ってやったぞ」
針を刺す寸前に、墨月を投擲しキラービーの腹部を破壊した。
キラービーは絶命し、空中から落下してクラッドの頭に当たり地面に落ちた。
「何遊んでるっすか! 汚いじゃないっすかっ!」
クラッドはそれに腹を立てたのか、力任せにゴブリンを薙ぎ払う。汚い声を上げゴブリンは吹っ飛んだ。
「いいから早く片付けて戻るぞ」
俺はジェネラルから降り、クラッドと共に残りのゴブリンを掃討した。
因みにさっきのはわざとやった訳じゃない。たまたまクラッドに当たってしまっただけだ。
「これで全部っすね! 思ったより1匹1匹は強くないっすね」
「コイツらは質より量だ。戻るぞ」
俺達は死体の山を築き、生き残りが居ないことを確認し砦へと戻る事にした。
歩いていると砦の周辺で、キラービーが何体か転がっているのを発見した。
恐らくリリアの狙撃の結果だろう。矢が刺さったままの個体や、そのまま貫かれた個体がいる。
どうやら俺たちが戦っている間にも多少攻めてきたみたいだな。
砦に戻ると、カミルとウルの姿が見えた。
既に門の前に待機しているという事は、仕事は無事完了したみたいだ。
「あっ! 遅いのじゃクロード! ワシは待つのが嫌いなのじゃ!」
「あー悪かったな待たせて。それよりカミル、ギリギリまでなにやってたんだ?」
騒ぐウルを押し退け、カミルに聞くがニヤリと笑って「お楽しみだ」と言うだけで、詳細は教えてくれなかった。
数分待つとリリアも合流し、予定通り時間まで全員が揃った。
「――揃ったな。残り30分程度だ。敵の本隊はもう確認したと思うが、地雷や砲弾を上手く使ってなるべく数を減らしてくれ。砲弾を転がしておいたのは、地雷の爆発で誘爆が狙いだ」
砲弾はただ適当に転がしておいただけでも、地雷という起爆スイッチが押されれば、勝手に爆発し攻撃範囲を広げてくれる。
「あ、その次がさっき俺が撒いた油だったっすね!」
「そうだ。地雷、砲弾そして最後に油に引火する事で大規模な炎の壁ができる。そしてまたその炎による砲弾の誘爆だ。上手くやればかなり数は減らせるはずだ」
「おおっ!なんか凄そうなのじゃ!楽しみじゃのぅ」
ウルは爆発や誘爆と言った単語に、目を輝かせて楽しそうにしていた。
「リリアとウルは城壁の上で遠距離攻撃を仕掛けてくれ。地上は俺たち3人が責任を持つ。大砲も設置されてあるから上手く活用してくれ」
「はい! ウルちゃん、行きましょう」
リリアはキレのいい返事をすると、ウルを連れて早速城壁からの狙撃にまわった。
【残り時間 30分】
ウィンドウの表示と共に微かに大地が揺れるのを感じる。敵がもうかなり近いところにいるらしい。
そしてそれは、本格的な開戦の合図だ。
――いよいよか。何をしてでも残り30分、必ず耐え抜いてやる。




