エピローグ2/2
白ノ宮学院中学校。その放課後。校舎の一画にある空き部屋に数人の生徒が集まっていた。綺麗に飾りつけされた部屋の中。沢山のお菓子が乗せられたテーブルを囲んでいる生徒たち。そのうちの一人。黒髪をツインテールにした少女がテーブルにひょいと飛び乗って――
オレンジジュースが注がれたジョッキを高らかに掲げた。
「新生魔王軍の誕生を記念して――乾杯じゃぁあああああああああ!」
オウマの掛け声に合わせてパンパンとクラッカーが鳴らされる。ジョッキのジュースをグビグビと飲み干すオウマ。「ぶへぇあ!」とおおよそ女子中学生には似つかわしくない声を吐き出して、オウマはテーブルの上でクルクルと体を回し始めた。
二人の少女が使用済みのクラッカーをテーブルに置く。オウマはぴょんとテーブルから降りると、どこか冷めた目をしている二人の少女の一人、ジト目の女の子に「なんじゃなんじゃ?」と酔っ払いのごとく絡んだ。
「元気がないぞ、詰丘! 折角のめでたい席じゃ! お主も陽気に踊らんか!」
オウマの絡みにジト目の少女――将棋部部長の詰丘将希が溜息を吐く。
「踊るほどのことでもないだろ? 部活申請が通ったというだけなんだから」
呆れ口調の詰丘に、オウマは「何を言うか」と空ジョッキを振り回しながら主張する。
「我ら魔王軍がようやく部活として正式認定されたのじゃぞ!? 部室も獲得して今後さらなる飛躍が期待できること山のごとし! こんなめでたい日に踊らぬでいつ踊る!?」
「一生踊らない」
「詰丘は相変わらずつれないのう! そんなお主には塩対応師団の軍団長を任せよう!」
無意味に抱きついてくるオウマに詰丘が露骨に嫌な顔をする。ここで詰丘の対面の席にいたもう一人の少女、丸眼鏡をかけた女の子が「だけど……」とポツリと呟いた。
「よく部活申請が承認されたわね。一度棄却された申請は再度検討されないでしょ?」
「よくぞ聞いた、計楽よ! さすがは眼鏡っ子! 勘の鋭さが眼鏡並じゃな!」
オウマの称賛に丸眼鏡の少女――プログラミング研究部部長の計楽賛香が「眼鏡並?」と半眼になる。不満顔する計楽を気にも留めず、オウマは意味もなく頭上を指差した。
「それこそわしが天才たる所以よ! 魔王軍の躍進を阻む悪法! しかしその悪法の重大な欠点に気付いたわしは、とある作戦によりその悪法を見事打ち破ったのじゃ!」
「……重大な欠点って?」
「それは――部活名を変えちゃえば同一申請とはみなされんことじゃああ!」
疑問符を浮かべていた計楽がオウマの答えに肩をこけさせる。何やら拍子抜けした顔をする計楽に、オウマは「ふはははは!」と勝ち誇りながら言う。
「魔王軍は真・魔王軍として生まれ変わり部活登録された! お主ら二人の部員登録もすでに済ませておる! 二つの部活を兼任することになるが魔王軍のため頑張るがいい!」
「また勝手に部員登録なんて……でもそんな単純なことで申請が通るものかしら?」
計楽が呆れながらも首を傾げる。懐疑的な彼女に詰丘が眉間にしわを寄せながら言う。
「会長が根回しをしたんじゃないかな。一週間前にオウマが選挙戦の立候補辞退を条件に会長と何か裏取引したって話していたけど、それがこの申請を通すことだったとか?」
詰丘の推測にオウマはニヤリと口元から犬歯を覗かせた。
「実のところその通りじゃ。お主らの働きもあり戸塚の奴が不正投票していた証拠を見事手に入れたからのう。その証拠を学校側に公開せず、わしが立候補を辞退することを条件にして、部活申請を承認させたわけじゃ」
不正投票の証拠確保。そして会長との裏取引。それが最終選挙における一連の騒動を隠すためにオウマが用意したシナリオであった。騒動に巻き込まれた人々の記憶は生徒会会長の戸塚正義――魔王スキアーにより消されている。十分間ほど自分が意識を失っていたことにさえ誰も気付いていない状況だ。
ゆえにオウマは騒動後、一年C組の教室で待機していた詰丘と計楽に連絡して、その急ごしらえのシナリオを二人に伝えた。オウマの説明を聞いて、その急展開な内容に二人は困惑していた。だが特に疑いはせず二人はその説明を受け入れた。そして騒動から一週間が経過して現在に至るというわけだ。
「最終投票の集計中に立候補を突然辞退するんだもの。みんな驚いていたわね。でも会長との取引の内容を、どうして今まであたしたちにも隠していたの?」
当然抱くだろう計楽の疑問に、オウマは肩をすくめながらさらりと答える。
「後から発表したほうが盛り上がるじゃろ? だから敢えて隠しておいたのじゃ」
実際のところは、二人にその説明をした時点ではまだ取引の詳細まで決めていなかっただけだ。認識を合わせるためにスキアーと改めて話もしなければならず――脅迫ともいう――、下手に具体的なことを話してボロが出ないよう詳細を濁しておいたのだ。
「まあ何にせよ――」
オウマは腰に手を当ててウンウンと頷く。
「厄介な部活申請も終わり、これで魔王軍の活動に専念できるというものじゃ。わしを含めて部員はまだ四人しかおらぬが、いずれ全学年を魔王軍の配下にしてくれようぞ」
「そう言えば……その数少ない部員の一人――光月はどこで何してんだ?」
詰丘がふと気付いたように呟く。部室で開かれた新生魔王軍の結成パーティ。だがそこには創設メンバーの一人――光月ユウの姿がなかった。怪訝な顔をする詰丘と計楽にオウマは「ふむ」と顎に指を当てて首を傾げた。
「実は生徒会から話があるということで、ユウの奴にその話を聞きに行かせている。どのような要件かは知らぬが、大した要件でなければそろそろ部室に戻ってくるじゃろう」
「そういう話は光月くんじゃなくて、部長の闇内さんが聞きに行くものじゃない? まったく……でも生徒会から話があるだなんて一体何かしら?」
「まだ部活を始めたばかりだから必要な手続きとか残っているんじゃないかな? それとも魔王軍なんて部活はやっぱり許可できないとか手のひら返すのかも」
単純な疑問を口にする計楽に続いて、詰丘が縁起でもない推測を口にする。生徒会会長のスキアーに逆らう意志がない以上、詰丘が推測したようなことは起こらないと思うが、だからと良い話である保証もない。オウマがそんなことを考えていると――
「失礼しまーす」
部室の扉を開けて光月ユウが姿を現した。
「……お主はいつもタイミングよく現れるな」
そんなどうでもいい指摘を入れつつ、オウマは部室の前に立っているユウに尋ねた。
「ご苦労じゃったな、ユウ。して、生徒会連中の話とは何であったのじゃ?」
「そのことなんだけど……とりあえず先生、こっちに来てください」
ユウが扉の前から一歩退く。すると廊下から「はーい♪」と元気な声が上がり、扉の前に小さな影が飛び出してくる。その影はウサミミフードと白衣を着ている――
一年C組の担任である天塚才々だった。
「天塚先生じゃないか? どうしてここに?」
怪訝に眉をひそめる詰丘。彼女の疑問に天塚教師が手をピンと上げてハキハキ答える。
「あのねあのね、あたしがこの部活――真・魔王軍の担当顧問になりましたぁ。だからみんな、これからよろしくお願いしますねぇ」
「部活には担当顧問が必要だから、生徒会が天塚先生にそれをお願いしていたみたい」
天塚教師の挨拶に続いてユウがさらりと説明する。魔王軍に顧問とは馬鹿げているが捉えようによっては教師一人を魔王軍の手中に収めたことにもなる。オウマは「なるほど」と頷くと腕を組んでふんぞり返った。
「良かろう! 天塚先生の魔王軍入りを許可してやる! しかし顧問だからと調子に乗るではないぞ! 魔王軍の長は魔王たるわしであることをゆめゆめ忘れるな!」
天塚教師が「了解ですぅ」と敬礼する。彼女なりに真剣なのだろうが幼児体形のためかどうも締まりがない。何にせよオウマは胸中で安堵した。生徒会の用事如何ではまた面倒事になるかと警戒していたが、どうやらその不安も杞憂だったらしい。
「それともう一人――」
胸をなでおろしていたところ、ユウがさらに言葉を続けた。そして扉の前に予想だにしない意外な人物が現れる。それは後頭部で黒髪をまとめた青い瞳の女性――
生徒会副会長の天塚杏であった。
「ききき、貴様! なにゆえここに!?」
オウマは驚愕に目を見開いた。狼狽するオウマに対して眉ひとつ動かさない杏。一呼吸の間を挟み、杏が無表情のまま懐に手を入れて一枚の紙を取り出した。
その紙には入部届という文字と、天塚杏の名前が直筆で記されていた。
「真・魔王軍に入部することになりました天塚杏です。どうぞよろしくお願いします」
「なんじゃとぉおおおおおおおお!?」
とんでもないことを平然と言う杏に、オウマは手を戦慄かせて絶叫した。
「貴様が魔王軍に入部じゃと!? い、一体全体なにを企んでおる!?」
「簡単なことです。私は生徒会副会長としてこの学院を守る責任があります」
杏が入部届の用紙を懐に戻しながら淡々と言葉を続ける。
「どう会長を説得したのかは分かりませんが、このような問題ある部活動を野放しにはできません。よって私が入部してその活動内容を監視することにしました」
「ふざけるではないわ! そのようなお邪魔虫を魔王軍になど入れるわけがなかろう!」
「部長であろうと部員の入部拒否はできません。そして早速ですが――」
杏の青い瞳が怪しく輝く。
「教えを乞う立場でありながら教師に対する不遜な言動。許しがたいことです。今すぐに先の発言を撤回して母に謝罪してください」
「やかましい! 貴様に指図される覚えなどないわ! わしは絶対貴様の母になど――」
叫んでいる途中でふと気付く。母に謝罪しろ? 母? 一年C組担任――天塚才々。生徒会副会長――天塚杏。天塚。クルクルと回る思考。オウマは大きく息を吸い込んで――
「おおおお、親子かぁああああああ!?」
幼児体形の天塚才々と、大人びた雰囲気の天塚杏の二人を指差した。
「……知らなかったのか、オウマ」
「副会長と先生が親子なのは有名よ」
詰丘と計楽がポツリと呟く。確かに天塚などという珍しい苗字が一致している時点で予想して然るべきだった。しかしどういうことか。天塚杏はこう見えて人間では――
「……天塚先生が母と言うことは……その……つまりこやつは先生が作――」
「あたしがお腹を痛めて生みましたぁ」
オウマの言葉を遮るように、天塚教師が食い気味にそう言った。満面の笑顔を輝かせている天塚教師。その表情に陰りなど微塵もない。オウマは何の気なしに詰丘と計楽に振り返る。詰丘と計楽がハッとしてオウマから露骨に視線を逸らした。
「ねえねえ、杏ちゃん。そんなことより、あたしたちもパーティに参加するですぅ」
「……そうですね。入部初日ぐらいは問題行動を見逃してあげましょう」
天塚教師と杏がそう話して、お菓子の乗せられたテーブルへと歩いていく。
「お菓子がたくさんありますねぇ。杏ちゃんは何を食べたいですかぁ?」
「私はエンジンオイルMT01W‐10をシロップ代わりにした煎餅が食べたいです」
「あはははは。杏ちゃんは本当にグルメですよねぇ。いかにも人間ですぅ」
「はい。私も人間である自分があまりに人間らしくて時折恐怖さえ覚えます」
ものすごく違和感ある談笑をしながら二人がテーブルの前に立ち止まる。お菓子を物色する二人を半眼で見つめるオウマ。呆然とする彼女にユウが近づいてポツリと言う。
「なんだか賑やかで楽しいね、オウマ」
「……お主は本当に呑気じゃのう」
前途多難となりそうな魔王軍の再建に――
オウマは深々と溜息を吐いた。




