第二章 闇内オウマとプログラミング研究部5/5
計楽が空間に浮かんだスクリーンの前に立ち、そこに映されている映像を確認する。グランドを上空から見下ろした映像。計楽が眉間にしわを寄せてポツリと呟く。
「一発目から地雷……ってこともあるの?」
「事前情報なしでは地雷を判別できんのでな、最初の魔法陣が地雷である可能性は排除しておる。因みに地雷の数は100個。位置はランダムでわしも把握しておらん」
「……それを証明することは?」
「できんな。やはり降りるか?」
「……少しでも怪しいところがあれば、あたしの勝ちにさせてもらうからね」
計楽の言葉に「好きにせい」とオウマは気楽に応える。緊張を解くように何度か深呼吸する計楽。そしてふと彼女がパートナーである副部長の盛山に視線を移した。
「本当にいいの? やっぱり盛山くんが司令塔をしたほうがいいんじゃない?」
「……部長のほうがこのゲームは得意っスから。それに自分は部長を信じてるっス」
盛山の応えに計楽がふっと微笑する。
「ありがとう、盛山くん。こんなことになるなんて思ってなかったけど……でも大丈夫。絶対に地雷なんか踏ませたりしないから」
盛山が「うっす」と頷く。話がまとまったところで計楽がオウマに一つの提案をする。
「お願いがあるの。私のタイムを見て、とても勝てそうにないって貴女が感じたら、その場ですぐ負けを認めてちょうだい。光月くんを余計な危険に晒さないで」
「その提案をするために敢えて先行を選んだのか? ふむ……そんなことがあり得るのか疑問じゃが、まあ検討しといてやろうかのう」
オウマは適当に手を払いながらそう答えた。計楽と盛山が視線を交わして無線イヤホンとスマホを取り出した。どうやらスマホを利用して指示を伝達するつもりらしい。
『準備は整いましたか? では先行のプログラミング研究部――』
放送席の詰丘が大きく息を吸い込んで――
『ゲームを始めてください!』
ゲーム開始の合図を高らかに告げた。
開始の合図とともに、盛山が勢いよく魔法陣に向かって駆け出す。グランドに規則正しく並べられた無数の魔法陣。その一つに肉薄して盛山が魔法陣を殴りつけた。殴られた魔法陣があっさり消滅すると同時、隣接していた幾つかの魔法陣が連鎖的に消滅する。
地雷でも数値でもない空の魔法陣は情報価値がない。ゆえに空の魔法陣を消滅させた場合は数値の仕込まれた魔法陣まで連鎖消滅する仕様となっている。スクリーンをじっと見据える計楽。表示された数値から地雷の場所を推察、彼女が指示を飛ばす。
「14・10――15・10――17・11――18・12――」
計楽が二つの数値をセットにして、それを立て続けに口にした。計楽の指示を受けて盛山がグラウンドを移動、魔法陣を次々と破壊していく。どうやらフィールドの端を起点とした座標を設けて、魔法陣の位置を数値化したらしい。確かにこの手法ならば司令塔とその指示を受ける者とで認識の誤差が生じにくく指示も簡潔にすることができる。
だがグラウンド全体を俯瞰的に眺めている計楽はともかく、グラウンドを絶えず移動している盛山がその指示された座標を正確に認識することは困難であるはずだ。しかし盛山の動きにはまるで迷いがない。自身の位置を脳内で俯瞰的に見ることができるらしい。
「25・04――29・03――31・03――」
計楽が淀みなく座標を指示していく。魔法陣から現れた数値を確認。その数値と隣接する数値から地雷の位置を推測。そして地雷を避けた座標をスマホに指示する。これだけの作業を素早く正確に行うとは並大抵の頭の回転力ではない。瞬く間に消滅していく魔法陣に野次馬から驚愕と興奮の歓声が上がった。
『これは素晴らしい! 地雷を踏めば大怪我も免れないという緊張感の中、正確無比に地雷を避けて魔法陣を消滅させていく! すでに魔法陣の数は半分を切っている! このままゲームクリアとなるのか!?』
『うわあああ! すごいすごい! 何だかよく分からないけどスゴイですぅ!』
ジト目ながら力強い実況をする詰丘と、ただ無邪気にはしゃいでいるだけの天塚教師。二人の熱に感化されたのか野次馬たちの歓声もさらにボルテージを高めていく。
「05・03――05・05――03・02――」
すでにゲームは最終局面を迎えていた。序盤から途切れることなく指示を出し続けている計楽。その指示に従い休むことなく魔法陣を破壊し続けている盛山。二人の勢いは終盤においてもまるで衰えない。そして盛山がとある魔法陣を拳で砕いたところで――
グラウンドに無数の花火が上がった。
グラウンド上空に『GAMECLEAR』の文字が高らかに表示される。プログラミング研究部が地雷を除くすべての魔法陣を破壊したのだ。ゲーム終了の合図を受けて、緊張感から解き放たれた野次馬から本日一番となる大きな歓声が上がった。
「きゃああ! やった! やったわあああ!」
スクリーンを睨んでいた計楽がパアッと表情を華やがせた。ピョンピョンと体を跳ねさせる計楽。喜びを全身で表現する彼女のもとに息を切らせた盛山が戻ってくる。
「部長……はあ……やりましたね」
計楽が「盛山くん!」と駆け出して、盛山の大きな体に抱きついた。
「ご苦労様! 完璧なチームワークだったわ! これなら絶対に負けない! 本当に――本当にありがとう! 盛山くん!」
「よ……喜んでいただけたのなら……良かったっす」
盛山の厳つい顔がほんのりと赤く染まる。野次馬の歓声が徐々に静まってきたところで、放送席の詰丘がストップウォッチ片手にプログラミング研究部のタイムを告げた。
『ただいまのタイムは――9分32秒。これは驚異的な数字が出ましたね。計算上では一つの魔法陣を二秒未満で破壊したことになります。これは後攻の魔王軍にとって大きなプレッシャーとなるでしょう』
「どう!? 闇内さん!」
盛山からパッと体を離して、計楽が勝ち誇るようにオウマを指差した。
「あたしたちのゲームメイクは完璧だったわ! このタイムは絶対に越えられない! さあ約束よ! 素直に負けを認めて今後一切、光月くんには近づかないで!」
自信に満ち溢れた表情で計楽がオウマにそう告げた。計楽の紅潮した顔をじっと見据えながらオウマは思案する。確かに想像をはるかに上回るタイムだ。本勝負に向けて密かにプレイしたマインスイーパー。その自身の最高記録を軽々と凌いでいる。計楽の言うように、挑戦するまでもなく敗北は確定したようなものだろう。少なくとも――
これがただのコンピューターゲームであればそうだったに違いない。
「何を盛り上がっているか知らんが――」
オウマはぽつり呟く。勝利を確信していた計楽の眉がピクリと揺れた。オウマはクツクツと肩を揺らすと、犬歯を覗かせて嘲りの笑みを浮かべる。
「この程度のタイムで粋がるとは、ほとほとあきれ果てた奴じゃ。まあわしは寛大ゆえ許してやろう。そして理解するがいい。わしと貴様の絶対的な格の違いというものをな」
「なん……ま、まさか貴女、このタイムを見てもゲームを続けるつもりなの?」
「当然じゃろう。ほれ行くぞユウ。さっさとこのゲームを終わらせてやる」
「ふ……ふざけないでよ!」
ユウを手招きしながら定位置に移動するオウマに、計楽が悲痛な声で叫んだ。
「勝てるわけないじゃない! このタイムはあたしの計算力と盛山くんの体力があって達成できるものよ! 闇内さんがあたしと同等の計算力があったとしても、光月くんの体力が持つわけない! 無駄なことしないで! 光月くんを危ない目に合わせないで!」
計楽の瞳にじんわりと涙が浮かぶ。ゲームの勝敗よりも光月の安否を心配しているのだろう。気に喰わない女だがその気持ちだけは評価できる。だがもちろん勝ちを譲るわけにはいかない。オウマはギラリと瞳を尖らせると涙目の計楽に告げた。
「だから貴様はユウのことを何も知らぬと言っているのだ。ユウは貴様が思うようなやわな人間ではない。わしとユウが築いてきた絆。その力をいま分からせてやる」
計楽が唖然としながらユウに視線を移動させる。無言のまま何かを訴えかける計楽。涙に濡れた彼女の瞳をしばし見つめて、ユウがその表情に笑顔を浮かべた。
「心配してくれてありがとうございます。でも大丈夫ですよ、計楽さん。オウマはたまに無茶苦茶しちゃいますけど、本当はすごく心の優しい女の子ですから」
「……光月くん」
表情を沈める計楽にユウが「心配しないでくださいね」と手を振る。グラウンドを俯瞰的に映したスクリーン。その前に立ち止まり腕を組むオウマ。そこにユウがヒョコヒョコと近づいてきて彼女にポツリと尋ねる。
「ところでオウマ。ボクってば何も聞かされてないんだけど作戦とかどうするの? 計楽さんたちみたいに、オウマの指示に従ってボクが魔法陣を破壊するみたいな感じかな?」
「お主は何も考えんでいいぞ。ただそこに突っ立っておればよい」
「ただ立っているだけって……それじゃあ魔法陣が壊せないじゃん」
「まあ黙っておるがいい。ほれ、そろそろゲームが開始されるぞ」
首を傾げるユウをそう適当にあしらったところで、詰丘の声がグラウンドに響いた。
『どうやら魔王軍の準備も整ったようです。それでは後攻の魔王軍――』
オウマは静かに意識を集中させて――
『ゲームを始めてください!』
開始の合図とともに魔法陣を展開した。
「――え?」
高速展開された魔法陣がユウの腰を包み込む。ぽかんと目を丸くするユウ。彼が困惑の表情を浮かべてから一秒、彼の足がふわりと地面から浮き上がり――
バシンと空気の弾ける音とともに、彼の体が弾丸のごとく発射された。
ユウの体がグラウンドに並んだ球状の魔法陣へと直進する。「うわわわ?」と若干呑気な悲鳴を上げるユウ。彼の体が整列した魔法陣に衝突して貫いていく。一つ目の魔法陣を破壊して二つ目の魔法陣も破壊、さらに三つ目の魔法陣に触れたその直後――
地雷となる魔法陣が大爆発を起こした。
衝撃が地面を震わせる。あっさりと地雷を踏み抜いたオウマに、放送席の詰丘と天塚、対戦者の計楽と盛山、そしてグランドを囲んでいる野次馬全員が目を点にした。爆発により膨れた土埃。それが鎮まるより前に――
土埃の中から人影が飛び出してくる。
「あつ――あつつつつ――!」
人影の正体はもちろん光月ユウだ。爆発の影響で全身を若干焦げさせたユウ。だが彼の体は未だに直進を続けており進行方向にある魔法陣を次々と貫いていく。そして直後、地雷となる魔法陣に触れて大爆発を起こした。
膨れた土煙からユウが姿を現して、またまた地雷となる魔法陣に触れて大爆発する。今度は間を空けず複数回の爆発が起こるも、空中を直進するユウの体は一切失速することなくグラウンドに整列した魔法陣を貫いていった。
ユウの体がグランドの端まで到着して、その進路を九十度曲げる。そしてまた地雷もろともに一列に並んだ魔法陣を全て破壊した。またも進路を九十度曲げて進行方向にある全ての魔法陣を破壊していく。その作業が淡々と繰り返されていき――
無残な爆発跡だけを残して、グランドから全ての魔法陣が消滅した。
『……ただ今のタイム――32秒』
誰もが呆然としている中、放送席の詰丘がポツリとタイムを告げた。しんと静まり返る野次馬たち。真っ白になったまま動かない計楽と盛山。グラウンドの中心で炭となったユウ。それらもろもろを一切無視して――
「わしの勝利じゃああああああああ!」
オウマは拳を高々と突き上げた。
魔法で再現したファンファーレと紙吹雪がオウマの勝利を演出する。クルクルと体を回転させて勝利のダンスを披露するオウマ。その彼女を詰丘の乾いた拍手が祝福した。五秒、十秒と時間が経過する。そして三十秒が過ぎようとした時、計楽が正気を取り戻した。
「ちょちょ――えええ!? 待ってよ!? どうして闇内さんの勝ちになるのよ!?」
「どうもこうもないわ。わしは見ての通り全ての地雷を撤去・排除したではないか」
勝利のダンスをピタリと止めてオウマは居丈高にそう答えた。ふんぞり返りニヤニヤと笑うオウマに、計楽が「ふざけないで!」と狼狽も顕わに声を荒げる。
「マインスイーパーは地雷を避けていくゲームなのよ! 貴女は地雷を踏んでるんだから貴女の負けに決まってるでしょ!」
「違うな。それはコンピューターゲームに限っての話に過ぎん。このゲームの本質はあくまで『どのようにして地雷を撤去するか』。その一点にのみに集約される」
オウマは瞳を鋭く細めていくと、そこにギラリとした眼光を輝かせた。
「わしはルールを説明する際、地雷以外の魔法陣を排除しろとは言うたが、地雷を踏んだら負けだとは言うておらん。そしてゆるぎない事実として、現実における地雷撤去では地雷を故意に爆発させる手法が確かにある」
「それは――現実にはそうかも知れないけど」
「既存のやり方に固執して実戦的な手法を考えつかなんだ貴様の負けじゃよ」
「む、無茶苦茶よ! そんな……そんな屁理屈で光月くんを死なせるなんて――」
計楽の瞳に大粒の涙が浮かんだその時――
「いっつつ……ひどい目にあった」
黒こげのユウがひょっこり起き上がる。
「うっきゃああああああああ!」
まるで幽霊でも見たように――事実そんな気分なのだろう――計楽が悲鳴を上げる。野次馬もまたユウの生存に大きくどよめいた。周囲の困惑を不思議に感じたのか、ユウが焦げたブラウンの髪を掻きながら首を傾げる。普段と変わらない間の抜けた表情。ユウのその姿にクスリと笑いつつ、オウマは得意げに計楽に教えてやる。
「こやつは滅茶苦茶頑丈なんじゃよ。これぐらいではかすり傷にしかならんわ」
「これぐらいって……あの爆発で?」
「だから言うたじゃろ? 貴様はユウの何も理解していないとな」
オウマはひどく上機嫌に笑った。
「これこそ幼馴染の絆がなせる業。思い知ったか、この脇役Aが」
オウマのこの勝利宣言に――
計楽がペタンと力なく座り込んだ。




