第五章 闇内オウマと魔王リリス1/5
その場所は想像とは少し違っていた。柔らかなクリーム色の壁紙。細かな意匠が施されたレースのカーテン。淡いピンクの棚には沢山のぬいぐるみが飾られており、床にも可愛らしいクッションが置かれていた。女の子らしい部屋。だが彼女の部屋としては少々似つかわしくない。そんなことを考えながら――
光月ユウはベッドに寝ている彼女に話し掛けた。
「気分はどう? オウマ」
ベッドに寝ていた女の子――闇内オウマがユウに視線を向ける。彼女の顔が赤い。目も虚ろで表情はどこか弱々しい。何やら言いたげな彼女の瞳。ユウが「ん?」と首を傾げると、オウマが舌を鳴らして目線を逸らした。
「ふ……不覚じゃ」
オウマが苦々しい口調で呟く。
「よもや……魔王たるわしが……病に倒れてしまうとは……」
マオウというのは彼女が時折口にする自分設定だ。どうやら彼女はマオウの生まれ変わりであるらしい。因みに自分はユウシャの生まれ変わりであるようだ。オウマと出会い一ヶ月。彼女はいつもこの設定を口にしていた。
(うーん……でもボクにはよく分かんないや)
どうも中二病という奴らしい。あまり詳しくないが子供が掛かりやすい病だという。オウマが歯をぐっと噛みしめて悔しそうに声を震わせる。
「口惜しいわ……わしは……わしはこんなところで……大病により死んでしまうのか?」
「ただの風邪だよ?」
そう風邪だ。大病でもなければ中二病――発熱はしない病らしい――でもない。ユウは自分のランドセルをゴソゴソと探り、一冊のノートを取り出した。
「はい、オウマ。今日の授業をノートに写してきたよ。元気になったら見てね」
「……情けは無用じゃ」
はて。ナサケとは何だろうか。ユウはそう疑問に思うもすぐ考えるのを止めた。ノートを彼女の机に置いて、またベッドのそばに近づく。オウマがハアハアと息を吐いている。とても苦しそうだ。ユウはふと思案する。そしてあることを思い出して――
ユウはベッドから出ていたオウマの手をキュッと握った。
「――ひぃやああ! きき、貴様! 一体何をしておる!?」
オウマが目を丸くした。いつもツンツンしている彼女にしては珍しく慌てているらしい。ユウはニッコリと笑うと、ポカポカと温かなオウマの手を両手で包み込んだ。
「ボクのお母さんがね、ボクが風邪をひいた時にこうして手を握ってくれたの。そして、元気になーれ、って呪文を唱えてくれたんだ。そしたらボクね、元気になったんだよ」
「あ、阿呆か! そ、そんな魔法ですらない呪文で元気になるわけがなかろう!」
「元気になーれ、元気になーれ」
「だから止めんか! 馬鹿馬鹿しい!」
「あれ? でもオウマ、ちょっと元気になった?」
オウマが口をパクパクとする。彼女の反応に首を傾げるユウ。何か言いたげに口を動かしていたオウマだが、結局何も言うことなくプイッとそっぽを向いた。心なしかオウマの顔がさっきよりも赤い。ユウは熱が悪化したのかとオウマの手をさらに強く握った。
「……なぜわしに関わる?」
沈黙がしばらく続いた後、オウマがそうポツリと言った。ユウはオウマの手を握ったままパタパタと目を瞬かせる。疑問符を浮かべるその彼にオウマがボソボソと言う。
「わしは貴様を殺す。今は貴様の記憶が欠落しているゆえ見逃しているだけじゃ。記憶が戻れば貴様はわしに殺されるのじゃぞ。それなのになぜ……わしに関わる?」
「うーん……ごめんね。オウマはそれをよく言ってるけどボクはよく分かんないんだ」
「……分かんないにしろ、殺すなどと口にする者に普通は近づこうと思わんじゃろ。それなのになぜ貴様はわしに近づく? 一体何を企んでおるのじゃ?」
オウマの瞳がユウに再び向けられる。虚ろな彼女の瞳。そこに凶暴な光が湛えられている。返答を誤れば取り返しのつかない事態となる。彼女の瞳がそれを暗に物語っていた。
ユウはふと黙り込む。オウマの問いを真剣に考えようと思ったのだ。二人が口を閉ざしたまま時間だけが経過する。ユウはブラウンの瞳をゆっくりと瞬かせて――
オウマの問いに答えた。
「ボクはね……オウマを守りたいの」
「……守るじゃと?」
「うん……きっとそうなんだと思う」
ユウの率直な回答。だがその答えに納得しないのか、オウマの瞳が鋭く細められた。
「初めて対面した時も、守ろうとしたとか抜かしておったな。その時にも話したが、人間ごときにわしを守ることなどできん。そもそも貴様にはわしを守る理由がないじゃろ」
「理由とか分かんないけど……」
ユウは眉間にしわを寄せながら言う。
「守らなきゃって思うんだ。なんだかずっと……そんな気がしてて」
ユウは曖昧にそう言った。オウマを守らなきゃいけない。なぜそう思うのか。自分でもよく分からないのだ。オウマが口を閉ざしてユウをじっと見据える。ユウもまたオウマをじっと見つめた。手をつないだまま二人はしばし見つめ合い――
「……まったく意味が分からん」
オウマがふっと笑う。
「真面目に考えるのが馬鹿馬鹿しくなるわ」
いつも怒り顔のオウマ。その彼女が初めて見せた笑顔。それがとても可愛くて――
ユウは満面の笑顔を浮かべた。
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白ノ宮学院中学校の放課後。光月ユウは一年C組の教室にいた。教室の窓から体育館を眺めているユウ。先日から行われている生徒会会長緊急選挙。その集計作業のため封鎖されている体育館。その場所には今――
現生徒会会長の戸塚正義と、幼馴染の闇内オウマの二人が対峙している。
「心配か? オウマのことが」
ここで声を掛けられる。ユウは目を一度瞬かせて声に振り返った。教室にはユウのほかに二人の女性がいる。一人は将棋部部長の詰丘将希。もう一人はプログラミング研究部部長の計楽賛香。声を掛けてきたのはジト目でこちらを見ている詰丘のほうだった。
「心配はいらないよ。あの会長は信用ならないけど、選挙戦に敗北したからと逆上して女に手を上げたりはしないさ。胡散臭い奴だけどそういうタイプではないからね」
詰丘が肩をすくめて小さく笑う。
「むしろ私は会長のほうが心配だ。どんな手段かは知らないけど票を操作していたんだからね。腹いせとしてオウマにボコボコにされてなければいいが」
「でも……一体どうしたのかしら闇内さんは」
計楽が眉をひそめて不安げに言う。
「会長と二人きりで話がしたいだなんて。まさか本当に会長に暴力を振るうために二人きりになりたかった……とは思わないんだけど」
「……さあね。魔王や魔法の件も含めて、オウマはちょっと不思議な子だから。私たちには想像もつかないようなことを考えているのかも知れない」
「……光月くんは何か知らない?」
計楽から話を振られる。ユウは「ん?」と首を捻り思案した。オウマが会長と二人きりで会いたい理由。ユウは窓に視線を戻すとオウマがいるはずの体育館をじっと眺めた。
「……ボクにも分からない。だけど……もしオウマが危ない目にあっているなら――」
ユウは自然とその言葉を口にした。
「ボクがオウマを守らないと駄目なんだ」




