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第三章 闇内オウマと生徒会4/5

 部屋にあるテーブルを踏み抜いて、杏がオウマに急接近する。オウマにも油断はあった。だがそれを抜きにしても異常なまでの速度に対処が遅れる。杏の腕が伸ばされ――


 オウマの首を掴む。


「――オウマ!?」


 狼狽するユウの声が聞こえた。だが喉を締められたオウマに返事する余裕などない。杏に喉を掴まれたまま生徒会室から廊下へと引きずり出されるオウマ。さらに壁際の窓ガラスに勢いよく体を押しつけられて――


 窓ガラスをぶち抜いて校舎五階から外に放り出された。


 青い瞳に凶暴な眼光を湛えてオウマの喉を掴んでいる杏。上空に飛び出してなおその喉を掴んでいる手の力が緩む気配はない。校舎と隣接しているグラウンド。その敷地に設けられたフェンスを軽々と飛び越えて、杏がオウマの喉を掴んだ腕を振るい――


 オウマの体を地面へと投げつけた。


「ぬわぁあああああああああああああ!?」


 急接近する地面に悲鳴を上げながら、オウマは瞬間的に魔法を解き放った。あわや地面に激突するという直前、高速展開された球状の魔法陣がオウマの体を包み込む。


 魔法陣に包まれたオウマが地面に叩きつけられる。落下の衝撃でグラウンドに大きな土埃が上がり、グラウンドにいた運動部の生徒が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


 上空から降ってきた杏がグラウンドに着地する。校舎五階の高さから落下してきたというのに小さな段差を飛び下りたような軽やかさだ。青い瞳に冷たい気配を湛える杏。落下の衝撃を魔法で吸収していたオウマは土埃を手で払いながらフラフラと立ち上がった。


「ど、どうなっておる? この膂力……人間とは思えん」


「失礼ですね。私は正真正銘の人間ですよ」


 杏が右腕を正面にかざす。きょとんと目を丸くするオウマ。杏がかざした右腕を捻るようにクルリと回転させると――


 彼女の右腕がバカンと放射線状に開いて、腕の中から銃口が現れた。


「ただほんの少しばかり――全身が機械で作られているだけです」


 銃口が火を噴く。オウマは咄嗟に体を横に投げ出して銃弾を回避すると、そのまま勢いを殺さずに駆け出した。グラウンドを駆けるオウマを無数の銃弾が追いかける。オウマは涙目になりながら全力疾走して、グラウンドにある手洗い場の陰にその身を隠した。


「じょじょじょ、冗談ではないわ!」


 息を切らせながら悪態を吐く。身を隠したコンクリートの壁に無数の銃弾が跳ねる。ゴリゴリとコンクリートを削る銃弾の威力に慄きつつオウマは懸命に思考を回転させた。


「全身が機械!? つ、つまり奴はロボットということかえ!? し、しかしあれほど高度なロボットなど現代の技術で実現できるはずもない! あまりに非現実的じゃ!」


 自身が魔王の転生体であることを棚に上げてオウマはそう愚痴をこぼす。すると突如鳴り響いていた銃声が止んだ。怪訝に思いながら身を隠していたコンクリートの壁から顔をそっと覗かせるオウマ。右腕に銃口を生やした杏がその右腕を脇に下ろして左腕をかざした。オウマの背筋が悪寒に震える。杏の左腕が放射線状に開いて――


 左腕から極太の砲身が現れた。


 砲身からボンっと白煙とともにミサイルが発射される。オウマが慌てて手洗い場から飛び出した直後、ミサイルが手洗い場に着弾した。


 ミサイルが爆発する。手洗い場のコンクリートが粉々に砕けて、破壊された水道管から大量の水が噴き出した。グラウンドにいた生徒から大きな悲鳴が上がる。コンクリートの残骸と水しぶきが降り注ぐ中、ぐったりと地面に倒れるオウマ。ミサイルの直撃こそ避けるも、爆風により体を転がされたことで彼女の全身には痛みが疼いていた。


「うぐ……おのれ……無茶苦茶しよる」


 痛みを堪えながら立ち上がる。放射線状に開いていた右腕と左腕を戻して、オウマをじっと見据える杏。感情を見せない彼女がその表情に僅かな不満を覗かせた。


「生徒会による粛清を拒むとは……どうして貴女はそう反抗的なのですか?」


「死にたくないからに決まっておろうが!」


「しかも罰を受けている最中に、校内の手洗い場を破壊してさらに罪を重ねるとは」


「それは貴様が破壊したんじゃろうが!」


「言い訳など聞きたくありません。罪を自覚して粛清を受け入れなさい」


 オウマの反論をことごとく無視して、杏が右手をゆっくりと顔の前に移動させる。一体何をするつもりか。杏がぱっくりと大きく口を開けて――


 右手を口の中に躊躇いなく突っ込んだ。


「――いぎ!?」


 杏の奇行にオウマの顔が強張る。肘付近まで口の中に右手を埋めて、杏がその右手を口からゆっくりと引き抜いていく。引き出されていく彼女の右手。その手には棒状の何かが握られていた。唖然とするオウマ。彼女の口の中から引き出された棒状のそれは――


 一振りの日本刀だった。


「……他に隠し場所はなかったのかえ?」


 よりにもよってなぜ口の中なのか。そんな疑問を抱くオウマを無視して、杏が日本刀を半身に構えた。一拍の間。杏が地面を蹴りオウマに迫りくる。


 オウマと杏の距離が一瞬でゼロとなる。杏の人間離れした動きに慄きつつ、オウマは膝を落として屈みこんだ。横なぎに振られた杏の日本刀がオウマの頭上を掠めて通過する。肌が粟立つのを感じながら、オウマは曲げた膝を即座に伸ばして体を横に跳ねさせた。下から斜めに切り上げられた杏の日本刀がオウマのスカートを僅かに切り裂く。


「――ちっ!」


 間髪入れず幾度も繰り出される杏の攻撃。それをギリギリのところで回避しながらオウマは舌を鳴らした。機械ゆえか呼吸が読みづらい。これではいずれ攻撃をまともに受ける。オウマは瞬間に覚悟を固めると、手のひらを向かい合わせにして構えを取った。


 杏の日本刀が鋭く振られる。オウマは迫りきた日本刀を両手のひらで包み込むと、両手のひらの間に球状の魔法陣を展開した。日本刀が魔法陣により受け止められ動きを止める。オウマはさらに魔法陣の出力を高めて――


 日本刀をへし折った。


「調子に乗るではないわ!」


 動揺からか杏の動きが鈍る。その隙を見逃さず、オウマは右手を突き出した。オウマの右手のひらに魔法陣が展開される。その直後、杏の体が勢いよく後方に弾けた。杏の体が地面をバウンドしながらサッカーのゴールネットに直撃、そのままゴールネットを突き破りさらに地面を激しく転がった。


 魔法による衝撃波。生身の人間ならばこの一撃で骨も内臓もバラバラに破壊されているはずだ。グラウンドにいる生徒から「おお」と感嘆の声が上がる。将棋部やプログラミング研究部と対決した件もあり、これもまた何らかのイベントだと勘違いしているのだろう。冷や汗を浮かべながら倒れた杏を見据えるオウマ。杏の指がピクリと動いて――


 ぴょんと何事もないように跳び起きる。


「ほとんど無傷か……頑丈な奴じゃな」


 犬歯を剥いて無理に笑う。警戒するオウマに杏が淡々とした口調で言う。


「またも器物を破壊するとは……貴女はいくつ罪を重ねれば気が済むのです?」


「ネットぐらい張り替えればよかろう」


「いえ、この刀のことです」


「それを責められるは釈然とせんぞ」


 刀にかんしてはゴリゴリの正当防衛だ。杏が折れた日本刀をぽいっと捨てて、制服についた土をパタパタと手で落とす。杏の動きを慎重に見据えるオウマ。一通りの土を払い落して、杏が青い瞳を一度瞬きさせた。


「貴女は不思議な力を使いますね。貴女の言葉を借りるなら魔法ですか?」


「信じるか?」


「いいえ。魔法などオカルトですから」


「それはロボットの貴様もそうじゃろう」


「私は人間ですよ。ただ全身が機械でできている特異体質というだけです」


「全身が機械と言うのは特異体質で片付けられる範疇にないと思うが?」


「それはともかくこれでは埒があきませんね。仕方ありません。奥の手と行きましょう」


 杏の足元から突如土埃が巻き上げられる。ぎょっとして一歩後退るオウマ。どういう仕組みかは知らないが、局所的な竜巻のようなものが杏の周囲に展開されているらしい。スカートを激しくはためかせながら青い瞳をギラギラと輝かせる杏。杏の周囲を旋回している大気がさらに勢いを増していき――


 杏の体を上空高く飛ばした。


「何でもありじゃな……」


 そう呟きつつ、オウマは頭上高く飛翔した杏を見据えた。杏が上空に静止する。グランドから上空を見上げるオウマ。そして騒動とは無関係の運動部と思しき生徒たち。それら全員を見下ろしながら、杏が指を絡めた両手をグランドに向けて突き出した。


 杏の両腕がひび割れて無数の欠片に分解される。そして分解された欠片が再構成されて別の何かに姿を変えていった。まるで完成したジグソーパズルを一度崩して、同じピースから異なる絵柄を組み上げるように。呆然とするオウマ。ものの十秒で――


 杏の両腕は巨大な砲身に姿を変えた。


「これは私に内蔵された兵器の中でも最大の威力を誇ります。貴女がちょこまかと逃げ回ることができないよう、この兵器でグラウンドごと貴女を焼き払いましょう」


 耳を疑う杏の言葉にオウマは「はあ!?」と素っ頓狂な声を上げた。


「阿保か貴様! そんなもんぶっ放せばわしはおろか他の生徒にも被害が及ぶじゃろ!」


「その通りです。貴女が避ければグラウンドは木っ端微塵。受け止めざるを得ませんよ」


「どこぞの悪党か!?」


「それとも『こっちだ!』とか言いながら自ら囮になりますか? もしそうなら私は『馬鹿め!』とか言いながら貴女を攻撃します」


「貴様さては漫画大好きじゃな!」


 ひとしきり叫んでオウマは素早く状況を分析した。グラウンドにはまだ大勢の生徒が残っている。未だこの戦いが催しの類だと考えているのだろう。杏の言葉がハッタリでもない限り、グラウンドを破壊するような攻撃を受けて彼らが無事で済むはずもない。


「――これで終わりです!」


 本当に悪党のような言葉を吐いて、杏が両腕の砲身から膨大な光を放つ。圧縮された高エネルギー。それは触れたものを瞬時に焼き払うだけの力があっただろう。頭上から迫りくる脅威。状況が理解できず呆然とするだけの生徒。オウマは舌を鳴らすと――


「ええい――仕様がないわ!」


 両腕を突き上げて巨大な魔法陣を展開した。


 杏から放たれたエネルギーを魔法陣が受け止める。弾けた衝撃波がグラウンドに吹きつけ傍観していた生徒が次々と転倒した。オウマは小柄な体が飛ばされないよう苦心しながら頭上にかざした両腕を交差する。魔法陣がぐにゃりと歪曲して受け止めたエネルギーを内側へと包み込み、そして――


「消えろ!」


 オウマが両手を握ると同時――


 魔法陣が瞬間的に萎んで消失した。


 オウマはふうと息を吐くと頭上にかざしていた両手をゆっくりと下した。エネルギーをまるごと異空間に飛ばした。これで被害は最小限に抑えられたはずだ。上空に浮かんでいる杏を睨み据えるオウマ。これまで無表情だった杏が驚愕に目を見開いていた。


「まさか……避けるでもなく受け止めるでもなく……消してしまうなんて」


「貴様……なんぼなんでもやりすぎじゃ。さすがに笑えん事態になるところじゃったわ」


 唖然としている杏にオウマは嘆息混じりに愚痴をこぼした。杏が青い瞳を瞬きさせてその表情をまた無感情に染める。どうもまだ戦闘意欲は失ってないらしい。オウマは「勘弁してくれ」とぼやきつつ意識を集中させた。だがここで――


「そこまでだ、杏さん」


 グラウンドに穏やかな声が鳴る。


 杏がハッとしてグラウンドの入口に視線を向けた。慌てた様子のその彼女に眉をひそめつつオウマは聞こえてきた声に振り返る。グラウンド入口。そこに一人の男が立っていた。見覚えのある男だ。銀髪のオールバック。細身フレームの眼鏡。その男は確か――


(入学式で挨拶をしていた?)


 オウマは瞳を鋭くしていく。


「……会長」


 ポツリとそう呟いた杏に――


 男が有無を言わさぬ口調で告げる。


「闇内オウマさんとは私が話をする。それで構わないね、杏さん?」


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