第四章 闇内オウマと戸塚正義2/6
白ノ宮学院中学校。その一年C組の教室でオウマはぼんやりと虚空を見つめていた。HRを終えた放課後。教室にはすでに同級生の姿はない。家に帰宅したか部活にでも行ったのだろう。未だ教室に残っているのは何するでもなく自席に座っているオウマと――
「ぼんやりしてどうかしたの、オウマ?」
彼女の幼馴染である光月ユウだけだ。
オウマはそのまま何秒か虚空を見つめた後に、その視線を横にスライドさせた。すぐ隣にユウが立っている。昔と変わらないブラウンの髪にブラウンの瞳。どこか間の抜けた表情。不思議そうに首を傾げているユウに、オウマは半ば自動的に口を開いた。
「のう……ユウよ」
「ん……なに?」
「もしもわしが……」
一呼吸の間を空けてから言葉を続ける。
「子を孕んだらお主はどうする?」
ユウがポカンと目を丸くした。二人だけが残された教室。そこに静寂が訪れる。ぼんやりとユウを見つめるオウマ。その彼女を丸くした目で見つめるユウ。教室の掛け時計。その秒針が立てるカチカチとした音。その音が三十の時を刻んだ丁度その時――
オウマの顔がみるみると赤く染まった。
「えっと……オウマそれってどういう――」
「うぴゃぁあああああああああああ!」
何かを言いかけたユウを遮って、オウマは席から立ち上がりざま奇声を上げた。
「いい、今のはなしじゃ! わわ、忘れろ! いいか! きき、記憶を消すのじゃあ!」
「子供って言うのは――」
「ふにゃあああああああああああ!」
ユウの脳天を殴りつける。「いてて」と殴られた頭を押さえながら顔をしかめるユウ。かなり強めに殴りつけたが、どうやら都合よく記憶喪失にはなっていないようだ。オウマは無意味に手をバタバタと振りながら「いやあのその……」と口早に言う。
「ち、違うぞ! 子を孕んだらと言うのはつまりその……け、決してお主との子を産みたいとかそういう意味ではなくてだな……もしわしが他所の男と子を作ったとしたら、お主はどう思うかということを尋ねたわけで――」
「別の人との子供?」
「はふぁああああああああ! そそそ、そうでもなくて! つまりだからその――」
「オウマ……もしかして」
ユウが表情をハッとさせる。
「誰かと結婚するの?」
ユウの頓珍漢な疑問に、オウマは「ん?」と眉をひそめた。潮が引くように赤らめていた顔を冷ましていくオウマ。表情を真剣にさせているユウに彼女は首を傾げて尋ねる。
「……意味が分からん。どうして今の話がわしの結婚話につながるのじゃ?」
「え? だって子供って結婚するとできるものなんじゃないの?」
ユウが当然のようにそう話す。濁りのないユウの瞳。どうやら本気らしい。純粋では片付けられない幼馴染の言葉に、オウマは何やら怖いものを感じて表情を青ざめさせた。
「お主……マジか? もう中学生じゃろうに本気でそれを言っておるのか?」
「どういう意味? あ、もしかしてオウマ、赤ん坊はコウノトリが運んでくるって話をまだ信じてるの? イヤだな。あれは子供向けに作られたファンタジーだよ」
「お……おう……そうか」
「あれ? でも女の子は十六歳からじゃないと結婚できないんだよね? オウマはまだ十二歳だから結婚なんてできないし……あれ? どういうことだろ?」
ユウが一人勝手に首を捻る。とりあえず子供を作る過程について追及されることはないようだ。オウマは何やら疲労を覚えて、立ち上がった席に座り直した。
「――オウマ」
ここで教室の入口から声が掛けられる。声に振り返ると、教室の入口に二人の女性の姿があった。将棋部部長の詰丘将希、そしてプログラミング研究部部長の計楽賛香だ。
二人が教室に入りオウマの席の前で立ち止まる。下級生の教室に現れた二人にユウが怪訝な顔をする。表情を神妙にした詰丘が手にしていた一枚の紙をオウマの机に置いた。
「……生徒会会長緊急選挙?」
紙に書かれていた文字。それをユウが読み上げる。黙したまま詰丘と計楽を見つめるオウマ。不安げに眉をひそめた計楽が一呼吸の間を空けてから口を開いた。
「これと同じ物が掲示板に張り出されていたの。明日のHRで全生徒に向けてその詳細が話されるみたいだけど……この立候補者のところに闇内さんの名前があるわ」
「どういうことだ、オウマ? 昨日の経緯からこの選挙が魔王軍の部活申請にかかわることなんだと想像はできるけど、何がどうして会長と選挙戦をすることになった?」
「……何とも根回しが早いことじゃな」
銀髪をオールバックにした男。生徒会会長の戸塚正義。選挙戦を提案したその男の姿を脳裏に浮かべつつオウマは皮肉げに笑った。
「大した理由ではない。わしの部活申請書が棄却されていたのでな、現行の生徒会を叩き潰してわしが会長となり、わしの申請を改めて通してやろうという訳じゃ」
「そんなことのために? あの会長にはかかわらない方がいいと忠告しただろ?」
呆れたように嘆息する詰丘に、オウマは「ふん」と眉尻を吊り上げた。
「わしがあのような小物に臆する理由がなかろう。完膚なきまでに勝利して終いじゃ」
「でもおかしいわ。こんな選挙、会長には何のメリットもないはずなのに。どうして会長は闇内さんの無茶な要求を呑んだのかしら?」
計楽のふとした疑問。それにオウマはぎくりと肩を揺らした。新たな生徒会会長を決めるための緊急選挙。それを承諾するにあたり戸塚は一つの条件をつけた。それは――
もし選挙に自分が勝利した場合、オウマに自分の子供を産んでほしいというものだ。
「どうしたの、闇内さん?」
急速に顔を赤らめたオウマに、計楽が眉をひそめる。オウマはハッとすると、赤らめた顔をパタパタと手で叩きながら席から勢いよく立ち上がった。
「な、なんでもないわい! と、とにかくこの選挙戦には何としても勝たねばならん! そうじゃよ勝てばいいんじゃ! 勝てば何の問題もないわあああああ!」
「……何か私たちに隠してる、オウマ?」
「なな、なんのことじゃ!? そ、それよりも選挙戦じゃ! こうして魔王軍のメンバーも揃っておることじゃし、具体的な日程を話ながら作戦を立てるぞ!」
詰丘が訝しそうに顔をしかめる。オウマの態度に違和感を覚えているのかも知れない。詰丘の探るような瞳。そのジト目からオウマはつい視線を逸らす。しばしの間。詰丘が嘆息してポケットからスマホを取り出した。
「緊急選挙は一ヶ月かけて実施される。投票は中間投票三回に最終投票一回の計四回あり、週初めから週末にかけて集計される。集計方法はネット投票による集計もしくは投票用紙による集計の二種類となる。ただしネット投票が基本となり投票用紙は何らかのトラブル時のみ採用される。ネット投票は校内のPCもしくはタブレットからいつでも投票可能」
「四回も投票があるんだ? 大変そうだね」
ユウの何気ないその呟きに計楽がさらりと補足説明を加える。
「あたしたちの学校では基本、満場一致による決定が望ましいとされているの。つまり途中経過を示すことで、勝てないと判断した候補者が立候補を取り消して、一人の候補者だけが残るようにしているのね。もちろん立候補の取り消しは強制じゃないから、最終投票が二人以上で行われることもあるわ」
「因みに任意だけど、候補者は月曜日の朝礼で演説する時間が与えられる。その時間を利用して自分をどうPRできるかが選挙戦において重要になるんだ」
「なるほどなるほど、あい分かった。それならば何の問題もないわ」
詰丘と計楽の説明を聞いて、オウマはそう軽く請け負った。オウマの余裕綽々なその態度に、詰丘がスマホから視線を持ち上げて懐疑的に眉根を寄せる。
「随分と軽く言うね、オウマ。何か秘策でも考え付いたのかな?」
「無論じゃ。しかし少々物足りないかも知れんな。そのようなやり方では今回の選挙、最終投票まで行かずに、一回目の中間投票で奴が尻尾を巻いて逃げてしまうやもしれん」
「それだけ圧勝できるってこと? 何それ? 一体どういう方法なの?」
興奮気味にそう尋ねてくる計楽に、オウマは「まあまあ」と宥めるよう手を振った。
「来週の朝礼で全てが分かる。あのスカした戸塚の悔しがる顔が目に浮かぶわい」
オウマはそうクツクツと小気味よく笑った。




