表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/29

第一章 闇内オウマと将棋部2/5

 世界を蹂躙した魔族の長。魔王。強大な魔力と魔法を行使する魔王の存在に人類はなす術なく絶望を余儀なくされた。だがその無敵であるはずの魔王に一人の青年が立ち向かう。人類における最後の希望。それは勇者と呼ばれている男だった。


 そして魔王は勇者により倒される。だが致命傷を受けた魔王は死に際ある魔法を使用した。それは転生術。自身の魂を継続させる――つまり生まれ変わるための秘術だ。そして魔王は目論見通りとある生命体に転生した。


 それが日本国籍の少女――闇内オウマだった。


「転生術は完璧じゃった。しかし継続された魂は必ずしも同一世界にて転生されるとは限らん。わしはどうやら前の世界とは異なる世界に転生を果たしてしまったらしい」


 人気のない校舎裏。ユウを連れてその場所まで移動したオウマは、人間に転生する以前――前世の話を交えながらそう説明した。オウマの言葉にぽかんと目を瞬いているユウ。彼の間の抜けた反応は一旦無視して、オウマは肩をすくめつつ言葉を続ける。


「まあそれは大した問題でもない。もとより魔族は世界を渡り歩く種族じゃ。少し時間が掛かるかも知れんが、いずれ元の世界にも帰れるじゃろう。そのような些末なことよりも問題となるのは二点。一つは、魔族であるこのわしが人間に転生したことじゃ」


 オウマは二本の指を立てると、話しながらその一本の指を折り曲げる。


「転生術は本来魂が最も馴染む肉体、つまり同種に転生するはずじゃ。しかしどういうわけか、わしは魔族ではなく人間に転生してしまった。死を目前に急ごしらえで構築した魔法ゆえ不備があったのか。はたまた別の事情なのか。その理由は分かっておらん」


 オウマはふうと溜息を吐くと、立てていた二本目の指をゆっくりと折り曲げた。


「問題点の二つ目。それは前世と比べて、わしの魔力が大幅に衰弱しているということじゃ。幼少期は微々たる魔力すら扱えず、魔王としての使命を何も果たせずにいた。おかげで随分と歯がゆい思いをしたものじゃ。だがしかし――」


 オウマは荒々しい笑みを浮かべる。


「ようやく魔力も回復してきた。そろそろ魔王としての使命――世界征服に向けた準備に取り掛かっても良かろう。まず手始めにこの白ノ宮学院中学校を拠点に、前の世界で失われた魔王軍を再建するのじゃ」


 話に区切りを付けてオウマはユウを見つめた。彼女の話をただ沈黙して聞いていただけのユウ。その表情はまるで理解できない公式を一方的に聞かされた時のようにぽかんとしている。しばしの静寂。ユウが髪をポリポリと掻いてちょこんと首を傾げた。


「なんだろう……魔王とか魔王軍とか……どこかで聞いたことがある話なんだけど?」


「もう幾度も説明しておるからじゃろうがぁあああああああ!」


 思案顔をするユウに、オウマは手を戦慄かせて絶叫した。


「一体何度説明すればお主は理解してくれるのじゃ! お主と初めて出会ってすぐに一度説明しておるし、それからも要所要所で説明しておるし、そもそも昨日も同じような説明をしたはずじゃぞ! お主はわしの話をまるで聞いておらんのか!?」


「いやそういうわけじゃないんだけど……」


 ユウがバツの悪そうに笑う。


「ゲームの設定とか覚えるの苦手なんだ。現実味がないからさ。もう少しリアリティのある設定ならきっとボクも忘れないと思うよ」


「ゲームではなくリアルな話じゃ! リアリティもバリバリじゃろうがい! そもそも昨今のゲームみたく複雑な設定でもないわ――って誰の話が設定じゃぁあああ!」


「ノリツッコミ? うーん、オウマも中学生なんだしさ、そういう中二病的な発言はもう控えたほうが良いんじゃないかな?」


「中二病じゃったらむしろここからが本番――って誰が中二病じゃああああ!」


「またノリツッコミ? まあそういうところがオウマの可愛いところだけどさ」


 反射的に怒鳴り返そうとして、オウマはユウの発言にカアッと顔を赤くした。オウマの反応にきょとんと首を傾げるユウ。自分がした発言の意味に気付いてないらしい。赤くした顔を伏せてオウマはボソボソと呟く。


「か、かわいいとか……しょ……しょういうのは……ず、ずりゅるい……」


「えっと……どうかしたの?」


「な、何でもないわい! というかお主とて他人事ではないのだぞ! なぜなら――」


 伏せていた顔をサッと上げて――


 オウマは驚くべき事実を口にした。


「わしとともに転生した勇者! その転生体こそが光月ユウ――お主なのじゃからな!」


 オウマのこの言葉に、締まりのなかったユウの表情が一気に強張る。唖然と目を見開いて硬直するユウ。言葉を失くしたその彼をオウマはただ鋭く見据えた。二人の間に冷たい風が通り抜ける。五秒、十秒と時間が経過する。沈黙していたユウが口を開いて――


 震える声を吐き出した。


「何だか……それも聞いたことがあるような」


「これも幾度も説明しておるわぁあああ!」


 予想通りの反応をした勇者の転生体――光月ユウにオウマは頭を抱えて絶叫した。


「うおいコラ! 魔王がなんだという話は百歩譲って忘れても構わんが、自分に関係した話ぐらいは覚えておらんか! そもそもお主は何で前世の記憶がないんじゃ!」


「そう言われても……普通は前世の記憶とか覚えてないんじゃないかな?」


「阿呆か! 転生術で転生した場合はその記憶も継続されるはずなんじゃ!」


「でも占い師はボクの前世を、ペットボトルのキャップだって言ってたよ?」


「それでええのか!? ペットボトルのキャップでお主はそれで満足なのかえ!?」


「それは不満もあるけど……」


 ダンダンと地団太を踏んでいるオウマに、ユウがニッコリと微笑む。


「オウマの話だと、勇者のボクと魔王のオウマは敵対していたんだよね。オウマと敵同士になっちゃうくらいなら、ボクはペットボトルのキャップの方がいいや」


 思わぬ不意打ちを受けてオウマは怒りに震わせていたツインテールをシュンと萎めた。


「じゃから……ずりゅいと言うに……」


「オウマ?」


「……もういいわい」


 赤い顔を隠すようにユウから顔を背けて、オウマは唇をキュッと尖らせた。


「どうせ怒鳴ったところでお主の記憶が戻るわけでもない。勇者であるお主への報復はこれまで通り一時保留じゃ。記憶のないお主を痛めつけたところで面白くなどないからな」


「結構頻繁に痛めつけられているけど?」


「黙っとらんかい!」


 余計な一言を呟いたユウに拳を叩きこむ。「痛いなあ」と殴られた頬をさするユウ。顔をしかめるその彼に、オウマは「ふん」とふんぞり返り眉尻を吊り上げた。


「とにかく白ノ宮学院中学校で魔王軍を再建するゆえお主もわしの手伝いをせよ」


「オウマの話だと、勇者のボクが魔王軍の再建を手伝うのはおかしいんじゃない?」


「なんじゃ! ユウよ! お主は幼馴染であるわしの頼みが聞けんのか!?」


「すごく都合がいい。まあオウマを一人にすると危なっかしいから手伝うのは構わないけどさ。だけど魔王軍の再建って……具体的に何をするの?」


「わしの魔力は回復傾向にあるとはいえ完全ではない。現段階では派手な行動を慎むべきじゃろう。ゆえに水面下で敵戦力を手中に収めて、魔王軍の拡大を図るつもりじゃ」


「敵戦力?」


「既存組織は個々役割に応じて体系化されておる。白ノ宮学院中学校とて例外ではない。教師や生徒という区別を含めて、教育委員会やPTA、部活や同好会も体系化されたモノのひとつ。それら敵戦力を個別に支配して魔王軍の配下に加えるというわけじゃ」


「うーん……ボクにはよく分からないや」


「別に難しいことではないわ。わしと行動を共にしていれば理解できるじゃろう」


 オウマはそう話して、スカートのポケットからスマホを取り出した。某有名アニメキャラのストラップがついたスマホを操作して、画面に表示された時間を確認する。


「ふむ、そろそろ教室に行く時間じゃな。とりあえず話は終いじゃ。教室でのオリエンテーションを終えてから本格的な行動に移ることにするぞ」


「そうだね。ところでオウマ」


 スマホをポケットに戻しつつ、オウマは「ん?」と首を傾げる。吊目がちの黒い瞳をパチパチ瞬かせるオウマに、ユウが無邪気な微笑みを浮かべてさらりと言う。


「言いそびれてたんだけど……オウマの制服姿、とても可愛くて似合ってるよ」


 本当にズルい。普段と変わらない笑みを浮かべているその幼馴染に――


「あ……ありゅがと……」


 オウマは顔を真っ赤にして呟いた。



======================



 一年C組の教室。集合時間を五分ほど過ぎたところで、教室の扉がガラリと開かれた。雑談をしていた生徒たちが途端に沈黙する。開かれた扉。そこに幼い女の子が一人いた。


 小学校低学年ほどの女の子だ。桜色の髪に桜色の大きな瞳。小柄なその体格には不釣り合いの大きな白衣を着ており、頭にはウサギ耳のついたフードを被っていた。


 ポカンと目を丸くするオウマ。他の生徒たちも怪訝そうに眉をひそめていた。幼児がピコピコと音を鳴らしながら――歩くたびに音が鳴る靴を履いているらしい――教壇へと歩いていく。白衣の裾を引きずりながら教壇の前へと移動した幼児が、なぜかあらかじめ用意されていた踏み台にひょいと飛び乗り、教壇からひょっこりと顔を出した。


「はい、みなさんこんにちはですぅ」


 幼児が元気よく手を上げて話し始める。


「あたしは天塚(あまつか)才々(さいさい)ですぅ。今日からこのクラスを担当する教師さんですよぉ」


「は……き、教師!?」


 一人の生徒が素っ頓狂な声を上げる。ざわざわとざわつく生徒たちに、白衣の幼児――天塚才々が「はいですぅ」と笑顔を輝かせた。


「担当教科は数学なんですけど、一番好きなのは科学なんですねぇ。でも好きなことを仕事にすると大変だって言いますよねぇ? だから数学を教えてるんですよぉ」


 どうでもいい情報を交えた自己紹介を終えて、天塚教師が「これからよろしくおねがいしますぅ」とぺこりと頭を下げた。天塚教師の挨拶にただ困惑するだけの生徒たち。天塚教師が「えっとそれでは……」と手をパチパチ鳴らしながら話を進める。


「これから白ノ宮学院中学校で生活するにあたり注意事項も含めたお話しをさせて頂きますねぇ。ただその前にみなさん一人ひとりに自己紹介をしてもら――」


「おいおい、こりゃなんの冗談だ?」


 ここで一人の生徒が刺々しい声を上げる。天塚教師の声を遮ったのは金髪を逆立てた男子生徒で、机に組んだ両足を乗せてニヤニヤと気味悪い笑みを浮かべていた。


「ガキが俺たちの教師だあ? ふざけてんのかよこの学校は。ガキンチョが俺たちにもの教えられるわけねえだろ? 授業をおままごとと勘違いしてんのか?」


「ガキじゃないですよぉ」


 天塚教師がぷうと頬を膨らませる。


「少し子供っぽく見られがちですが、これでもみなさんより年上なんですよぉ。そんな意地悪なことばかり言ってると、先生だって怒っちゃいますからねぇ」


「はっ、そいつはいいや。教師の真似事をしてチョークでも投げてみるってのか? それともガキらしく泣き叫ぶのかよ?」


 金髪生徒がカラカラと笑う。挑発的なその態度に天塚教師がさらに頬を膨らませた。


 白ノ宮学院中学校は入学試験の難易度が高く、いわゆる不良と呼ばれる生徒の割合は他校と比較して低いとされている。だが皆無という訳ではないだろう。この金髪生徒が不良と呼べるのかどうかは知らないが、問題児ではありそうだ。


(まあわしには関係ないがな)


 オウマは胸中でそう呟いて欠伸した。幼児の姿をした教師には驚いたがすでに興味も失せている。頬杖をつきながらぼんやりと成り行きを見守るオウマ。するとここで天塚教師が白衣の中から何かを取り出した。


 天塚教師が取り出した物。それは透明な液体が入れられた瓶であった。訝しそうに眉間にしわを寄せる金髪生徒。天塚教師が体を捻りながら振りかぶり――


「えい!」


 手に持っていた瓶を金髪生徒に投げつけた。


 投球フォームからは想像できない豪速球で瓶が金髪生徒に迫る。瓶の速度にまるで反応できない金髪。僅かに狙いの逸れた瓶が金髪の頬を掠めて後方の壁に激突、パリンと割れて中の液体をぶちまけた。そして――


 ジュゥウウウウと焼けるような音とともに液体から白煙が上る。


「ああ、狙いが逸れちゃったですぅ」


 天塚教師が残念そうに眉尻を落とす。謎の液体に溶かされるコンクリートの壁。その光景に呆然とする生徒たち。天塚教師が再び白衣に手を入れてポツリと独りごちる。


「今日はあまりストックがないんですよねぇ。今度は外さないようにしないとですぅ」


「……あ……あの、先生」


 白衣から瓶を取り出した天塚教師に、金髪生徒がピシリと手を上げて言う。


「先生の指導のもと勉学に励めることを心より嬉しく思います。また詰まらない発言により皆様の貴重な時間を浪費したこと猛省しております。今度は心を入れ替える所存でありますので、どうかこの場はご容赦頂ければ幸いでございます」


 金髪生徒の顔がひどく蒼白だ。まるで刑執行間近の死刑囚を彷彿とさせる。大量の汗を浮かべる金髪生徒にきょとんと目を丸くする天塚教師。だがしばらくして、天塚教師が白衣の中に瓶を戻してニッパリと微笑んだ。


「分かってくれたみたいで嬉しいですぅ。先生は貴方が優しい人だと信じてましたよぉ」


「きょ……恐縮です」


 引きつらせた笑顔を浮かべている金髪生徒と、無邪気にコロコロと笑っている天塚教師。そんな二人の様子を横目に眺めつつ、オウマは渋い顔で思考する。


(中学校とは……意外に恐ろしい場所なのじゃな)


 天塚教師の大きな丸い瞳。その奥底に何やらどす黒い狂気が覗いている気がして、オウマは寒気を覚えつつ気を引き締めた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ