94話 北西部の調査隊
世界が拡がったという事実は、各国の大神父から国王に伝えられると、瞬く間に世界中に広まった。
各国の騎士団は、それぞれ部隊を派遣し、拡がり後の調査に当たる。
赤の国でも、北部、西部、北西部の調査に当たる三隊が編成されることになった。
漏れずに調査隊に志願していたロキは、最も危険度が高いという北西部の調査隊への入隊が叶う。
四人という少数精鋭のその部隊の隊長は、この世界で最強のオークと謳われる、武の団長のビエニカだった。
そもそも最強の種族がオークと言われているため、世界最強の存在と言っても過言では無いだろう。
ただし、それは武力のランキングで、知力部門はまた別にあるようだし、当然ながら黒髪の力はどこにも含まれていない。
入隊翌日の朝。
それは、拡がりの知らせを聞いてから四日後の朝のこと。
集合場所で準備運動をするロキは、背後からの大きな、威圧的な声に襲われる。
「おぅ、てめぇがゴキか? お前、ロキとかいう変異種の討伐を手伝ったんだってな!」
「俺がロキで、変異種がゴキだっつうの!」
負けじと大声で答えながら振り向くロキ。
声の主の姿を見て、一瞬でその力量を推し量った。
『こいつは……あの変異種を倒したコリーってヤツと同等か、それ以上だな……。噂どおりの化け物じゃねえか!』
「がはは! まぁ、倒したのはコリーだってのは知ってるぜ。でも、お前も団員の中では一番強いらしいからな。期待してんぜ?」
「じゃあ、準備運動代わりに一戦やろうぜ!」
「よし、やるか!」
血相を変えた他二名の隊員に止められ、初対面記念試合は調査後に持ち越されたのだった。
赤の国――というか何処の国でも同じらしいのだが、城は国のほぼ中心に位置している。
ほぼ、というのも、過去にも一度だけ世界が拡がったことがあるらしく、拡がった分だけ中心から少し内側にズレたのだという。
その、各国の城は『大通り』と呼ばれる、文字どおりの幅広い道で結ばれている。
その他の道は国独自に整備しているらしいのだが、それらとは別に、『斜め通り』と呼ばれる道が大昔からあった。
それは、この世界の中心から四隅へと放射状に伸びる道で、壁の外にまで続いているという。
ロキが入隊した北西部隊は、先ずはこの斜め通りを北西端まで進む。
途中、元の北西端に設置された『世界の端』と書かれた看板を回収して、今の端に移設する。
道中に集落を見つけた場合、そこの住人に世界の拡がりを知らせる。
この二つが主な任務とされていた。
ウッホ車で揺られること、およそ半日。
「ここが、拡がる前の北西端だ」
そこには見えない壁があったから、知らずに進めば壁にぶつかってしまう。
そのために、道のど真ん中に看板が設置されているのだ。
三百年もの間、地面に埋まっていた木製の看板。
ビエニカがそれを軽々と引き抜き回収すると、ウッホ車はつい最近まで世界の外側だった土地へと立ち入る。
そもそも、何故この世界が拡がったのか。
ビエニカは「お前、そんなことも知らねえのか!」と、小馬鹿にしながらも教えてくれた。
どうやら、各国の変異種が一体以上ずつ討伐されると、見えない壁が外側に移動するというのだ。
「何で拡がるかって? お前、そんなこと誰も知らねえよ! がはは!」
豪快に笑うビエニカだが、実は父親が、前回の拡がりで内側に位置することになった集落の出身なのだという。
「それって、チェーリの村か?」
「あんな田舎と一緒にすんじゃねえ! あそこは元の北端に近いところで、親父が生まれた村は北西端だ。ほれ、さっき素通りしただろ?」
「……あそこ、人住んでるのか? まさか、変異種に滅ぼされたとか……?」
「三百年前に内側になった途端、みんなして他の地に移住したみたいでよ。今はじじぃとばばぁしか残ってない『ど田舎』だ。がはは!」
とすると……もしかすると、この斜め通り沿いに、新たな集落が発見される可能性が高いのかもしれない。
「おう。外側に住んでるやつらは間違い無く居る。そいつらはまだ、世界が拡がったことに気付いてないだろう。だから、それを知らせてやるのが俺らの役目なんだが――くれぐれも気を付けろよ?」
何を気を付ける必要があるのか、そのときのロキには知る由も無かった――
暫く進むと、斜め通りから分岐する道が現れる。
その道の先には、ぼんやりだが集落を囲っていると思われる木柵が見られた。
ビエニカは手元の地図に印を付けただけで、ウッホを操る団員に素通りを指示する。
先ずは北西端に到達し、看板を移設することを優先するのだろう。
また暫く進むと、三頭のウッホが一斉にその脚を止めた。
ウッホは風の流れを読む能力に特出しているらしく、目に見えない壁の存在を感知したのだろう。
「よし。ゴキ、お前の力を見せてみろ! ……道には被害が出ないように、そっちの草原の方で頼むな」
「ゴキじゃなくてロキだからな!」
文句を言いつつもウッホ車を降りると、ロキは右肩を回しながら真っ赤な草原に立ち入る。
「死ねや!」
そう口走ると、目の前に向けて渾身の右ストレートを放った。
拳の先から発生した衝撃波は、草原の草の一本も巻き込むことなく進む。
――知の団長の協力を得て、ロキは力の使い方を学習していた。
これまでのように、地面を抉りながら広範囲に影響を及ぼす衝撃波を放つことも、威力を凝縮したレーザービームのようなものを放つことも出来るようになっていたのだ。
さらには、真下に小刻みに広範囲の衝撃波を放ち続けることで『宙に浮く』という離れ技すら習得していたのであった。
威力が凝縮された衝撃波は、だが直ぐに見えない何かにぶち当たる。
衝撃は四散し、周辺一帯の真っ赤な草を地面ごと抉り、遙か上空に巻き上げた。
「うおぉ……噂以上にすげえな!」
ロキの拳が放った衝撃波に、素直に驚くビエニカ。
だが、実のところロキ自身も驚いていた。
以前にも増して、衝撃波の威力が凄まじくなっている気がするのだ。
『成長期、かな?』
取り敢えずそういうことにしたロキは、激しく抉れた地面を先に進む。
抉れた地面の先には、一切の被害を受けていない地面が、まるで壁のように直立している。
その、地面の壁の上空に手を伸ばすと、直ぐに見えない何かに行く手を阻まれた。
新たな北西端、見えない壁に触れた瞬間だった――




