第三章 闇内オウマと生徒会5/5
グラウンドから生徒会室に移動して、オウマは一人の男と対峙していた。杏との戦闘を制止させた銀髪の男。デスクに腰掛けたその男がオウマに向けて柔らかく微笑んだ。
「まずは謝罪が先かな? 申し訳ないことをしてしまったね、闇内オウマさん」
髪と同じ銀色の瞳を細めるその男を、オウマは仏頂面で見据えた。
生徒会室にはオウマとその男の二人だけしかいない。オウマと一緒に生徒会室を訪れていた幼馴染、ユウの姿もなかった。恐らくオウマがグラウンドに放り出された際、ユウも後を追ってグラウンドに出ていたのだろう。そして入れ違いになったらしい。
生徒会副会長の杏は先の騒動においての事後処理を職員室でしている。しばらく生徒会室には戻ってこないだろう。オウマは現況を簡単に確認すると、改めてデスクに腰掛けている銀髪の男を見やった。銀髪の男が自身の胸に手を当てて小さく頭を下げる。
「私は戸塚正義。白ノ宮学院中学校で生徒会長を務めさせてもらっている。入学式では君たち新入生に向けて挨拶もしたんだけど覚えていてくれたかな?」
「……あやつは何者じゃ?」
オウマは端的に尋ねる。銀髪の男――戸塚正義が胸に当てていた手を下して口を開く。
「杏さんのことだね。生徒会副会長として私のサポートをしてくれている優秀な女性だ。正義感の強い人でね。ただ融通が利かないところもあって偶に暴走してしまう」
「そんなことは聞いておらん。なぜ人外の者が学校に紛れ込んでおるのかと聞いている」
「それは重要なことかな? 人間であろうと機械であろうと白ノ宮学院中学校の生徒であるなら私たちは等しく仲間だ。もちろん闇内オウマさん――魔王である貴女もね」
オウマの眉がピクリと揺れた。彼女の反応を楽しむように戸塚の口調が一段高くなる。
「魔王とこうして話ができるなんて光栄だ」
「……ふざけておるのか?」
「そう見えたのなら謝罪するよ。私としては正直な気持ちを伝えただけなんだけど」
「そんな雑談をするためにわしを生徒会室に呼びつけたわけでもあるまい」
「いいや。雑談をするために呼んだのだよ」
眉をひそめるオウマ。沈黙した彼女に戸塚がクスクスと肩を揺らして言葉を続ける。
「先の騒動について尋問を受けるとでも思っていたのかな? そんなことはしないよ。話は杏さんにでも聞けばいい。彼女は自身に不利だからと証言を捻じ曲げるような人間じゃないからね。私が君を呼んだのは、純粋に君と雑談がしたかったからさ」
「……なるほど。それは理解した」
オウマはふうと嘆息すると――
その瞳に鋭い眼光を浮かべた。
「しかしあいにくと、わしは貴様とゆるりと雑談する気分でもないのでな。貴様には悪いが本題だけ話させてもらうぞ」
「それは残念。だけどまあ仕方ないか。今の君は生徒会に対して強い不信感を抱いているだろうしね。杏さんのことも要因の一つだろうけど、一番の要因は――」
戸塚がデスクの引き出しを開けて何かを取り出した。戸塚の動きをじっと観察するオウマ。戸塚が引き出しから取り出した何かをデスクの上に置く。その何かとは――
二つに引き裂かれた部活申請書だった。
「この魔王軍を部活申請した件だろうね。君の話していた本題もこの申請書に関係したことだろ? 実はこの申請書だけど生徒会では保留扱いにしていたんだ。なにせその意図がまるで読めないのでね。申請者である君の意見を聞いてから結論を出すつもりだった」
「ならばそれ如何では、まだ魔王軍が承認される可能性は残っているのじゃな?」
「残念だけどそうはならない」
戸塚が頭を振る。静かに瞳を鋭くしていくオウマ。デスクの上に置かれた部活申請書。それを指先でトントンと叩きつつ戸塚が申し訳なさそうに言う。
「すでにこの申請書は棄却する手続きが完了している。一度棄却された案件を再度検討することはどんな理由があろうともできない。それは生徒会のルールなんだ」
戸塚が肩を落として溜息を吐く。その姿は本当に落胆しているように見えた。だがどこか嘘くさくも感じる。表面的な善意。相手を罠に嵌めるための擬態。玉を取られていることにも気付かない。トロイの木馬。生徒会室を訪れるより前に詰丘と計楽から聞いていた会長の印象。それを思い浮かべながら――
オウマは敢えてその内に潜り込む。
「そのような理由でわしが納得すると思うか? どうあっても申請は承認してもらう」
「……なるほど。そうだな……それならこういうのはどうかな?」
戸塚がピンと指を立てて朗らかにこう言った。
「ボクと闇内さんで生徒会長の座を賭けて選挙をするっていうのは」
オウマの要求に対して戸塚が示した提案。生徒会会長を賭けた選挙。話の流れが分からずオウマは怪訝に首を傾げた。彼女のその反応は想定の範囲内だったのか、戸塚が「順を追って説明しようか」と言葉を補足する。
「棄却された案件を再検討することはできない。さっき話したこのルールだけど実は抜け道がある。それは生徒会が解散して新しい生徒会が発足された場合、過去に棄却された案件を再検討できるというものだ。同じ生徒会で同じ案件を扱うのは時間の無駄だが、新しく発足された生徒会ならば一度棄却された案件も検討の余地があるということだね」
「……つまり現生徒会の貴様らをその席から引きずり下ろすことができれば、新しい生徒会でわしの申請書が再検討され承認される可能性があるということじゃな」
「そうなるね。ただ正直言うけど、魔王軍なんて申請書は誰が生徒会の席に着こうと承認されないだろう。この申請書を通すには君自身が生徒会長になる以外にない」
ゆえに生徒会会長選挙か。戸塚の意図を理解してオウマはニヤリと犬歯を剥いた。
「それは良いことを聞いた。だが一つ解せんな。生徒会長である貴様が何故それをわしに提案するのか。わしが選挙に勝利すれば貴様はその席を追われるのだぞ?」
「その通り。この提案は私に何のメリットもないことだ。だから一つ条件を付けさせてもらう。もしこの選挙に私が勝利した場合、君にはあることをしてもらいたい」
「わしにか? 一体どのようなことだ?」
戸塚がニコリと微笑んで――
その言葉をさらりと言った。
「君には私の子供を産んでもらいたい」
オウマはぽかんと目を丸くする。白ノ宮学院中学校生徒会会長。戸塚正義。この男は一体何を話したのか。何を要求したのか。聞き間違いだろうか。質の悪い冗談だろうか。何がどういうことか。意味不明だ。生徒会会長選挙。それにもし敗北した場合――
(わしが……こやつの……)
子供を産むというのは――
何を意味しているのか。
「な……なにを……ふざけたことを……」
情けなくも声が震える。絶対的な魔力を有した魔王。その自分が無様にも動揺している。取るに足らない人間。容易に殺せる弱者。脆弱な生き物であるはずのその男が――
微笑みを不気味に歪めた。
「ふざけてなんかないよ。私は君に一目惚れしてしまったのさ。好きな人に自分の子供を産んでもらいたいと願うのは、生物としてごく自然なことだと思うけどね。もちろんすぐにとは言わない。君の体が出産に耐えられるよう成熟してからで構わないよ」
「ば、馬鹿な! そのような要求など呑めるはずがなかろう!」
「君だってこれまで将棋部やプログラミング研究部に無茶な要求を突き付けて勝負してきたんだろ? 自分がその立場になった途端にそれを非難するのはズルいな。それとも魔王であるはずの君が、たかが人間である私に勝つ自信がないということかな?」
オウマの声が詰まる。戸塚がクツクツと笑いながら舐るように言葉を続けた。
「それなら降りてもらって構わない。私の見込み違いだったというだけだからね。どちらにせよ私にデメリットなんて何もないんだ。決断するのは闇内オウマさん。君なんだよ」
詰丘と計楽。二人からの警告。その本当の意味をオウマはようやく理解した。
「さあ、君の答えを聞かせてくれ」
催促する戸塚の言葉に――
闇内オウマは――
魔王たる彼女は――
声を震わせながら答えた。




