夢見る少女
【夢見る女性】
しばらく何もしていないと本当に暇である。お金も心もとない。
『バイトでもするかな』
そう言って街中を歩く。この時間は仕事に行く人たちが多い。みんなせわしなく職場に歩いていく。その中みんなとは逆方向にぶらぶら歩く私。周りからはどう見えているのだろう。たぶん私のことなんて目にも入っていないのだろう。忙しく時間が過ぎている人たち、かたや時間を持て余している者。どちらが幸せなのか。コンビニでバイト情報誌を買い家に帰る。情報誌を眺めて
『どんなバイトしようかなぁ』
いろいろアルバイト先。そんな中ふと目に着いた飲食店のバイト。
『ぎゅーーー』
またやつが暴れだした。
『はいはい、わかりました。』
とその飲食店に連絡を入れ面接の日取りを取り付けた。いったい何なのかはわからないが今はやつの言うことを聞くことにして行動しよう。時間はある。突き止めてみよう。
面接を終え仕事はすぐ来てくれとのこと、よほど人が少ないのだろう。翌日から勤務することを決め店を後に。
翌日、時間に店に行く。一通り仕事内容を教えてもらう。指導役に一人の女性がつくことに。
「初めまして。中島香です。よろしく。」
「よろしくお願いします。志村亮です。」
「仕事は簡単だから教えることも大したないんだけど。とりあえずわからないことあったら聞いてね。」
「ありがとうございます。」
仕事は基本接客、ひと相手の仕事はそんなに苦手ではないので大丈夫だろう。店は結構繁盛していてひっきりなしに人が入ってくる。なかなかに忙しい。仕事はだんだん慣れてきた。 休憩中、中島さんと一緒にとる。
「どう?忙しいけど大丈夫?」
心配そうに私に聞いてきた。
「大丈夫ですよ。だいぶ慣れてきました。」
少し疲れた顔で私は答えた。
「最初から無理しないでね。後からバテるよ。まぁ初日だから頑張るのは仕方ないけど。でもすごい初めてとは思えないね。頑張ってるよ。」
「ありがとうございます。夢中でやってます。」
「今、いくつなの?若そうに見えるけど。」
「25です。そんな若くないですよ。」
「いや若い。年下や。私なんてこの歳でまだフリーターよ。ほんと嫌になっちゃう。」
「いえいえ若いですよ、それに綺麗だし。」
「お世辞うまいねぇ。ありがとう。これでも女優目指してるからね。劇団に所属しているんだ。でもお金ないからここでバイト。」
「すごいですねぇ。夢があるんですね。私なんてだらだら生きているだけですよ。」
「全然よ。夢だけじゃ食べていけないから。ほんと何しているんだろ。あっ今度劇見に来ない?チケット余っているの。」
「えっはい、ぜひ行かせてください。観たことないのでこんな機会じゃないと見れないかも。チケット買いますよ。」
「本当、でもお金大丈夫?まだバイト初日よ、給料入ってないんだから。」
「そのくらい大丈夫ですよ。心配しないでください。」
そう言って、チケットを買った。日にちはちょうど店の定休日、大丈夫なようだ。急に彼女の携帯が鳴り
「ちょっとごめんね。」
と電話に出る。
「もしもし?あっ詩織ちゃん、今仕事中だからまた電話する。」
電話を切り
「ごめんね。従妹から、なんか最近元気なかったから話聞いてあげようとしてたのよね。」
休憩を終え仕事に戻る。相変わらず忙しい。そんなこんなで閉店になりその日は終わった。
帰り際、中島さんにおつかれのお菓子をもらい帰路につく。部屋でお菓子を食べながらチケットを見る。今まで劇場なんて行ったことない。結構緊張する。
『どんな雰囲気なんだろう?どんな服でいきゃいいんだ?』
一人でいろいろ考えていると、またやつが来た。いつものようにやり過ごす。
『まったく今自分がやっていることと関係あるのかわからないがとにかくおとなしくなってくれればいいが。』
なんだかわからないもの相手に何だかわからない対応。他人が聞けばおかしな人に見えるだろう。そんなことを考えながら眠りにつくことにした。
数日間バイトに通いだいぶ体が慣れてきたところでいよいよ劇場に行く日。とりあえずきれいな服装で出かける。緊張気味に劇場に向かう。
いざ、劇場に入ると思ったより小さく舞台が近い。席に座りしばらくしてから開演する。芝居が始まってからはずっと見入ってしまった。実に面白く興味深い作品で終始飽きずに見ることができた。
劇が終わってから、楽屋に彼女にあいさつに行くことにした。楽屋は比較的和やかな雰囲気だった。その中にいる彼女を見つけ会釈をする。彼女も気づきこちらに向かってきて
「ありがとう来てくれたんだね。どうだった?」
「すごかったです。見入ってしまいました。」
「よかった。この後時間ある?一緒に少し話さない?」
「はい、いいですよ。」
「じゃ、少し待ってて今準備するから。」
そう言って彼女は奥に戻っていった。彼女を待つ間楽屋の方々を見ていたが、みんなさわやかな笑顔を見せて談笑している。やり切った感が満々だ。何かとてもうらやましく感じた。そのうち彼女が準備を終えてこちらにやってきた。
「お待たせ。じゃ、みんなお先です。今日はお疲れさんでした。また明日ね。」
ほかの演者さんにあいさつをして私と劇場を後にする。近くの少しおしゃれなカフェのテラスでお茶をすることに。
「私カフェ巡り好きなのよねぇ。」
彼女は頼んだコーヒーに口をつけながら言う。
「そういえば今のバイト先もう少しで移転するんだって。大丈夫?」
「えっ、そうなんですか?私まだ入ったばっかりですよ。遠いんですか?移転先」
「少し遠くなるかも。だから私は違うところ今探している最中なんだ。」
急な展開にパニッくていたが彼女は続けた。
「今、勝負かけているのよね。もうこんな歳だし劇を続けていくのにギリギリなのよ。きちんとした収入がないとこの先大変だからね。夢見るのも大変よ。」
苦笑いしながら彼女は言う。
「ちょっと待ってください。バイト先移転って聞いてないですよ。なんでバイト雇ったんですか?」
「移転って聞いて辞めた人がいて大変だったからじゃない。お疲れ様。辞めるの?」
「はい、多分もういけなくなる。」
なぜか職場にツキがない私、かなりのショックをうけながら、
「そういえば今日の劇すごかったですね。みんなすごく上手でした。あれでみんな無名な方って大変なんですね。芸能の世界って。」
「まあね、みんな必死よ。食べていけないからね。でも楽しいのよ、演じているときって。違う自分が入ってくるっていうのかな、なんか非現実的な感覚ね。」
「へぇ、そうなんですね。私にはよくわかりませんね。でも楽しそうですね。私そんなに夢中になったことないからなぁ。」
過去の自分を思い出し少し恥ずかしい気分になった。こんなに一生懸命に夢に向かっている姿がとてもまぶしく見えた。
「でも現実は甘くないのよね現実は。まぁそんな話はどうでも良いのよ。楽しんでもらってよかった。私どうだった?きちんと観てた?」
「はい、きちんと観ていましたよ。すごくかっこよかったです。一番上手かったと思いますよ。」
「あらっ、お世辞がうまいこと。ここおごるわ。」
まんざらでもない笑顔で伝票を持ち。
「じゃっ、戻らなきゃいけないから。またバイト先でね。今日はありがとう。」
「いえ、こちらこそ誘ってくれてありがとうございました。本当に楽しかったです。機会があればまた来たいと思います。」
「じゃっ、チケットの販売してもらおうかな。」
そう冗談を言って彼女は戻っていった。演劇の余韻に浸ろうとしていたのだがバイト先の移転のほうが頭に残り途中から自分が何を言っていたのか覚えていない。
『バイト、どうしよ。また探さなきゃいけないのかなぁ。というより今のまま続けてて良いのか。でも金欲しいしなぁ。』
完全に現実に引き戻されて家路についた。
次の日バイトに行くと店長から移転の話を聞かされ移転先には行けないことを伝えた。その代わり移転するまでは働かせてもらうことにした。さすがに今辞めるわけにはいかない。そのことを中島さんに伝えると
「そっか、私と一緒ね。それまでよろしくねぇ。ところでまたカフェ行かない?いつも一人だとなかなか時間がつぶれなくてね。どう?」
「はい、いいですよ。私はいつも暇だから。」
「今度、日にち合わせよう。連絡先教えて。」
お互い連絡先を交換してまた仕事に戻る。仕事は相変わらず忙しい。へとへとになりその日は終わる。
いつもの部屋の中、食事をすませベットに横になる。中島さんのことを考えて。
『芸能の世界って大変なんだろうなぁ。年齢制限はないにしてもやはり若いうちから脚光を浴びないと先がつらいのだろう。また脚光を浴びたとしても続けていくのも大変そうだ。私には無理だ。』
夢といえば小学生の時にお金持ちになりたいと書いていた私。これと言って具体的な夢など持ったことがない。彼女をうらやましくも思っているとまた奴が来た。いつもは温かく熱い奴だったのが今日はなぜか苦しく締め付けられるもの。少しつらい、いやかなりつらい。ベットの上で悶えながら奴との格闘に、やつが早く消えてくれるまで。そのうち眠りについていた。
中島さんとはその後もバイト終わりにカフェに行く仲になっていた。彼女はバイトに劇の練習に精力的に活動していた。よく体力が持つものだ。それだけ必死なんだろう。私にはそれだけ夢中になるだけの意志はない。本当に尊敬に値する人だと思った。
バイト先の移転まで一週間。もう店は占めて移転の準備に入っていた。作業は片付けや清掃。力仕事などは男たちがやることに。そんなに体力のない私はヘロヘロになりながら作業をしていた。その中女性陣は片付けをしていた。中島さんはさすが、てきぱきと作業をしていてみんなのリーダー的存在であった。
『本当にすごい人だなぁ。私にはできないことを平気でしてる。こんな人もいるんだなぁ』
改めて感心して作業に戻る。その日は体がガタガタになっていた。帰り際中島さんに声をかけられて一緒にカフェに行くことに。
「お疲れさん。」
「はい、お疲れ様です。」
お互いコーヒーの入ったカップで乾杯をした。
「ほんと君体力ないなぁ。男ならバリバリ働かなきゃ。」
笑いながら私に言ってくる。
「私はこれでいいんです。どうせもうここ辞めるんだし適当でいいんですよ。」
ちょっとふてくされ気味に返す。
「そういうところがダメなんよ君は。やれるときに一生懸命にする。そういう風に生きてかないと人生損するよ。人生楽しまなきゃ。」
「そうですかぁ。私の人生いつも適当ですよ。人生なんてそんなものですよ。」
「つまらないね。この先何があるかわからないんだから、今を生きなきゃ。やりたいことをする。面白いよぉ。」
そういう彼女は何か悲しそうに見えた。
「そうだ。バイト最後の日デートしない?おごるから。行先は私が決めるね。OK?」
「あっ、はいよろしくお願いします。」
圧倒されて考える暇もなく返事をした。
「よし。楽しみねぇ。私もデートなんて久しぶり。ちょっとおしゃれでもしようかなぁ。」
と、もうその日のことを考えて楽しそうにしている。私は何か不安しかないデートに感じた。
バイトはその後も肉体労働。身体が悲鳴を上げ始めていた。毎日へとへとになりながら部屋に戻る。その間はやつのことも忘れすぐに眠りについていた。
そしてバイト最終日。この日はほとんど軽い作業で半日で終わることに。店長に最後の気持ちばかりの封筒をもらい
「短い間だけどありがとね。すごく頑張ってるの助かったよ。移転先にも来てほしかったけどなぁ。まぁ君ならどこでも大丈夫でしょ。頑張ってね。」
そう言って手を差し伸べてきた店長に同じく手を差し出し握手をした。
店を出て中島さんを待つ。しばらくすると店から出てきた彼女。
「今日デートだね。ちょっと帰って着替えてくるから後で待ち合わせしよ。」
そう言って待ち合わせの場所と時間を決めて彼女と別れた。
私も部屋に一度帰り少しこぎれいな服に着替え待ち合わせの場所に行く。そこにはもう彼女が待っていた。珍しくスカートを着ている。綺麗な顔立ちからすごくオーラを感じる雰囲気を漂わせている。しばらく見とれていたかもしれない。そんな私を見つけ彼女は手を振る。なんか自分の格好が恥ずかしくなってきて照れ臭そうに彼女のほうに駆け寄った。
「遅いよ、早くいくよ。」
そう言う彼女に
「すいません。ちょっと見とれてしまいました。」
「何言ってるのよ。いつも見てる顔でしょ。照れるじゃない。」
どこに行くかわからないが並んで歩きだす。
「どこに行くんですか?」
「いいからついて来て。」
楽しそうに歩く彼女。本当に魅力的な人である。しばらく歩いて着いた先は小さなギャラリー。そこに入っていく彼女についていく。
そのギャラリーは海や水棲生物の描いた絵がずらりと並んでいた。
「私、絵が好きなのよね。特に海が描いてある絵が好きなの。」
「私はそういうの全然で、よくわからないです。」
絵をゆっくり見て回る。観ているといつかの水族館を思い出す。
『彼女は元気かなぁ』
ふと詩織さんのことを思い出す。
「私の従妹、水族館が好きでねぇ。クラゲばっかり見ている。」
ハッとして不思議な感覚に。
「一つこんな絵を部屋に飾りたいけどねぇ。全然合わないから買う勇気がないのよね。それに結構な値段するしね。」
それを聞いて値札を見た私はびっくりしていた。このような絵の値段なんて今まで気にしたことがなくてわからなかったが私には買えないことが分かった。
じっくり見て回ってからギャラリーを出た。もう外は日が傾き始めていた。
「そろそろご飯にしよ。そんなに高い店には行けないけど勘弁ね。」
と連れてきたのはファミレスだった。
「何でも食べて。おごりだよ。」
笑いながらメニューを見せてくる。そこで肉料理を頼んで彼女はパスタを頼んだ。
「ごめんねこんな店で。」
「いえ、全然うれしいです。中島さんのおごりだと思うとなおさらですよ。」
「おっ、言うねぇ。バイト代安いからねぇ。ところでバイトせっかく慣れたのにね。大丈夫?」
「いえ、いいんです。どうせ私はついていないやつですから、いつも良い職場に就けないのはいつものことですから。」
やさぐれた私に彼女は、
「まだまだ若いんだからこれからよ。私のほうがやばいよ。ほんと。」
料理が来てしばらく食べることに専念した。
料理のことを話しながら食事は進みいつの間にか食べ終わっていた。会計を済ませ外に出るともう外は暗くなっていた。夜風に吹かれながら海の見える公園に来た。
「気持ち良いねぇ。なんか久しぶりだなぁこんなにゆっくりしたの。」
海を見ながら彼女は言う。
「なんかこのままで良いのかなぁ。自分が分からなくなってきた。ひたすら女優になることを夢見て突っ走ってきたけど。気づいたらもうこんな歳、本当に夢が叶うかなんてわからないしいつまでもこんな生活できるわけないよなぁ。」
しみじみと語りだす。
「女優になるために田舎から出てきて、夢中だったなぁ。そろそろなのかなぁ。やっぱり私には無理な話よね、有名になることなんて。有名になるのはごく一部の人間だし、同じ夢見ている人なんてたくさんいる。いったい何をしていたんだろう。」
いつも明るくしっかり者の彼女が見せる姿にびっくりした。そんな彼女を見ていると胸のやつが騒ぎ出した。
「そんなことないです。あんな演技できるのに。女優なんて自分が女優といえば女優なんです。演技することが好きでこの世界に入ったのなら続けてください。何も有名になることが成功なんてことないんです。もったいないです。こんな私が言うのもなんですが、こんなにも長い間同じことを続けてもったいないです。演技をすることは好きではないのですか?演技は一度しか見てないですがとても素敵でした。そんなこと言わないでください。」
私の言葉にびっくりしたような表情をする彼女、
「言うねぇ。そうね、わたしは演技が好き。演じているときは本当に一生懸命。とても良い時間。まさか君に言われるとは思わなかった。」
じっと海の向こうを眺め何かを考えている彼女。
「うん、ありがとう。なんか吹っ切れた。」
「いえ、こんな私が出しゃばってすいませんでした。何もわからないくせに。」
「ううん、ありがとう。今日は付き合ってくれてありがとうね。やっぱりよかった誘って。」
そう言って手を差し伸べる。私はその手を握り握手をする。
「バイトは今日で終わりでもう会うことはないと思うけど、また劇見に来てね。」
「はい、何かあれば連絡ください。今日はありがとうございました。そして今までも。」
そう言って目でお互いを確認してうなずき
「じゃっ、またいつか。」
「はい、またいつか。」
手を振り彼女と別れた。彼女の演技を思い出しながら帰路につく。
『ほんとすごいよなぁ。夢ほしいなぁ。』
その夜もやつはいた。今日はものすごく熱く騒いでいた。