91話 レベルアップ
私の台詞を口にするときだけ、タコロスは決まって何かを睨み付けるような険しい目つきをする。
でもそれは、ゴロウにも最後の言葉で注意されたことだし、薄らだが自覚している。
だから、少し精神的に痛めつけるだけで済ませてやるとして――
問題は、彼の台詞を口にするときなのだ。
おじいさんの視界にはいつも、目をキリッとさせて少し良い声で話す、どや顔のあいつが映るのだ。
全っ然似てないし、彼を馬鹿にしているとしか思えない。
一体どんな仕打ちをしてやろうかと、レイが改めて憤りを覚え目を瞑った、次の瞬間だった。
――どこかの神の家だろうか。礼拝堂の椅子に縄で縛り付けられたタコロスが、何かの視界画面を見せられている。
口元には嘔吐した後のような白い跡。
その横で、画面に背を向けた私が楽しそうに笑っている。……やっぱりわたし、笑顔が一番可愛いよね!
そして、その画面に映るのは……例の変異種だった――
そうか、その手があったか!
今の予知映像はタコロスも見てただろうから、せいぜい覚悟してなさい!
って……あれ? 共有してるだけの私には、画面操作は出来ない筈だよね……?
もしかして上下関係が確立した? それともただの自虐行為?
そもそも、何でこんなのが結果として見れたわけ?
これから重要な話を聞くというのに、どうでもいい結果を予知して悩んでしまう。
おじいさんの画面には、心底嫌そうな顔をして、こちらもひどく悩む様子のタコロスの姿が映っている。
本当にどうでも良いことだ。
そう思い直すと、長い溜めをつくるコリーを見つめた。
「ついさっき、じじいがくたばることで変異種が消滅した。およそ三百年ぶりに、この世界の変異種が一新したんだ。これにより――世界は、拡がった」
「……は?」
全員が疑問符を浮かべつつも、直ぐにこの閉ざされた世界をイメージしていた。
拡がったと言うことは……その言葉どおりなのだろう。
「外側の壁が、より外側に移動した。そういうこと?」
「そのとおりだ。どのくらい拡がったかというと……お前らの世界で言うところの、十キロメートルってところだな」
「実際、壁は目に見えないわけだし、実感も何も無いよね。……そんなことが起こったところで何だって言うわけ?」
変異種が一新すると何かが起こると、そう聞いていたのだ。
それが、ただ壁が外側に動くだけなら、そのために自らを犠牲にしたドクターが報われない。
「……良いだろう、教えてやる。実際に起こったことを説明しないなんて、そんな酷い真似はしないからな!」
「しとるやん! じゃあ、ゴロウに何があったのか説明しなさいよ!」
「……がはは!」
笑って誤魔化すなら、余計なことを言わなければ良いのに……。
「変異種が一新することで、世界が拡がる。もちろん、世界の――壁の内側の面積が増えるってだけじゃない。お前ら黒髪にとっての恩恵があるんだ!」
――おじいさんの視界画面に映るタコロスは、頭を抱えて、でも楽しそうに一人呟き始めた。
『キタァ! つまり、ご褒美ってことだろ? まさか、新たに七つの力を持つ黒髪がやって来るとか? それとも、レベルアップするとかか?』
「……レベルアップ?」
レイは思わず、気になったその単語を口にしてしまう。
「おぉ、さすがはレイだな。つまるところ、お前らが持っている力が強化されるんだ!」
タコロスの歓喜の声は五月蠅いとして、現場では戸惑いと疑問の声が漏れ出た。
「つまり、力がより強大なものになったってこと? 例えば私の結果予知なら……二十四時間後までだったのが、四十八時間後までになるとか?」
「わたしの一日一回死んでも復活するのが、一日二回になるとか?」
「僕の、一日に十人まで言うことを聞かせるのが、二十人になるとか?」
画面の先からは、
『わたしの一日に一回願いを叶えるのが、二回になるとか? いや、一人一つまでが二つまでになると、そっちの方が便利か……』
『俺のは……実は物語れる人数には五十人までって制限があったんだ。これが百人になるとか?』
という願望も混じった予測が聞こえてくる。
「がはは! 俺に聞いてもわかるわけないだろ! ミュウが見れば良いだけだろうが」
「――あ」
珍しく動揺していたミュウが、自身に追加された力を思い出す。
「もちろん、新たに得た力も強化されてるんだよね?」という私の問いには、コリーは力強く「たぶん!」と答えてくれていた。
「うん……確かに。レイ、シンジさん、そして私。皆の全ての力が、まさに強化されてるみたい!」
興奮を隠せない様子のミュウは、先ずは自身の力から発表を始めた。
「――一日一回に限り、死んでも元どおりに復活する力。その代わりに、この世界の男性全てが忌々しいあの男の姿に見えてしまう。ここまでは何ら変わりが無い。
変わったのは『死への耐性』が少し高まったこと。火傷する温度が少し上がり、凍傷する温度が少し下がり、皮膚が少し丈夫になって切ったり刺したりに少し強くなり、少しの毒は効かなくなったり、などなど……。
復活できる回数が変わらない代わりに――そう、死ににくくなったの!」
少し、とは具体的にはどのくらいなのだろうか。
その度合いによるから、凄いのかそうでもないのか、少しわかりにくい。
でも……少しどや顔で発表するミュウが、レイには少し可愛く見えてしまう。
「――黒髪、あるいは変異種が持つ力の詳細を知る力。力を知るためには、人の姿を肉眼で捉える必要がある。こちらも、ここまでは何ら変わりが無い。
変わったのは、見る機能――視力が格段に高まったこと。
わたしの視力は元々裸眼で一.五。でもね、それがなんと――七.五! 五倍にまで強化されたの!
……何だか地味な強化だな? なんて思うこと無かれ。実はこの力、目での見え方がぼやけると、力もぼんやりとしたものしか知ることが出来ない。
つまり、離れたところから、これまでよりもはっきりと力を知ることが出来るの!」
うーん……そっちの強化は微妙だわぁ……。
って……なんで視力までわかるの?
もしかして、見える力が増えたんじゃないの?
もしも知力とか腕力とか、そんなのも見れるとしたら、それって凄いことだよ?
むしろ、どや顔で言うべきなのはそっちの強化じゃない?
遠くが見えるようになったせいで、近くの凄いのを見逃してない?
興奮というデバフがかかったミュウ。
次は、シンジの強化を発表するようだ。




