おじさん
【おじさん】
ある昼間、おなかが空いてどこかの食堂を探していた。いい匂いのする中華料理屋を見つけて入る。先客は一人だけ、カウンターに座っている。馴染みの人みたいだ。テーブル席に座りメニューを見てチャーハンを頼み少し考える。
『バイトまた探さなきゃなぁ。まぁいつもついていないからすぐに辞めるんだろうけど』
ボケーとしながらカウンターの人の会話を聞いていた。
「大介さん今忙しいのかい?」
「忙しいよぉ、バイトが一人辞めて全部自分に振られて大変よ。誰かいない?知り合いだれか紹介してよ。」
「大介さんの下に就く人みんな辞めちゃうからなぁ。なんかしてるんじゃない。そんなんじゃ紹介したくてもできないよ。」
「何言ってんのよ、俺ぁ優しいよ。こんなにやさしい人見たことないってくらい優しく教えるよ。」
そんな会話を聞いていると急に大介と呼ばれていた人が振り向き私の方を見た。
「兄ちゃんどう?うちで働かない?」
急に話しかけられてびっくりしていると
『ぎゅーーー』
またやつが暴れる。
「はい、今ちょうどバイト探しているところなんですけど、よろしいんですか?」
もうどうにでもなれって感じで答える。
「おっマスターここにいたわ、なんでも声かけてみるもんだね。兄ちゃんこの後時間どう?一緒に事務所行こう。」
「えっ、あっはい。どうせ暇だし、よろしくお願いします」
どんな仕事かもわからない、やばい仕事かもしれないが取り合えずやつの言うとおりに。
その男性についていくとその事務所は配送会社だった。ひとまず安心して事務手続きしてもうその日から仕事に就くことに。相棒は私を連れてきた大介という人。
「よろしくな、兄ちゃん。」
「はい、よろしくお願いします。力はそんなにないけど頑張ります。」
「そんなに気張らなくて良いよ。俺優しいからいじめたりしないよ。」
屈託もなく笑い話しかけてくる彼、内心ひやひやしながら着替えて彼の車に同乗する。
「兄ちゃん、いくつや、そんな若いのにふらふらしててバイトばかりなのか?」
運転しながら話しかけてくる
「25です。以前まではきちんと働いていたのですが、いろいろありまして。」
気まずそうに話す私。
「まぁ、若いうちはいろいろ経験しときぃ、年とったら経験しても何も生かせんからなぁ。」
「あっ、はい。」
その後仕事をしていくがほとんどの仕事を大介さんがこなしていく。私は本当に楽なものしかさせてくれなかった。今日入りたてで気を使ってくれていたのかもしれない。そうこうしているうちに仕事が終わってしまった。
「お疲れさん、疲れたやろ。休み少ない仕事だから身体大事にせいなぁ。今日はゆっくり休みぃ。」
更衣室で着替えながら話す彼。今日は全然疲れていないのにっと思いながら
「ありがとうございます。明日もよろしくお願いします。」
そう言って帰宅した。その日は珍しくやつが来なかった。何か変な感じを味わいながら就寝する。
次の日、出社するともう大介さんは会社に来ていた。
「おはようございます。今日もよろしくお願いします。」
「おっ、兄ちゃん早いなぁ関心、関心。最近の若者は結構寝坊だと聞いていたがなかなか。今日もよろしく。」
今日も大介さんの車に乗り仕事を始める。昨日は気づかなかったが大介さんはいつもイヤホンをしながら仕事をしている。何を聞いているかはわからないが仕事中にいいんだろうかと思いながら午前中を過ごした。その日の仕事は大介さんの指示のもと少しづつではあるが本格的に働くことができた。昼食のため定食屋に案内してくれた大介さん
「よう頑張るなぁ、今日はおごったるなんでもたのめぇ。」
そんな中でも片耳にイヤホンを挿している
「あのぉイヤホン何聞いているのですか?」
勇気を振り絞り聞いてみる
「あっこれ、怪談。楽しいでぇ。どんなに暑くても冷えるから良いねん。一緒に聞くかぁ。」
「いっいえ、そういうの苦手なので大丈夫です。」
「そうかぁ、聞きたくなったらいつでも言って良いでぇ、楽しいでぇ。」
そこで昼ご飯を食べていると
「ちょいごめん、電話かける。」
そう言って大声で電話し始めた。
「あぁ香ちゃん、この前頼まれてたセットの荷物いつものとこに置いておいたから。後で確認頼むわぁ。元気でやってるかぁ、たまには顔見たいなぁ。」
店に響くような声で話しているのでこっちが恥ずかしくなってきた。一通り話が終わり電話を切ってまたご飯を食べ始めた。
「兄ちゃん、夢あるかい?夢を持つことは大事やでぇ。特に若いうちはなぁ、生きる力になる。きちんと前向いて歩きぃなぁ。」
その話を聞いて何も答えられない私がいた。
私には夢などない、ただ生きているだけ、ただ毎日を過ごしているだけ、いったい何が楽しくて生活しているかわからない。ふとある女性を思い出していた。
「さぁ、行くぞ。まだまだ配達あるからな。」
午後からも大介さんに手助けをしてもらい仕事をしていった。そうして2週間程大介さんと一緒に仕事をしていくと私もだいぶ力仕事に慣れてきたようで大介さんの足手まといにはならなくなってきた。
「兄ちゃんだいぶ慣れてきたなぁ、今日は少しさぼろうか。」
今日もイヤホンを挿しながら運転している大介さんが道をそれて大きな公園の方に進路を変える。公園に着くと家族連れやペットの散歩の人など結構な人がいた。その中少し人だかりができていた。そこに向かっていく大介さん、そこにはギターを弾き語りをしている一人の女性。人だかりはそれを聴いている人たちだった。その人だかりの輪に入り一緒に聴きだした。とても感情的な歌声で胸に歌詞が響いてくる。曲が終わってみんなが拍手する中、大介さんが一枚の札をギターケースに入れた。聴き終わり少し公園を回る。
「わい、歌も好きやねん。よく新しい歌い手の音楽とかも聴いてる。ああいう路上の子とかつい聴いてしまう。なんか一生懸命で応援したくなるのよ。夢見て前を向いている、そういう姿ってこの歳になるとまぶしくてね、応援したくなる。でも彼女たちにもそれぞれ生活もある、なぜかそういうのも見てしまうねん。夢見るって本当に大変なこと。それに対してわいが出来ることなんてほんの少しや。少しでも手助けしたい、まぁそんなお年頃なのかもなぁ。」
そう言って車の方に戻ることにした。そのあと仕事をしている時イヤホンからかすかに音楽が流れていた。
「兄ちゃん、生きてて楽しいかい?最近の子は中にはそんなこと考えて生きづらいらしいからなぁ。」
「私なんて全然ついてなくてもう何にも感じないですよ。もうだらだら生きているだけ。つまらない人生ですよ。」
「そんなこと考えるのはもっと年を取ってから考えなぁ、わいの若い頃は毎日が刺激の連続で楽しかったでぇ。若い頃の経験がそのあとすごい大切だったって気づくことがある、だから若い頃はがむしゃらに一生懸命いきなぁ、人生一度きり楽しまなきゃ意味ないでぇ。」
「そんなこと言ったってどう生きればなんてわかりませんよ。好きなものだってないし今の時代何でも金、金って金がないと生きていけない時代、でもいくら働いていても金なんてたまらないし、生活していくだけで精いっぱい。そんな生活なんて嫌ですよ。」
「あまいなぁ兄ちゃん、兄ちゃんの歳には兄ちゃんの歳にしかできないことがある。わいの歳になればやりたくても出来ないことは兄ちゃんにはまだ出来るんや。恋愛や夢、そんなこと出来るの若いうちだけやでぇ。まぁ、わいは兄ちゃんの倍近く生きているけどまだまだあきらめんけどなぁ。」
楽しそうに話す大介さん、すごく羨ましく思った。なんでこんなに楽しく生きていられるのだろう。私はそんな感覚はない、毎日がいつも同じだったやつに従うまでは。
「大介さんはどうしてそんなに楽しそうなんですか?私なんて一緒に楽しく話してくれる友達もいないし、まして彼女なんていない。そして今まで夢なんて持ったこともないです。ずっとただただ生きているだけ、朝起きて仕事行って寝る。その繰り返しで嫌になって仕事を辞めました。でも食べていくには仕事しなくてはいけないし、だからこうしてバイトで食いつないでいる。ただ生きるために仕事をする。それだけですよ。」
そう言う私に大介さんは運転しながら優しく語り出した。
「わいはなぁ若い頃なんも出来んかった。何もかもが嫌でずっと病んでいたのよ。そして気づいたらこんな歳。そして気づいたのよ、こんなことしているわけにはいかないって。
こんな歳になってももっと楽しみたいってね。わいも昔は兄ちゃんみたいに社会や周りの人たちにくさってたさ。いろいろな人間を見てきた。人間なんてみんな同じ、自分のことだけを考えて自分の利益だけを優先するやつらばかり、そうやって人を見てきた。そうするとなぁ、不思議とそういったやつらしか周りに集まらんってことがある時わかった。そこからや、わいは考え方を変えた。なんでも楽しんでやるって。辛いことも、ひとの嫌がらせも全部楽しんでやれって。そうするとなぁなぜか周りのやつらがだんだん変わってくるのよ。みんな楽しそうに見えてくるんや。これはたぶんわいの勘違いなんだろうけど自分の考え方を変えるだけで、周りの人を見る目が変わるんや。まぁ、たまに我に返って落ち込むこともあるけどその時はその時、落ち込んだ自分を笑って楽しむことにした。楽しんでいれば何もかにも見方が変わる、そうすると自然と周りにも楽しんでいる奴らが集まってくるしなぁ。でも元が病んでるわいやからただ変人にしか見られんけどなぁ。それでも楽しいで、毎日がウキウキしてる。こう考え始めて気づいたんや、もっと若い頃からこういう考えでいればもっと楽しい人生送れたんじゃないかってね。だから若い夢を持っている奴らにはすごく尊敬しているんや、応援したくなるんや。でもな、ああいう夢を見ている奴らでも夢が叶う奴はほんの一握りやねん。夢が叶わなかった奴らはどうなるかなんて誰も気にしない、だからただ無理させる奴らもいる。夢を追う奴らにも人生がある、夢が叶う人生、夢が叶わない人生。そういったものも見てきた。だからわいはそういう奴らの人生を応援するんや。どんな未来が待っているかなんて誰にもわからん、でもわいみたいに人生無駄にしてほしくないねん。その時その時を大事に楽しんで生きる、そんな人生を送って欲しい。こういうことを言うのも兄ちゃんにもわいと同じ匂いがしたからや。
なぁ兄ちゃん、もっと人生楽しめ。なんでもいい、楽しいって思えるものを持て。その楽しいって思えるものを見つけたら、それを信じて突き進め。その間にいろいろ傷つくことや嫌なこともあるかもしれん、しかしそれすらも人生のだいご味って思って楽しんで生きろ。そうするとそのうちきっと何かが変わる。それが自分なのか周りなのかわからんが、変わったらまたそれを楽しめ。そうやって行くのが人の成長や、ひとは成長できるんやで、それも考え方ひとつで。
まぁ、おじさんのたわごとだと思って聞いてくれやぁ。やるやらないは自分次第だし信じる信じないも自分次第、ひとの言うことなんてきれいごとばかりやって言う奴もおるが人を変えるならまず自分を変えれってやつや。って熱く語りすぎた。ごめんな、変な話聞かせて。」
それを聞いているうちに胸のやつが何か言っている。
「そんなこと言ったってなにも変わりません。世の中、生きていくには金が必要だし仕事していかなきゃならない。それだけですよ。みんな人のことなんて見ていない、ましてこんな私のことなんて誰も見てくれない。ただただくさっていくだけですよ。何が楽しいなんてわかりません。楽しい、楽しいって何ですか。全然楽しくないですよ。夢を持てって簡単に言いますけど、小さい頃から夢を見たことなんてありません。まして夢を見るだけ無駄なんですから。結局それを利用して金儲けをする奴らの手駒にしかならない。所詮世の中金なんですよ、そう金。金と権力のあるやつらの言葉だけが人は信じる、こんな私の言葉なんて誰も聞きませんよ。いいんです、私なんて。もうこのまま惰性で生きていきます。人生なんてそんなものですよ。」
そう言い放つ私を見て、彼はそっとまた話し出す。
「人のことなんてどうでもいいんや、兄ちゃんのことはわいが見てやる。わいが兄ちゃんの人生応援してやる。短い付き合いだけど兄ちゃんの頑張りはわいは見てきた。それだけで十分だ、応援するのには十分見てきた。こんな社会の底辺で生きているおじさんの言うことだけど、兄ちゃんを応援させてくれ。わいなぁ、もう一人応援している人がおるねん。その人はずっと女優を目指して頑張っている。でもなかなか目がでんでなぁ、もう夢を諦めようとしてるねん。でもなぁ、わいは彼女の夢を応援もしていたがもっと違うもんを応援しているんや。とにかくわいは応援している人の幸せが見たいんや。わいの人生みてみぃや、ずっと社会の底辺で生きてきて夢もなくましてや周りの人間はわいを利用するやつらばかりや。そんな人生は、周りのやつには特に応援している奴には経験させたくないねん。だから兄ちゃんくさらんでくれ。たった一人でもこんな大したことのないおじさんが応援していることを覚えていてくれ。兄ちゃんはまだ若い、まだまだこれからや。まだいくらでもやり直せる。そう彼女もきっと。これからの人生はまだまだある、若い奴らにそんな顔して欲しくない、社会が悪いのは大人のせいや、だけど人生は諦めるのはまだ早い。これから先ずっと何があるかはわからんが、きっと良いことが待っている。わいを見てみぃ、兄ちゃんの倍近くあるおじさんが今を楽しんでいるんやで。人間、大人になってからの方がずっと長いねん、人生ってやつは大人になってからどう生きるかや。どんなに底辺で生きようと楽しんで生きれば人生楽しい。ほんの少しで良い、楽しいって思えることを探せるように頑張ってみんか?そうすると見えてくるもんがあると思う。
まぁ、有名でも権力もないおじさんの言うことだから信用ないかもしれんがなぁ。ただこれだけは信じてくれ、わいはきちんと兄ちゃんのこと見ているから、きちんと定期的に連絡するから、応援させてくれ。」
知らず知らずのうちに聞き入っていた私、まだ彼の言うことが理解できずに聞くだけだったが、胸のやつが熱く熱くなっていっている。ただ自分の中には彼の言葉は響いているようには感じなかった。それを感じ取ってか大介さんはさらにこう言った。
「兄ちゃん、別のバイトせぇへんか。わいの馴染みの定食屋で人足りん言っているねん。時給もこことは大して変わらんし、仕事量考えたらそっちの方が楽やで。どうや?」
それを聞いてまた胸のやつが
『ぎゅーーー』
「はい、お願いします。そしていろいろ話していただきありがとうございます。私にはまだいまいちわからないことばかりで、すいません。それに新しいバイトまでありがとうございます。でもなんでそこまで私にしてくれるんですか?」
「いや、ただ匂いよ。なんかほっとけない匂いがしただけ。気にすんな、おじさんの気まぐれだと思ってくれ。会社にはわいから言っておくから今日はこのまま仕事終わったら帰りぃや。わいの方はいつものことやから大丈夫や。」
そういうと大介さんはまたイヤホンを挿して何やら聞き始めた。そしてその日の仕事が終わりそのまま帰ることに、帰り際新しいバイト先の場所と電話番号を聞き大介さんと別れた。
『私はこのままでいいのかなぁ。何か変われるのだろうか、ただ生きてちゃいけないのかなぁ。』
考えることを頭が拒否している。でも胸のやつがずっと熱いままずっといた。