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第三章 闇内オウマと生徒会1/5

 白ノ宮学院中学校。大勢の新入生を迎い入れた入学式から瞬く間に一ヶ月が経過した。環境の変化に浮足立っていた新入生。その彼らもようやく新生活に慣れてくる頃で、年度始めの慌ただしさも過ぎ去り、学校は本来の静けさを取り戻しつつあった。


 白ノ宮学院中学校校舎。その一画にある一室。二脚のソファとそれに挟まれたテーブル。部屋の隅に置かれた観葉植物と大きなスチールデスク。生徒たちが勉学に励んでいる教室とは異なるレイアウトのその部屋に、銀髪をオールバックにした一人の青年がいた。


 スチールデスクに腰掛けた青年。その彼がデスクに置かれたノートパソコンのキーボードを淀みなく叩いている。静寂した部屋に等間隔に鳴らされるタイプ音。青年はふとキーボードを叩く指を止めると、細身フレームの眼鏡に指先をそっと触れさせた。


「――会長」


 平坦な声が鳴らされる。感情の欠落した機械的な声。青年にとっては聞き馴染みのある声だ。青年はノートパソコンから視線を持ち上げると、聞こえてきた声に切れ長の瞳を向けた。青年の視線の先。そこには一人の女性が立っている。


 長い黒髪を後頭部でお団子にした女性。綺麗な顔立ちをしているが、その表情には感情がなく冷たい雰囲気を湛えていた。当然ながら服装は白ノ宮学院中学校の制服。僅かな遊び心もない几帳面な着こなしで、カタログに掲載されているモデルを見ているようだ。


 青年が観察している間、女性は直立したまま微動だにしない。青年の返答を待っているのだろう。女性の特徴的な青い瞳。それを見返して青年は柔らかな微笑みを浮かべた。


「何か用かな? (あんず)さん」


 無機質な瞳の女性――天塚杏にそう声を掛ける。青年の返答を受けて杏が右手に持っていた封筒から一枚の紙を取り出した。無言のまま紙を差し出す杏。細かな文字が記載された紙。どうやら何かの書類のようだ。


 杏から書類を受け取り、青年は書類の内容を確認した。しばしの間。青年は手にしていた書類をデスクの上に置くと、その口元をニヤリとさせた。


「これはまた……随分と面白いことをしてきたものだね」


「面白い……ですか?」


 杏が首を傾げる。彼女に冗談や皮肉の類は通じない。入力された情報を機械的に処理して出力する。そんな女性だ。怪訝な色を浮かべる彼女に、青年は試すように尋ねる。


「杏さんは()()()()をどう思う?」


「却下です。検討する余地もありません」


 予想通りの答え。青年は小さく笑うと開いていたノートパソコンを閉じた。杏が傾けていた首を元の位置に戻す。椅子の背もたれに寄り掛かり青年は静かに息を吐いた。


「まあ……そうだろうね。こんな申請を受け付けるなんてことは通常あり得ない」


「では棄却するという方向で調整しても宜しいですね」


「そう結論を急ぐのは良くないな」


 杏の瞳が僅かに細められる。こちらの意図を図りかねているのだろう。青年はトントンと書類を指先で叩きつつ、杏の無言の問いに穏やかな口調で答える。


「私たちの役割は何か。それは生徒の心に寄り添いその意思を尊重することだ。こんな紙一枚では申請者の心を理解することなんてできない。私がその意図を直接聞いてみよう。それまでこの申請は保留にしておく」


「……そのような配慮が必要な相手とも思えませんが?」


「不満かな?」


「不満です」


 杏がきっぱり答える。正直と言うより彼女はただ嘘を吐くことができない。「ふむ」とやや前のめりになる青年。杏が一度瞬きしてスラスラと言葉を続ける。


「この申請書を書いた人間――彼女はこの白ノ宮学院中学校における問題児です。これまで報告された彼女の言動を鑑みるに、この申請が学院の不利益となるのは明白でしょう」


「どうやら杏さんは彼女をあまり快く思っていないようだね」


「個人的な好き嫌いはありません。ただ彼女は学院において危険な存在です」


 杏の瞳に鋭い眼光が輝く。


「入学式から一ヶ月。この短い間に彼女はすでに複数回の問題行動を起こしています。二度にわたるグラウンドの不法占拠。空手部への暴行。火薬類を使用したグラウンドの破壊。校則違反の範疇を超えた、刑事罰にも相当する重罪です」


「それは少々語弊がある」


 杏がスラスラと並べた罪状に、青年は小さく頭を振りながら訂正を口にする。


「空手部の件については、彼女が直接暴行を働いたという証言はない。空手部部員が勝手に殴り合っていただけだ。グランドの破壊についても、彼女がグラウンドに爆発物を仕掛けたという物証はない。現段階で確定している彼女の問題行動はグラウンドの不法占拠だけ。だがそれも生徒からの苦情がない以上、彼女の行為は容認されたとも判断できる」


「詭弁のように思えます」


「なるほど。では杏さんの意見を聞こう」


 青年は笑顔でそう話した。青年に意見を求められて杏が抑揚なく言葉を連ねる。


「まず不法占拠に対する苦情がない件ですが、誰もが彼女のかかわりを避けようとしたためと推察できます。それは間接的な脅迫であり容認ではありません。そして空手部の暴行および爆発物にかんして、確かに彼女が関与したという物的証拠はありません。しかし状況証拠がそれを明確に示しています」


「状況証拠ね。では杏さんは彼女の言葉を全て信じているんだね。つまり――」


 青年が切れ長の瞳を静かに細める。


「彼女が魔王であり、全ての騒動は彼女の魔法により実現されたということを」


 杏が口を閉ざす。自身の意見を誰に忖度することもなく口にできる彼女が言葉に詰まるのは珍しい。僅かな沈黙を挟んで杏が閉じていた口を開く。


「そのような非現実的な話は認められません」


「だとすれば随分と勝手な論法ではないか? 彼女の言動をもとに状況証拠を突きつけているにもかかわらず、自身に都合の悪い言動にかんしては認めないというのは」


「こちらの都合が悪いというより解釈が困難なだけです」


「簡単な解釈もある。彼女と空手部は裏で通じており、あの騒動は一種のパフォーマンスに過ぎなかった。グラウンドの破壊もまた何者かとの共同パフォーマンスだったが、想像より被害が大きくなり、その何者かが隠れてしまった。その推測がもし正しいのなら、彼女は表向きのピエロに過ぎず実行犯とは言い難い」


「まさかそのような話を本気で信じているのですか?」


「いいや。私が伝えたいことは、それほど状況証拠というものは曖昧性を孕んでいると言うことだ。過信するのは良くない。物的証拠がないのなら推定無罪が我が国の司法だ」


「……学院にも同様の説明をして彼女への処分を取り消させたのですか?」


 青年の眉がピクリと揺れる。杏が口調を変えることなく言葉を重ねていく。


「会長の言い分も一理あります。彼女は主犯ではないのかも知れない。ちょっと頭が痛いだけの人間なのかも知れない。しかし物的証拠がないからと野放しにする理由にはならない。ここは司法ではなく学院です。厳密な証拠がなくとも学院は生徒を裁けます」


「それは確かにそうだね」


「ですが、学院は彼女に何の処分も下していない。放置したままです。騒動の規模からおおよそ考えられない。しかし会長なら学院の処分を取り消すこともできるでしょう」


「これは随分と買いかぶられたものだ」


 青年はクスクスと笑った。対して杏は笑わない。相変わらず無表情のまま青年をじっと見つめている。青年は小さく嘆息すると思案しながら杏の疑問に答えた。


「そうだね……同様の説明をしたわけじゃないけど当たらずとも遠からずかな?」


「どうして彼女を庇うのですか? メリットがないと思いますが」


「全ての騒動は入学式から数日の間に起こっている。新入生としては前も後ろも分からない時期だ。多少の過ちを犯したからと即処分では可哀想だろ?」


「理解しました。正直に話すつもりはないということですね」


「まいったな……それじゃあ一つだけ。()()()()()()()()()()()()()()()んだ」


 杏の無表情に困惑の気配が浮かぶ。当然だろう。散々と理屈を述べておきながら、ここにきて私的な感情を理由にしたのだから。青年はデスクに置いていた書類を再び手に取ると、沈黙している杏にニコリと笑い掛けた。


「彼女の件は私に一任させてもらっても良いかな? 心配しなくていい。この学院の不利益になるようなことはしないさ」


「……だと良いのですが……私としてはやはり早急な対処を希望します」


「学院を想う杏さんの気持ちも分かるんだがね。そこは私を信じてほしい。それに彼女も最初こそ大変な騒動を起こしているが、ここ一ヶ月は大人しいものだ。彼女も自身の振る舞いを反省したのかも知れないよ」


「それを期待していた矢先にその申請書です」


「――部活申請書……か」


 青年の手にした書類。部活申請書。その申請書に青年は視線を落とす。新たに作成する部活。その責任者を記載する欄。部長名。そこには綺麗な文字でこう記されていた。


 一年C組――闇内オウマ。


「まさかこんな部活を申請してくるなんてね。まったく……楽しませてくれるよ」


 誰にも届かない小声でそう呟いて――


 青年は――


 生徒会会長の戸塚正義は――


 その表情に小さな冷笑を浮かべた。



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