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第一章 闇内オウマと将棋部1/5

 葉桜が萌えいづる四月。新年度が始まり生活スタイルもガラリと変わるその季節は、大勢の人が希望に胸を膨らませ、またそれと同時に小さな不安を胸に抱く。特に多感な思春期の少年少女はその想いも一際大きいだろう。


 神奈川県横浜市中区()()(かい)。その459番地にある私立教育機関。白ノ宮学院中学校。その体育館に数百人もの少年少女が集められていた。適度な間隔を空けて規則正しく整列した少年少女。表情を引き締めた彼らの視線の先には壇上に立つ一人の青年がいた。


「新入生の皆さん、このたびは白ノ宮学院中学校へのご入学おめでとうございます」


 銀髪をオールバックにした青年。細いフレームの眼鏡を掛けており、レンズの奥にある切れ長の瞳を体育館に整列している少年少女に向けている。少年少女の視線を受けながら、柔らかな微笑みを浮かべて言葉を紡いでいく銀髪の青年。ちょっとしたユーモアを交えた祝いの言葉が五分ほど続いて、銀髪の青年が「では最後に」と言葉を締める。


「これより始まる白ノ宮学院中学校での学校生活が皆さんにとって生涯の宝物になること祈念申し上げて祝辞とさせていただきます。改めて本日はご入学おめでとうございます。白ノ宮学院中学校生徒会会長。戸塚(とつか)正義(まさよし)


 銀髪の青年が頭を下げて壇上の端に姿を消す。それからも新入生の挨拶や校歌斉唱など入学式が淡々と進められていく。十分、二十分と退屈な時間が続いて、整列した少年少女にも徐々に疲労の気配が浮かび始める。


 ここで一人の男性が壇上へと昇った。両サイドを残して禿げた一人の初老男性。入学式の頭でも紹介された白ノ宮学院中学校の校長だ。壇上にある演台の前で立ち止まり、校長が禿げた頭をさすりながら口を開く。


「ええ……これで入学式を終わります。皆さんご苦労様でした。これより皆さんには自分の教室に移動してもらいます。クラスの割り振りは校舎前に掲示しておきますので各々確認してください。それでは教師の指示に従い移動を開始してください」


 参列者の拍手に見送られ、少年少女が体育館を退場していく。人数が多いため彼ら全員を退場させるには五分ほどの時間が掛かるだろう。そして位置的に自分が退場できるのは五分後だ。それをぼんやり理解して――


「やれやれ……だるいのう」


 彼女はぽつりと愚痴をこぼした。



======================



 校舎前に掲示されたクラスの割り振りを記載した一覧表。その前には入学式を終えたばかりの新入生が群がっていた。「同じクラスだね」とか「離れて寂しいよ」など騒いでいる少年少女。その場からなかなか動こうとしない彼らおかげで一覧表に近づけない。


「……仕方ないのう」


 彼女は嘆息してピンとつま先立ちをした。彼女の視力は両目とも2.0。多少距離があろうと一覧表の文字を容易に確認できる。ただ問題は彼女が小柄だということだ。背伸びしても人混みに邪魔されて一覧表が視界に入らない。左右にフラフラと移動しながら黒い瞳を凝らすこと数十秒。彼女は人混みの隙間からどうにか一覧表を確認した。


 闇内(やみうち)オウマ――一年C組。


「ふむ……C組か」


 因みに一学年のクラスはAからFクラスまである。つま先立ちの姿勢から踵を地面に付けて彼女――闇内オウマはふうと息を吐いた。彼女の仕草に合わせて、彼女の側頭部から垂れた黒いツインテールがハラハラと揺れる。


 二呼吸ほどの休憩を挟んで、オウマは再びつま先立ちをして一覧表を遠目に眺めた。自分の他にもう一人、クラスを確認しておきたかったのだ。だがまたも人混みに邪魔されて一覧表を確認できない。やや苛立ちながら目を凝らすオウマ。するとここで――


「ああ、ここに居たんだね」


 彼女に親しげな声が掛けられる。


 声に気付いて、オウマはつま先立ちを止めて声に振り返った。人混みから少し離れた位置。そこに立っていた少年がこちらに近づいてくる。少年の姿を見つけてオウマは思わず頬を緩めた。だがすぐにハッとして、彼女は緩みかけた頬をきゅっと引き締める。


「何用じゃ、ユウ?」


 近づいてくる少年――光月ユウにオウマはそう話し掛けた。オウマの目の前にユウが立ち止まる。白々しく首を傾げるオウマに、ユウがブラウンの瞳をパタパタ瞬かせた。


「なにって……入学式が終わったら一緒にクラスを確認しようって約束したじゃないか。待ち合わせ場所でずっと待っていたんだよ?」


「……そんなことを言っていたか? とんと忘れておったわ」


 オウマは平然とそう話した。だが実のところそれは嘘である。オウマはきちんと約束を覚えており待ち合わせ場所にも向かっていた。だが大勢の人がいる前で異性のユウに自分から話し掛けるのが気恥ずかしくなり、ついその場から逃げ出してしまったのだ。


(へ、変に勘違いでもされたら敵わんからな)


 オウマはほんのりと顔を赤くすると、間の抜けた顔をしているユウに口早に言う。


「そ、そんなことよりユウよ。お主は自分のクラスを確認したのか?」


「うん。オウマと一緒のCクラスだよ」


 ユウがニコリと微笑む。無邪気なその彼に、オウマは「ほ、ほう」と目を泳がせた。


「そ、そうか。ユウもCクラスじゃったか。ふーん。ほーん。へーん。お主のクラスなど全然まったく毛先ほども興味ないことゆえ、わしはまるで知らんかったわ」


 これまた嘘であり、ユウのクラスを確認しようとしたところで当人に声を掛けられただけだ。下手な芝居でしらばくれるオウマに、ユウが笑顔のまま言葉を続ける。


「同じクラスになれて良かったね、オウマ」


「べ、別にぃ? わしはどうでもいいが……お、お主は同じクラスで嬉しいのかえ?」


「うん。オウマと一緒で嬉しいよ」


 ユウのあまりに直球な言葉にオウマはボッと顔を赤くした。クラスが一緒で嬉しい。ユウの素直な想い。それはとどのつまり――()()()()ことなのだろうか。オウマは顔を赤くしたまま指をイジイジとして、微笑みを浮かべているユウを上目遣いに見つめた。


「ひょ……ひょんな……ユウ……お主はそこまで……わしのことを……」


「中学校に入学したばかりで緊張しているから知り合いがいないと心細くて――」


 ゴチンとオウマはユウの脳天を殴りつけた。「いた!」とその場にうずくまるユウ。赤い顔でぜえぜえと息を荒げるオウマに、ユウが殴られた頭をさすりながら顔をしかめる。


「痛いじゃないか。どうして突然殴るの?」


「黙れ! 紛らわしいこと言うからじゃ!」


 ユウが首を傾げる。オウマの憤慨している理由が理解できないのだろう。ユウが「よく分からないな」とぼやきながら立ち上がり、何事もなかったかのようにニコリと微笑む。


「ところで集合時間までまだ少しあるけどどうしようか? 教室で待機する?」


「……いや。この空き時間を利用して、わしらの目的を改めて確認しておこう」


 ユウが目をパタパタと瞬かせる。どうやら話にピンときていないらしい。察しの悪いその彼に嘆息しつつ、オウマは「つまりじゃな」と人差し指を立てて――


 ギラリとその瞳を輝かせた。


「魔王のわしが、どのように魔王軍を再建するか、という話じゃよ」



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