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第三章 闇内オウマと生徒会3/5

 朗らかに微笑んでいたユウにオウマの蹴りをぶち込まれる。廊下にある窓ガラスを突き破り外に投げ出される少年。翼のない人間は空を飛ぶことができない。それを身をもって実証するように、少年が三階の高さからあっさり落下していった。


「紛らわしいんじゃ、このボケェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!」


 窓の外に消えた少年に向けて、オウマは手を戦慄かせて絶叫する。「きゃあ!」と悲鳴を上げて、コンピューター室から飛び出してきた計楽がユウの落下した窓に駆け寄った。


「光月くんになんてことするのよ!?」


「やかましい! あんな爽やかに登場すれば申請が通ったと誰もが思うじゃろうがい!」


 オウマは苛立たしく地団太を踏むと、歯ぎしりしながら両拳を握りしめた。


「ユウの馬鹿はさておき、わしがあれだけ時間をかけて書き上げた申請書が却下とは納得できん! 横暴じゃ! 陰謀じゃ! 誰かがわしをはめようとしておる!」


 微塵の疑いもなくそう断定して、オウマは詰丘と計楽に高らかに告げた。


「これは我ら魔王軍への宣戦布告じゃ! 決して看過することなどできん! 貴様ら出陣じゃ! 我らが魔王軍に逆らうという愚行! 身をもって分からせてやろうぞ!」


 そう叫びながら廊下を駆けて――


「私はパス」


「あたしも行かない」


 さらりと返された詰丘と計楽の拒絶に、オウマは勢いよく廊下にすっ転んだ。


 ゴロゴロと廊下を転がった後、オウマは慌てて立ち上がり詰丘と計楽に駆け寄る。なぜかひどく冷めた目をしている二人に、オウマは動揺しながら声を荒げた。


「な、なぜじゃ二人とも! 我ら魔王軍が愚弄されたのじゃぞ! 腸が煮えくり返るような思いであろう! それとも何か!? 怒りのあまり逆に冷静になるパターンか!?」


「あたしは初めから魔王軍がどうとか、そういうのに付き合うつもりはないから……」


「そもそもオウマ。君は申請書の部活名とか活動内容をどう書いたのさ?」


 眉をひそめる計楽と詰丘に、オウマはむっと表情を渋くしながら質問に答えた。


「別に……ありのままを書いただけじゃ。部活名は魔王軍。活動内容は魔王軍の拡大ならび本校を軍事拠点にするという、ごくごく平凡な――」


「そりゃ却下されるよ」


「なぜじゃ!?」


 ぎょっと目を丸くする。詰丘が「逆になんで分からないの?」と呆れたように嘆息して、子供に言い聞かせるようにその理由をゆっくりと口にした。


「学校を魔王軍の拠点にするだなんて部活申請を学校が承認するわけないだろ。それが冗談か本気かにかかわらず、学校側にとってデメリットしかないじゃないか。オウマは魔王軍を潰すために魔王軍配下にしてくださいって奴がいたらどうする?」


「無論ふざけるなと八つ裂きに――ああ!?」


 詰丘の言わんとしていることを理解してオウマは表情を強張らせた。恐るべき真相に震えるオウマに今度は計楽が溜息まじりに言う。


「それに部活の目的はあくまで人間的な成長を促すことよ。学校が魔王軍なんて話を信じているとは思えないけど、それが人間的な成長につながらないのなら承認されないわ」


「そ、それはおかしいぞ! 現にこの学校にもつまらぬ部活が多いではないか! 確かナメクジに塩をかけてその経過を一日観察するという奇怪な部活があったはずじゃ!」


 食い気味に反論するオウマに、詰丘が「そんな部は知らないけど」と肩をすくめる。


「ようは表向きの理由さえこじつければ、承認されることもあるってことだよ。それなのにオウマは申請書を馬鹿正直に書いちゃったんだろ? 何を考えてるのさ」


「な、なぜに魔王たるわしが学校に忖度して偽りを述べねばならんのじゃ! 舌先三寸で誤魔化すなど弱者の論理! 魔王たるわしは常に正直者であるべきじゃ!」


「正直者の魔王って……あまり魔王っぽくないと思うけど?」


「ええい、つべこべ言うでない! 兎にも角にも、魔王軍がコケにされたのじゃ! これは由々しき事態じゃぞ! もろもろの正論を見て見ぬふりして抗議すべきことじゃ!」


 オウマはひとしきり叫んで、ゼエゼエと息を切らしながら詰丘と計楽を見据えた。困り顔で互いに目配らせをする計楽と詰丘。一呼吸の間。詰丘が嘆息してポツリと言う。


「オウマには悪いけど正直気が乗らないな。ぶっちゃけ面白そうではあるけどさ、生徒会の連中――というより生徒会長とあまりかかわりたくないんだよね」


 詰丘の言葉にオウマは困惑する。詰丘はただ面白そうというだけで魔王軍拡大に協力してきた人間だ。その彼女が面白さよりも生徒会会長とのかかわりを避けようとしている。オウマはやや冷静さを取り戻すと、頭をポリポリ掻いている詰丘に首を傾げた。


「お主らしくないセリフじゃな。そんなにも会長とやらは恐ろしい人間なのか?」


「いや……至ってまともな人だよ。物腰柔らかで誰にでも優しくできる人だ。生徒からの人気だって男女問わず高い。でもね、私はなんか苦手なんだよ」


 自分自身その理由を正確に理解していないのだろう。詰丘が思案するように腕を組みながら「なんていうのかな」とポツポツ言う。


「会長はさ……オウマと同じで先が読めない人なんだ。ただね……オウマとはそのタイプが違う。オウマのタイプは、気付いたら王手されていたって感じなんだけど……会長のタイプは、玉を取られているのに気付けないっていう……不気味なものを感じる」


 詰丘が曖昧にそう説明する。正直なところオウマには彼女の言いたいことが正確に分からない。だがここで計楽が「……それ少しだけ分かるかも」と詰丘の言葉に頷いた。


「客観的にはとても素敵な人だと思うの。だけどなんかこう……完璧すぎる気がするわ。あまりに悪い話を聞かないものだから。まるで――トロイの木馬みたい」


「トロイの木馬?」


 疑問符を浮かべるオウマに、計楽が「ああ、ごめんね」と言葉を補足する。


「トロイの木馬っていうのは悪質なプログラムの一種で、表面的には有用なプログラムを偽装しながら、その裏で意図しないプログラムを実行させるものを言うの。もともとはギリシア神話のトロイア戦争で木馬の中に人を隠して罠にはめたという逸話から、トロイの木馬って言葉が生まれたみたいなんだけど」


「……要はその会長とやらは無害な人間を演じているが中身はそうではないと?」


 オウマの確認に、計楽はふるふると小さく頭を振る。


「あくまで勝手な想像よ。ごくたまにそう感じることもあるってだけだから」


 計楽がそう念を押してくる。二人の話を聞いてオウマはふと思案する。


 生徒会会長に対する評価。詰丘と計楽の話はどちらも明確な理由などない漠然とした印象に過ぎない。このていどの話なら、ネット記事にある有名人の噂話のほうがまだ信憑性もあるだろう。それほど気に掛けることもない。そう考える一方で――


(こやつらは決して愚かではない。その二人が曖昧ながらそれを口にするということは、相応の何かがあると考えるのが妥当か)


 無意識下で感じた気配。あるいはただの直感。どちらにせよ、それらは存外と馬鹿にできないものだ。警戒するに越したことはないだろう。もっともそれはあくまで――


(ただの人間ならば……じゃがな)


 魔王たる自分に警戒など不要だ。会長とやらが多少変わり者だろうと所詮は人間。いざとなれば莫大な魔力をもって、条理も不条理もまとめて圧し潰してしまえばいい。


 オウマは「ふむ」と一人頷くと、詰丘と計楽にニヤリと笑った。


「お主らの話は分かった。だがこのまま舐められたままではわしの気が済まん。ゆえに抗議はする。だがお主らにまで強制はせんよ。ここで待機しておれ」


「無駄だと思うけどな。まあオウマの気が済むようにしたらいいよ」


「闇内さんが抗議するのは勝手だけど、あたしたちの部には迷惑かけないでよ」


 詰丘と計楽にそれぞれに適当に返事して、オウマは廊下を歩き出した。向かうべき場所は生徒会室。部活申請書を却下しただろう生徒会会長に直接抗議するつもりだ。


(わしをコケにしたこと――存分に後悔させてくれるわ)


 そうギラギラ瞳を輝かせていると――


 廊下の角からユウがひょっこり現れた。


「あれ、オウマ? どっかに出掛けるの?」


 ユウがきょとんと目を丸くする。三階から転落してほぼ無傷のその幼馴染に――


「……お主はつくづくKYじゃのう」


 オウマは気が抜けて肩を落とした。



======================



 よくよく考えてみるに生徒会室の場所など把握していない。ということでオウマはユウを強引に引きずり連れて、彼の道案内のもと生徒会室へと向かった。


 生徒会室の左右開きの扉。その前に腕を組んで仁王立ちするオウマ。敵の本拠地を目の前にして鼻息を荒くする彼女に、ユウがどこまでも呑気な口調で尋ねる。


「それでオウマ、抗議するって言ってたけど具体的には何をするの?」


「簡単な話じゃ。わしの申請書を了承するまであらゆる苦痛を延々と与えてやるのみ」


「それって抗議って言うのかな?」


 ユウがちょこんと首を傾げる。抗議でも脅迫でも拷問でも、結果として申請書が承認されれば問題ないだろう。オウマはそう適当に結論付けると、右足を振り上げて――


「たのもぉおおおおおおおお!」


 生徒会室の扉を蹴破った。


 蝶番の外れた扉が部屋の内側に弾け飛ぶ。激しい物音を立てて床に転がる扉に、オウマは満足してニンマリと笑った。扉を蹴りつけた右足を下して部屋の中を覗きこむ。入口とは対面にある窓ガラス。その前に置かれたスチールデスク。そこに――


 一人の女性が座っていた。


「貴様が生徒会長とやらか?」


 オウマは部屋に足を踏み入れながら女性にそう声を掛けた。ノートパソコンで作業をしていた女性が静かに視線を上げる。黒髪を後頭部でお団子にした女性。その彼女の瞳は濁りのない青色で、扉が蹴破られたにもかかわらず僅かに揺らいでもなかった。


「私は会長ではありません」


 青い瞳の女性が冷静に答えて、開いていたノートパソコンをそっと閉じた。


「私は副会長の天塚杏です。生徒会室に何か御用ですか? 闇内オウマさん」


「ほう……わしのことを知っておるのか?」


 ニヤリと犬歯を覗かせるオウマに、青い瞳の女性――天塚杏があくまで淡々と答える。


「学院の秩序を守るため、問題児となる生徒の名前と顔は全員把握しています。闇内オウマさん。貴女は入学式から数日の間に、多くの問題行動を起こしていますね」


「当たり前なんだけど、やっぱり生徒会にもオウマの噂は広まってたんだね」


 オウマの隣に並んだユウが呟く。杏が青い瞳を僅かに細めて小さく息を吐いた。


「しかし最近は大人しくしていたようで、私は安心していたのですよ。それだけにあのような申請書が貴女から提出されたことを、私はとても残念に感じています」


「わしが生徒会室に出向いたのは、まさにその部活申請書の件じゃ」


「何か不備がありましたか?」


 杏が平然とそう尋ねてくる。オウマは笑みを深くすると指を鉤爪のように曲げた。


「しらばっくれおって。わしが丹精込めて書いた申請書を却下したそうではないか」


「内容を精査したうえでの判断です。希望に応えられず申し訳ありません」


「そんな杓子定規の謝罪など要らん。会長を出せ。直談判して考えを改めさせる」


「会長は会議のため外出中です。もうしばらくすれば帰られるとは思いますが」


「ならばここで待たせてもらう。良いな?」


「了承しかねます」


 オウマの眉がピクリと揺れる。杏が青い瞳を静かに細めていき――


 その無表情に冷たい気配を混ぜ込んだ。


「決定が覆ることは有りません。申し訳ありませんがお引き取り下さい」


「……わしは貴様と話に来たのではない。会長とやらと話に来たのじゃ」


「会長はお忙しい身です。取るに足らない雑務の処理は副会長である私の役目です」


「取るに足らぬ雑務とは……わしの出した申請書を指して言うておるのか?」


「そう捉えてもらって結構です」


「……なるほど。どうやら――」


 オウマは荒々しい眼光を輝かせた。


「貴様は痛い目をみたいらしいな」


 剥き出しにされた敵意。その焼けるような気配が生徒会室を包み込んだ。ざわりと周囲の空気が一瞬にして張り詰める。もしこの場に気配に敏感な人間がいれば、その全身から大量の汗を噴き出していただろう。


 だがそのオウマの敵意に真正面から晒されながらも杏の表情が変わることはない。感情のない彼女の青い瞳。その冷えた視線がオウマの敵意さえも凍らせているようだ。無表情の杏をじっと見据えるオウマ。互いに沈黙したまま十秒が経過して――


「……オウマ」


 ここで気配に鈍感なユウがオウマのそばに近づいてそっと囁いた。


「暴力は駄目だよ。ちゃんと話し合わないと」


 敵意を緩めることなくユウを一瞥する。不安げに顔をしかめているユウ。オウマは唇を尖らせると「分かっておるわい」と杏には聞こえないような小声でユウに囁いた。


「ちょいと脅してやるだけじゃよ。本当に暴力を振るうわけがなかろう」


「ボクはオウマからちょいちょい暴力を振るわれているけど?」


「お主と他の人間を一緒にするではない。やたら頑丈なお主とは違い、普通の人間にあのノリをしようものなら簡単に殺してしまうわ」


「……普通の人が死ぬようなことボクはされているんだね」


 何やら釈然としない様子ながらユウがオウマから一歩離れる。とりあえず納得したらしい。オウマはひとつ嘆息するとその意識をユウから杏に再び戻した。そしてふと気付く。


 杏が腰掛けていたデスクから音もなく立ち上がっていた。


 杏がのんびりとした足取りでデスクを回り込んでオウマの正面に立ち止まる。彼女の行動の意味が分からず怪訝に眉をひそめるオウマ。杏とオウマの距離は約五メートル。その間には二脚のソファに挟まれたテーブル。杏が無表情のまま閉じていた口を開く。


「先の発言……脅迫と考えて宜しいですね」


「……へ?」


 オウマはポカンと目を丸くする。杏がコキコキと首を鳴らして――


「脅迫ならば――私も相応の対処をします」


 その冷めた青い瞳を輝かせた。



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