おばさん
おばさん
次の日大介さんから紹介してもらったバイト先に電話をしてその定食屋の方に向かった。そこは海辺にある小さな定食屋。海のにおいと魚のにおいがする。
「やぁ、いらっしゃい。」
現れたのはボーイッシュな少し年の取ったおばさんだった。若い頃は美人であったのが見てすぐにわかる。
「こんにちは、大介さんの紹介できました。よろしくお願いします。」
「あんたかい、大ちゃんから聞いているよ。まったく大ちゃんもお人よしねぇ、だからしょっちゅう人辞めるのよねぇ。もっと自分のこと考えれば良いのに。まぁ、ここは大ちゃんのとこと違ってゆっくりだから気は張らなくて良いよ、そこに座ってて。」
そう言って厨房の方に入っていった。何もするでもなく椅子に座る。店はこじんまりとした食堂、魚介類を主に扱っているみたいだ。客は誰もいない、ただいるのは猫たちだけ。そう猫が数えてみると5匹いる、すべて地域猫の雰囲気が漂っている。猫たちはそれぞれ気ままに店の外や中でくつろいでいる。
「ところで名前なんだっけお兄ちゃん。」
奥から大きな声で聞いてきた
「志村です。志村亮です。」
「あっ、亮君かぁ若そうねぇ、いくつ?彼女とかいるの?両親は?魚好き?」
立て続けに聞いてくる
「25歳です。彼女はしばらくいません。両親は田舎の方にいて全然連絡は取っていません。焼き魚は食べずらいのであまりたべないですね。」
私も機械的の答えていく
「へぇ、25かぁ。娘と年近いなぁ、でも娘と違って少しはまともそうねぇ。」
と、厨房での作業が終わったみたいで私の方に向かってきて少し離れた椅子に座り猫を撫で始めた。
「あのぉ、仕事は?何をすればよいでしょうか。」
あまりののんびりのため聞いてみた。
「一応接客、そんなに人は来ないけど食事時になれば入るから大丈夫よ。それまでのんびりしてて。あっ私は木嶋さなえ。ここの店任されてる、給料のことは気にしないでこんなに暇だけどきちんと出すから、今の若い子はお金が大事って言うものね。接客はできるよね、まぁ大したことないんだけどね。仲良くやりましょ他に誰もいないんだから。」
どうやら他にバイトはいないみたいだ。接客はやったことがあるから大丈夫だろうが、少し緊張しながら座っていた。
「そんなに緊張しなくて良いよ。」
笑いながら私の緊張をほぐそうと猫を抱っこして猫の顔をこちらに向ける。その猫の顔を見て笑顔になる。猫は本当に不思議だ。そうしているとお客さんが入ってきた。
「いらっしゃい。じゃっ仕事するか。お水出して、そこにあるから。」
そう言って私に指示を出す、その通りに動き出す私。お昼時期、だんだん客がぽつりぽつりと入ってきてだんだん忙しくなってきた。私はさなえさんの指示のまま動き仕事をこなしていく。何時間か忙しい時間が過ぎまた客がいない時間が訪れた。
「お疲れさん。ねっ、忙しくなるでしょ。なんだかんだで馴染み客が多くてね、忙しい時間は人が欲しかったのよ、助かった。」
洗い物を手伝いながら話す。
「もうひと波来るからそれまでに洗い物終わらせよ。」
そう言って黙々と作業をしていく。中腰での作業は少し疲れるが何とか終わった。
「やっぱり二人でやると早いねぇ、本当に助かる。さすが大ちゃんの紹介した人ねぇ、働き者。」
「いえ、ただがむしゃらにやっているだけですよ。何も考えてないし、言われたことをやっているだけですよ。」
「いいのそれで、若いうちは何もわからなくて当然。いろいろ経験して学んで成長する。って大ちゃんの受け売りだけどね。最近の若い子見てると中には本当に辛そうなのよねぇ、生きづらいんだろうねぇ。」
椅子に座り猫と戯れながら話し出す。
「私の娘もねぇ、今流行りのⅤチューバーってやつやっているのよ。私はきちんとした会社に入って働いて欲しかったんだけどねぇ、親への反抗みたい。まぁ私も大した親でもないし、ひとり親で育った娘に対して強く言えなくてねぇ。」
しみじみと話し猫を撫でている。それを私の近くに来た猫を恐る恐る撫でながら聞いていた。
「今に時代、親ガチャっていうのあるみたいで、娘もハズレ引いたのかもねぇ。子供は親を選べないから。私の頃はそんなこと考えないで育っていくことができたんだけど、今はネットやメディアなどでいろいろ見れるから比べちゃうんだろうかねぇ。それとも本当に格差が激しくなってきたのか。私の歳になると今の時代についていくのがやっとよ。」
「そうですね。今調べようと思えば何でも調べられるし、職業もいっぱいありますからねぇ。私からしたら娘さんの職業羨ましいですけどねぇ。」
「そうかい、あんな職業でも人気みたいだからねぇ。まぁ、楽しそうにやっている分には良いのだけどね。」
「今の配信者っていう職業って楽に見えますが収益化するまでものすごく苦労したり、いろいろ考えたり大変みたいですけどね。当たれば一攫千金みたいな感覚なのでしょうね。今の時代は簡単に有名人になれる道ができたみたいですから。」
「そうなの?でも売れなきゃ何にもならないんでしょ?芸能の世界はギャンブルみたいなイメージで、若いうちはいいけどその後のこともきちんと考えて行動しているのかなぁって。親心ねぇ、なんでも心配になっちゃう。」
「親ってそういうものなんですかねぇ、私なんて完全に放置されてますけどねぇ。私がどうなろうかなんて関係なし、自分たちの生活で精いっぱいで何なら私にまでいろいろすがろうとしてますからね。だから私はもう無視しているのですけど。」
「そうねぇ、私世代の人って若い頃の生活のしわ寄せをかぶっている人もいるみたいだからね。だから若い頃どれだけ自分の将来を見れるかが大事なんだろうなぁ。この歳になって気づくんだよねぇ。」
「私なんて何も考えていませんよ、その日暮らしですから。どうせ将来なんて希望も持てないし、ただだらだら過ごしていくだけです、そんなものですよ。」
相変わらずふてくされ気味の発言を言ってしまう私、それを聞いて
「人生何があるかわからないのよぉ、この先運命の人が現れて結婚することになって、子供が出来たりとか。仕事がうまくいって出世したりとか。楽しいことがいっぱい待っているかもよぉ。その時、今の自分を振り返って若かったなぁって思うの。人生ってそんなものよ。そして死ぬときにはじめて自分の生きてきたことを見て良かったか悪かったか判断すればよいのよ。」
「大丈夫ですよ、私そんなに長生きしませんからきっと。」
それを聞いて笑いだすさなえさん。
「ごめん、笑って。私も若い頃同じこと言ってたの思い出しちゃった。」
笑う彼女を見ていると、また客が入って来た
「いらっしゃい。さっ、仕事よ。」
また客がぼちぼち入り忙しくなった。作業をまた指示をされながら行っていく。
気づけばもう閉店時間になっていた。
「ありがとう、助かった。明日もよろしくね。疲れたでしょう、今日はゆっくり休んでね。」
「こちらこそご迷惑かけていたらすいません。明日はもっと頑張りますので、よろしくお願いします。」
「やだっ、何かしこまっているのよ。もっとリラックスして、こっちが緊張しちゃう。」
笑いながら私の頭をポンっと叩く。笑顔がとてもキュートな女性だとかなり年上なのに魅力的に感じてしまった。
「すいません、気を付けます。ではまた明日。」
適度な疲労感に襲われながら部屋に戻る。
いつものようにその夜もやつは来る。でも最近はやたらと熱い、本当に何なのかはわからない。消えてくれるものなのかこのまま苦しめるものなのか、しばらく考えないようにしよう。そう考えて眠りについた。
次の日からもお店でぼちぼち働く、さなえさんは相変わらずてきぱきと私に指示を出してくれ、私は言われるまま働いていた。そして客がいなくなると猫と戯れる。すごくのんびりと時間が流れている。仕事が終わり部屋に戻っても心地の良い疲れが残る程度で身体がすごく楽な感じであった。胸のやつもほんのり温かく暴れることはせずただそこにいた。2週間ほど働き仕事にもだいぶ慣れ馴染みの人の顔も覚えるほどになっていた。
「だいぶ慣れてきたねぇ、助かるわぁ。身体は大丈夫?まぁ結構休憩あるから大丈夫か。」
「はい、全然大丈夫です。もっと働けますよ、もっと使ってくださいよ。」
「言うようになったねぇ、ただ仕事が楽なだけなのに。」
「でも本当にこんな仕事初めてです。さなえさんは優しいし、常連さんもみんな良い人だらけですごく仕事していて楽しいです。」
「ありがとう。亮君もだいぶ明るくなってきたねぇ。来たときはひねくれていたけどだいぶ前見えるようになった?」
「えぇ、少しですが何か見えてきました。でもそれが何かはわかりませんが。」
「そんなものよ、私だって先のことなんてわからない、だから今を大事に生きているのよ。娘に対しても同じで将来を見据えて今を生きる。難しいことなんだけどね、今までただがむしゃらに生きてきて少しだけ振り返ることができるようになって、本当に大変だったなぁって。でも絶対あきらめなかった、何が何でもってねぇ。昔の人間の考えなのかもしれないけど先なんて考える暇がなかった。
今の子はその分平和なのかなぁって、若いうちから人生について考えれるって、私からしたらそんなまだまだ人生の半分も生きていないのに何言っているのかって思っちゃう。でも最近は晩婚やらで子供もなかなか出来ないっていうし、本当は結婚して子供が出来て子供の成長とともに自分が成長していく、そういう環境がなくなって来たのかねぇ。みんな失敗を恐れているのよねぇ、私みたく失敗してもきちんと生活なんていくらでも出来るのにねぇ。まぁしっかりしていない親に育てられた子が今の若い子なのかなぁ。子供に甘いし、新しい考え方についていけないとかねぇ。
って、ごめんね、こんな歳臭い話、でも今の若い子見ていると悲しくなっちゃって。」
「そうですねぇ、私も彼女も友達もいないそんな中どう先を見れば良いのか、仕事しても仕事に追われるだけだし何も見えません。一人になると常にこの先も何もないんだろうなぁって考えて、生きているのが辛くなります。でもそれって一生懸命生きてないってことなんですかねぇ。ただ辛いことばかり考えて先が見えない人生を送る、そんな毎日が続くだから余計辛くなる堂々巡りです。」
「そうねぇ、私も一人の時は同じようなこと考えていたよ。でも元旦那にあって子供が出来て、まぁ別れちゃったけど、でもそんな中生きるってことについてなんなんだろうってね。これは大ちゃんからの受け売りなんだけどね、きちんと見てくれている人がいる、自分を認めてくれる人がいるって大事なんだって。だから大ちゃんはみんなを見てやるって、自分が誰にも見てもらえなかった分、誰にも認められなかった分いっぱいの人の人生を見てやるんだってね。本当に人が良いのも過ぎるけどね。大ちゃんって亮君なんかよりずっと深いところにいたみたいよ。でも変わるんだって、自分が変わればみんなが変わるって、何言っているかわからないけどそれを信じているみたい。どんなに自分が辛い目にあおうともそれがみんなの辛さだって我慢できるんだって。ほんと馬鹿よね。でもそれでみんなが生きてくれるんだったらそれで良いみたい。それ聞いてね、私も少し変わった。私達くらいの歳になるとね、若い子たちはみんな自分の子供みたく見えてくるの。だから大事にしようかなぁってね。」
それを聞いてさなえさんや大介さんの方が自分の親なんかよりずっと親に見えてきた。自分の親はどうなんだろう。子供をどう思って育ててくれたんだろう。このようなしっかりとした考えで子供と向き合っているのだろうか。ただ自分のエゴや流れだけで育てていたのだろうか。自分の親に対して急に嫌悪感がわいてきた。それを察したのかさなえさんが続けた
「でもね、私も自分の子供に対してはそんなこと言えないの。自分が大した親でもないし十分幸せを感じさせて育てることができたのかずっと疑問でね。自信がないのはずっと思っていたこと。どんなに愛情込めて育ててきてもそれがわかることはずっと先。まだまだ育児に対しては途中なのね。これもやっぱり人生の終わりまでわからないこと、もしかしたら終わってもわからないことなのかもしれない。ずっと不安のまま生きていかなきゃいけないの。でもこれは子供ができた時から抱えなきゃいけないもの。それに耐えられない人もたくさんいるけどね。だから支えていきゃいけないって思うと大ちゃんの考えがフッとよぎっちゃう。それが出来なくなった時代だからこそってね。
でも私は自分の子供で精いっぱい。だから気持ちだけでも持っていていざって時の準備だけ。本当は私も余裕はないのよ。でもニュースなどで悲しい報道を聞くとね、命って何なんだろうとか思っちゃう。いくらでも話を聞くよって言いたくなっちゃう。中には大ちゃん見たい人もいるのにね。」
「私は子供もいないし、まして結婚もしていないので何とも言えませんが子供の立場から言えばどうでもいいです。誰が見ててくれようと誰が応援してくれようとどうでも良いです。生きていく上では何もなりません。所詮うわべだけですから。どんなに想われようが何も響くことがないんです。だから何も変わりません。」
「そうよねぇ、亮君の歳くらいの時は特に、結婚していないならなおさらかもねぇ。私もそうだったから。大人なんてってね。自分のことしか考えられなくて人のことなんて考えないよね。人のことを考えたところで人と比較してばっかり、人をうらやんだりさげすんだり。でもねぇいつかわかってくれるって信じるしかないんだ親って。そう、信じるしか。
それしかできないの。だからずっと不安しかない、何をしてても、何処にいようと想い続けるしか。それが他人であってもそう、一生懸命応援し続けるしかない、もし躓いた時にいつでも手を差し伸べられるように。たとえその手を振り払われたとしても一度私の胸の中に入れた人はずっと想い続けようって、信じ続けようって。そうしないと私が後悔するの、人生の終わりにあの時やっぱりって。それだけは絶対しないって決めたんだ、旦那と別れた時。旦那と別れたのは後悔していないし、子供のためだって思ったから別に良いのだけど、旦那との良い思い出もあるのよねぇ。そういうのも全部忘れちゃうのは違う。あの時の想いは本物だったのだから。だから私の胸の中にいる人はずっと想い続けるのたとえ憎たらしい元旦那でさえね。人ってね、良縁と悪縁ってあるらしいの。私の持論なんだけどね、人を変えるのは縁と運だと思ってる。縁は運を持ってくる、運は縁を持ってくるってね。良い縁を大事にすれば必ず良い運も付いてくるって。だから知り合った人は大事にしようかなって思ってる。たとえ少ししか話さない相手でも何かしらの縁かもしれないしね。そう思うことで良い運が来るかもしれないからね。大事にしたいの、人は。」
「私は人との関わりは極力避けてきましたよ、人はただ傷つけるだけの相手。恨みや憎しみ、やっかみや嫉妬、そんなものばかり渦巻いた世界しか知らないから。人の温かさなんてわからない、だからなのかもしれませんね、さなえさんや大介さんの言葉が響きません。もう私はだめですね、何にも感じなくなっているのかもしれません。どうしちゃったんだろう、ここで働いて少しだけ何か見えた気でいたのだけど、結局何も変わっていなかったのかも。」
「大丈夫よ。今はわからくても良いのよ。人ってすごいのよ、成長するの。成長の途中で急にいろんなものが入ってくるの、今まで経験したことや聞いた言葉がきちんと身になる時が来る、だから大丈夫。亮君はまだまだこれからよ、その歳ですべてわかられたら私達年寄りの立場がないからね。だから歳を取ると若い子達にいろいろ教えたくなっちゃうの、今はつらいのは当たり前だよってね。大丈夫、ゆっくりよ。今はいろいろ時間が早く進む時代だからわからないかもしれないけど、時間はゆっくり進むときがあるのよ、その時きちんと自分と向き合って周りをじっくり見てごらん。自分を大事に扱った者だけが見られる世界がそこにあるから、それが見えた時やっと生きている実感がつかめるわよ。それまでじっくり、ゆっくり自分を大事に、周りを大事に進めば良いの。そしてそれを見つけることが出来るチャンスが縁と運。すべてがつながる時が来るから、それまでじっと待っててね。」
「はい、まだまだわからないことだらけで、全てわかった振りをしていたのかもしれません。年寄りの話はどうせ自己満足のうるさい話にしか聞こえなかったけど、何か聞いているうちに聞いても良いかなぁって思えてきました。私はまだ若くてさなえさんみたいな経験を積んでいないし、それだけの感覚も持ち合わせていない。まずはそこからなのかもしれませんね。人を認め受け入れる、そうすることで初めてその人の話が耳に入ってくる。私は初めから人のことを受け入れるっていうことをしていなかったのかもしれません。大事なのは人、縁なのかも知れないと思い始めました。こんな感覚初めてかも。ありがとうございます。」
「ううん、少しでも足しになってくれればそれで良いのよ。私だって大した人間じゃないんだから。一緒に成長しよ、人生これからよ。」
そうこうしている間に客が入ってきて本日最後の波が来て忙しくなってきた。