第四章 闇内オウマと戸塚正義5/6
そして月曜日の朝礼。オウマは司会者の指示に従い壇上に進んだ。体育館に整列した生徒からざわりとどよめきが鳴る。オウマは演台の前に立ち止まると――
今日のために仕立てたスーツの襟をピンと正した。
『皆様おはようございます。ただいまご紹介に与りました闇内オウマです。本日は皆様の貴重なお時間を割いてまでこのような場を設けて頂きましたこと深く感謝しています』
ぽかんとする全校生徒。彼ら一人一人を順番に見返してオウマは静かに頭を振る。
『驚かれていることでしょう。それも当然であります。私のこれまでの愚かな言動。犯してしまった罪の数々。皆様にはいくら謝罪しても決して足りるものではありません。しかし私は気付いたのです。自らの過ちに。私がいかに横柄であったかということに』
オウマは自身の胸にそっと手を当てて思いの丈をぶつけた。
『私はこれまで票を獲得さえできればよいと考えていました。そしてそれに固執するあまり皆様の心を蔑ろにしてきました。しかしそれは間違った考えです。生徒会会長の役目は皆様が愛するこの学校をより良いものとすること。その主役であるはずの皆様の心を蔑ろにして選挙に勝利しところで、そこに何の価値があるというのでしょうか』
オウマの瞳から一筋の涙がこぼれる。これまで自分が犯した過ち。その愚かさに胸を痛めているのだ。オウマの涙に生徒たちも息を詰まらせる。こぼれた涙をハンカチで拭い、オウマは濡れたその瞳を全校生徒に向けた。
『このような未熟者が生徒会会長になるなど本来おこがましいことかも知れません。しかし私は皆様のおかげで成長できました。そして皆様がそばにいてくれるなら私はこれからも成長できます。どうかこの私に皆様の力を貸してください。そして皆様とともにこの学校を素晴らしいものにする手助けを私にさせてください。どうかよろしくお願いします』
オウマは深々と頭を下げた。すぐには頭を上げない。上げられるはずもない。これは演説ではない。話を最後まで聞いてくれた全校生徒。その彼らに対する謝罪であり感謝だ。この時間を終わらせる権利は彼らだけにある。ゆえにオウマはその時が訪れるまで頭を下げ続けた。十秒。二十秒が経過する。冷たい静寂に満たされていた体育館に――
パチパチと小さな拍手が鳴らされた。
オウマはハッとして頭を持ち上げた。体育館に整列した生徒。そこから鳴らされた小さな拍手。それは簡単に掻き消えてしまいそうなほどか細いものだった。しかしその小さな火種は瞬く間に広がり最後には大きな拍手にその姿を変える。体育館に鳴り響く力強い拍手。笑顔を浮かべた生徒たちの温かな想い。それを胸一杯に感じて――
『ありがとう――ありがとうございます!』
オウマはキラキラとした涙をこぼして満面の笑顔を輝かせた。
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戸塚正義――684票。
闇内オウマ――8票。
「オウマ……大丈夫?」
ユウの呼びかけ。だがオウマはそれに応じる気力がなかった。週末の放課後。コンピューター室の隅。椅子に力なく体を預けたオウマは真っ白に燃え尽きていた。虚空を見つめる目。呆然と開かれた口。よく見ればその口から魂が抜け出ているのが分かっただろう。
「わしは……もう……だめじゃ……」
自然とこぼれる呟き。オウマの吐いた弱音に、ユウが両拳を握りプルプルと首を振る。
「そんなことないよ、オウマ。今からでもきっと逆転できるから」
もはやそのような根拠ない慰めなど無意味だ。あらゆる手を尽くしても票差は開くばかり。この劣勢を覆す奇跡のような手段などもうないだろう。
チェックメイトだ。
「う……うう……」
オウマの瞳からポロポロと涙がこぼれる。奪われてしまう。大切なものが。一度しかない初体験が。こうもあっさりと散らされる。それを思い魔王は情けなくも涙を流した。
約束など反故にすればいい。そうも思う。だが魔族において契約とは絶対なもの。契約を破ることは誇りを失うことと同義だ。そのような真似できるはずもない。
「オウマ……泣かないで」
ユウがオウマの頭を優しく撫でる。戸塚との約束を果たした後も、ユウはこうして自分に優しくしてくれるだろうか。軽蔑して自分から離れてしまうのではないか。そう思うと苦しくて仕方がない。オウマは涙を流したままユウに振り返った。
「ユウよ……もはや最終手段じゃ……」
「最終手段?」
ユウが首を傾げる。オウマはユウの手を掴むと潤んだ瞳で彼を見上げた。
「奴に……奴に奪われるくらいなら……いっそ……いっそお主に……」
「ボクに……何?」
「お主に……わしの……わしのしょ……」
声を震わせながらもその言葉を吐き出そうとする。きょとんと無垢の目でオウマを見つめるユウ。オウマはその彼の瞳を見返しながらそれを伝えようとして――
「ううう……駄目じゃ。やはり無理じゃ。結婚すれば子ができるなどと信じておるような者に……そのようなこと言えるはずもない」
がっくりと力なく項垂れる。
「オウマ……よく分かんないけど元気出して」
ユウが眉をひそめながらも笑う。普段ならその笑顔に心を癒されていただろう。だが今に限っては彼の笑顔に胸が締め付けられる。オウマはさらに気分を落ち込ませて――
「オウマ。ちょっとこれを見て」
ここで詰丘の声が聞こえた。
オウマは涙に濡れた瞳で声に振り返る。コンピューター室に設置されたパソコン。その一台の前に詰丘と計楽が座っていた。表情を険しくしてオウマを見つめている詰丘と計楽。何やらただならぬ雰囲気の二人に困惑しながらもオウマは唇を尖らせる。
「なんじゃい……わしはいま傷心しておる……裏切り者が話し掛けるではない」
「……闇内さん。大事なことなの。拗ねてないで早くこっちに来て」
計楽が口早に言う。やはり様子がおかしい。オウマは怪訝に思いながらも二人のもとまで歩いて近づいた。パソコンの前に座る二人の背後に立ちパソコンのモニターを覗き込む。モニターには大きな文字で『生徒会会長選挙投票システム』と表示されていた。
「……なんじゃこの画面は?」
疑問符を浮かべるオウマに、詰丘がモニターを指差しながら解説する。
「ネット投票の画面だよ。ここにオウマと現会長の名前があるだろ。この画面で投票したい人を選択して送信ボタンを押す。そうすると投票が完了する仕組みになっている」
オウマは立候補する側のためネット投票の画面など見たことがなかった。だがこの画面が一体何だというのか。ここで詰丘が計楽に合図する。計楽がキーボードをカタカタと打つと、モニターに表示されていた画面がパッと切り替わった。先程と同じ『生徒会会長選挙投票システム』の画面。だが先程の画面と今の画面とでは――
とある点に明確な違いがあった。
「これは……どういうことじゃ? ここの説明文が先程の画面とは違うぞ」
画面にある投票における注意事項。その内容が先程の画面と今の画面とで明確に違っていた。動揺するオウマに、詰丘がコクリと頷いて画面を指差しながら説明する。
「これは本物を真似たダミー画面だ。計楽さんが作ってくれた。見ての通りこの画面は本物とは注意事項が異なっている。変更点は赤字にしてあるし、送信ボタンを押下した際には、変更点について警告表示するようプログラムされている。つまりユーザーが変更点に気付かず投票しないよう配慮しているわけだ」
「実はこの画面をね、投票に利用されるタブレット端末に一時間だけ表示したの。本物の画面と差し替えてね。あまり言いたくないけどフィッシング詐欺の手法と同じよ。それでその時間、そのタブレットを使用した人たちの投票結果がこの一覧になるわ」
計楽がキーボードを叩いてモニターに一覧を表示する。例の投票を管理しているサーバーの情報だ。一覧表示された内容を確認するオウマ。そして彼女は――
目を疑うような事実に驚愕した。
「見て分かるだろ、オウマ。該当する8名の投票者が全員――戸塚に投票している」
詰丘の示した事実。それは本来あり得ないことだ。この投票者が、本物ではなく改竄されたダミー画面から投票したのなら、このような結果になるはずがない。少なくとも可能性としては限りなくゼロに近いだろう。唖然とするオウマ。詰丘が小さく息を吐いて、盤面を見るかの如くジト目を細めていく。
「ダミー画面は他にも数種類用意していた。それぞれがさっき見せたダミー画面同様に、僅かな変更点を加えている。あらゆる可能性を考慮してね。だけどその中でこのダミー画面だけが違和感のある結果となったんだ」
「それほど難しくないとはいえ、沢山のダミー画面を作らされて困ったわ。不正投票を疑われる内容だから誰にも手伝ってもらえないし、全部あたし一人で作業したのよ」
詰丘の説明と計楽の愚痴。それを聞きながらオウマは頭をフル回転させる。なぜこのような結果となったのか。どのような条件を満たせばこのような結果が導き出されるのか。思考が目まぐるしく駆け抜ける。覆しようのない票差。迫りくる期限。絶望的な状況。あまりにも深い闇の中。だがその闇の中に――
一筋の光が差し込む。
「私はオウマに出会って理解したことがある」
詰丘が静かに語る。
「君の力が魔法なのか手品なのか分からない。だがこの世の中には非常識な力がある。現実という盤面を読み解くためには、その力の存在も含めて考えなければならない」
「これは由々しき事態よ」
計楽が怒りを滲ませて言う。
「これがもしも、あたしたちの想像する通りのことなら、彼はあたしたち生徒全員の心を踏みにじっている。彼に勝たせては駄目。だから闇内さん」
魔王軍に半ば強引に加えられた二人。魔力を持たない脆弱な人間。だがその二人の人間がこの危機的状況を打ち破った。詰丘と計楽。二人の力強い視線。ドクンと心臓が高鳴る。熱い血が全身に駆け巡る。魔王たるオウマはギラギラと眼光を輝かせると――
「よくやった。後はわしに任せい」
荒々しい笑みを浮かべてそう言った。




