『社長室』
現在、日本には3,700社以上の上場企業がある。非上場企業も合わせると、172万社もの株式会社が存在している。もちろんそのトップには、社長がいる。従業員数は、3,700万人に上る。恐らく私たちも、その中に含まれている。
そして今、小娘は社長に呼び出されている。良くないことが起こりそうで恐いが、当の本人は、のほほんとしている。自慢のツインテールは、今日も健在だ。水色のシュシュがいつもより、派手に見える。
「何だろうね、楽しみ☆」
私たちのデスクは隣同士なので、その言葉は私に投げ掛けられている。私まで噛んでいると思われたくない。出来れば関わらずに行ってほしい。そうもいかないので私は、頷きながら微笑み送り出した。不自然に振られる右手は、ぎこちない。
彼女の歩く道中には、鍵盤でもあるかのようだ。スキップする姿から音符が飛び出すみたいで、頭の中ではどのような音が流れているのだろう。
「失礼いたします」
彼女は、大きく扉を開き社長室へと吸い込まれていった。
◇ ◇ ◇
私は、その後も通常業務をこなしていた。小娘は、まだ出てこない。始業から終業まで社長室で、長々と話しているようだ。もうそろそろ帰りたいのだが、中の様子は、とても気になる。じっと扉を眺めていた。その時、大きな音を立て扉が開かれた。中から胸を張り出てくる小娘は、上機嫌のようだ。
「私、社長になる」
意味が分からない。首を傾げる私を置いてきぼりに、彼女は帰っていった。
聞くところによると、明日からあの小娘が社長に就任するというのだ。先日の会議室での出来事が、社長の耳にまで届き、決意したそうだ。ということは、172万人の一人になることになる。
退職願を出すものが、溢れなければ良いが……あぁ、先が思いやられる。