95話 チマツリー村
道上のど真ん中、見えない壁のど真ん前に、北西端を示す看板が設置された。
直ぐに復路に就き、先ほどの分岐点まで至ると、今度は集落へと続く道を選ぶ。
ちなみに、分岐点には『この先、チマツリー村』という看板が設置されていた。
チマツリー……血祭り……?
何やら物騒な村名に、ロキは一抹の不安を抱いたのだった。
近付くにつれて、村の外観が明らかとなる。
どうやら、村の周囲全てが高さ三メートル程度の木の柵により、厳重に囲われているようだ。
しかも、木柵の上端は鋭利に削られており、何者の侵入も拒んでいるのはロキの眼にも明らかだった。
大昔から、壁の外側にあったこの村。
変異種の侵入を防ぐためのものだとは、容易に想像出来るのだが……それでも、果たしてこれだけで防げるものなのだろうか。
そんな疑問を抱くと、ロキは『くれぐれも気を付けろ』というビエニカの言葉を思い出した。
さらには、ひどく物騒な村名。
さらなる不安を胸に、ロキは手の指をポキポキと鳴らし、不敵に微笑んでいたのだった。
道の突き当たりには大きな、こちらも木製の門が設置されていた。
両開きと思われるその門は、当然のように固く閉ざされている。
「よし、ゴリ。お前の力を見せてみろ!」
「ゴキがゴリに変わった!? チマツリーの『リ』か? もはやロキの一文字も無くなったんだけど……」
まさか、門を壊せとでも言うのだろうか。
ウッホ車を降りると、またも肩を回し始めるロキに、だが今回はビエニカからは、
「違う! デカい声で、なるべく丁寧に呼びかけるんだ!」
という指示が飛ぶ。
丁寧――ロキが最も苦手とする分野だが、何も知らないわけではない。
それこそ残り二名の団員に任せれば良さそうだが、声の大きさだけを見込まれたのだろう。
いや、それなら団長がやれば良くね?
そう思いつつも、ロキは素直に従うことにする。
「すんまっせーん! 誰か、中に、居やがりますかー?」
まるで応援団のように手を後ろに組むと、体を後ろに反らせて発声する。
思ったよりも大きな声が出たことに満足し、振り返った。
ロキの目に映ったのは、まるで『ナイス』と言わんばかりに親指を突き上げるビエニカと、何故か片眉を上げて顔をしかめる残り二人。
少しすると、内側から声が聞こえてきた。
「うるさいぞ!」
「……え?」
まさか、いきなり怒られるとは思わなかったロキ。
すぐに、門の上部から人の顔が覗くのを見つけた。
「お前ら……チナマッグ村のやつらではなさそうだな……」
チナマッグ……まさか『血生臭い』からきてねえよな……?
いちいち物騒そうな名前に驚くロキの横には、いつの間にかビエニカが立っていた。
「おぉ。俺らは赤の国の騎士団員だ。世界の拡がりを知らせに来てやったぜ!」
「……やはり、そうだったか――」
もしかすると、この村の住人も何かの異変に気付いていたのかもしれない。
顔を引っ込めた後、中では小さい声で話し合う様子が窺えた。
「話が早くて助かるぜ!」
と満足げな表情のビエニカだったが、次の瞬間、信じられない光景を目の当たりにする。
「総員、構え!」
大きな声と共に、門の上部、そして周囲の柵の上部から、今度は十人近い上半身が出現した。
しかもいずれも、構える必要がある何かを手にしている。
「なぁ。俺、テレビで見たことあるぜ? あれ、弓矢ってやつだろ?」
時代劇だったか戦国モノの何かだったか。ロキは銃や弓矢などの飛び道具を見て、「卑怯なヤツらだぜ。てめえの拳で殺り合えや!」と激怒的感想を持ったのを覚えている。
「見たこと無い顔のヤツ寄越しやがって!」
「んだ。うっかり欺されるとこだったべ!」
「何が世界の拡がりだ! 毎度、同じ嘘つきやがって!」
「……あれ?」
後頭部をポリポリと掻くビエニカは、少し困った表情でウッホ車を振り返る。
そこで控える二人の団員は、血相を変えて手招きしていた。
「やっぱりな……」
「団長に任せたのが間違いだった……」
そんなことを呟いている気がするが、今はそれどころでは無いようだ。
「ちょっ、待てよ! 俺らが何したってんだよ!」
「何した……だと? ふざけるな!」
「んだ。自分の胸に聞いてみるといいべ!」
自分の胸に耳を当てようと首を捻るロキだが、直ぐに物理的に不可能だと悟る。
「んだよ、どうやって聞くんだよ!」
「ゴリ、お前は馬鹿か! ――俺が代わりに聞いてやる!」
ロキを罵倒しながらも、自分の耳をロキの胸に押し当てるビエニカ。
そして『その手があったか!』という晴れやかな表情を見せるロキ。
そんな二人を見て、住人の我慢が限界を迎えたようだ。
「総員、う――」
「ちょっと待ったあぁー!」
住人の一人が号令をかけるのと、ほとんど同時だった。
何者かの声が遠くから響くように聞こえてきたのだ。
弓を最大限まで引いていた住人たちは、急に聞こえた声にその手を止める。
だが、一人は既に間に合わなかったのか、矢が発射されてしまった。
矢を放った人物は、村一番の弓の名手だった。
放たれた矢は、一直線にロキの心臓へと向かう。
だがそこには、胸の声を聞こうと頑張るビエニカの、何物にも覆われていない頭部があった。
『ギンッ』
金属同士がぶつかるような音が聞こえると、矢はビエニカの頭部を射貫くことなく地面に落ちる。
そして次の瞬間には、
「全員、構えを解いてください!」
という、またも遠くから聞こえる何者かの声。
何故か住人は大人しくその声に従い、引いた弓を戻す。
何が起きたのかわからず唖然とするロキは、声の方向を見て、さらに驚くことになる。
声の主は、二百メートルほど離れた道上を、ウッホに跨がりこちらに向かってきていた。
凄い速さで近付いてくるその人物。
目をこらしてよく見ると……それは、シンジだった――




