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90話 重要な話

 ゴロウとミドリが姿を消してから、およそ一時間が経過した。

 シンジはずっと、腕を組み瞑想している。たまに目を開けては部屋の様子を窺うも、その度に期待を裏切られたような、切ない表情を見せていた。


 レイとミュウは、そんな彼の様子を気にしながらも、今後の話をしていた。

 とは言え、変異種の一新という謎のイベントがもたらす出来事が未知数である今、大した話は出来ていない。


「ふぅ……」


 彼は、ようやく緊張を解いたのか、ため息を吐いた。

 ゴロウが消えた直後から、彼はずっと力の所在を追っていた。


 ゴロウの力が消えたのは、見えない壁に阻まれているから。何かしらの選択が終われば、またこの世界の何処かに現れるのではないか。何食わぬ顔をして、ミドリとまたこの部屋に戻るのではないか。

 そんな淡い期待を抱いていた彼はようやく、非情な現実を受け入れることを決めたのだろう。

 ゴロウが姿を消した時点で、もうここには戻ってこないこと――この世界からも姿を消したであろうことは、彼も予想していたに違いないのだから。



「コリー……言えないなら、答えなくても良い。ゴロウとミドリさんは、ここに戻ってくるのか?」

「……残念だが、戻ってこない」

「ゴロウは本当に……いなくなったのか?」

「……何が起きたのか、それを言うことは出来ない。でもな、その問いには答えてやる。――あぁ。ゴロウは、この世界からいなくなった。二度と戻ることは無いだろう」

「……」


 それは紛れもない事実だから、答えてくれたのだろうか。

 それでも、やはり含みのある言い方が気になる。『この世界から』と言うことは、別の世界……現世に戻ったということだろうか。

 それとも、現世とも違う別の世界なのか。それとも、どの世界からも……。



「ゴロウが迎えた結末は、ゴロウ自身が望んだものだったのか? それはドクターが、ミドリさんが望んだものだったのか?」

「それは――俺にはわからん」


 彼の呟きのような、自問のような問いに、コリーは冷たい答えを口にした。

 ミドリは、その立場から何も言えない中でも、感情だけは露わにしていた。

 人間の見た目をしているから、他の大神父とは異なり、人と同じような感情や感覚を持たされているのだろうか。


 でも、それはこの世界では――やはり、ただ酷なだけだろう。

 だから、コリーのように――ただ役目を果たすための機械のように生きることは、楽しくないとしても、どんなに楽だろうか。


「でもな、きっと――そうだったんだろう! ゴロウはともかく、ドクターはすっげえ頭が良いだろ?

 ミドリだって、大神父としての誓約は多くても、好きなヤツらを不幸にすることは絶対にしない筈だ。あいつらを信じろ。俺らにはそれしか出来ねえんだからよ!」


 コリー、ごめん。思っただけだけど、前言撤回。

 大神父こいつも、ちゃんと人の心を持っているんだ。

 しかもとびきり温かい、優しい心を――


「そう、だな……うん。きっと、そうに違いない!」

「そうだよ! ゴロウはともかくとして、ドクターなんて二百年以上生きてきたんだから。ちゃんと予想どおりの結末を迎えたはずだよね! まぁ、むせ返ったまま逝くなんて想定外だっただろうけど……」

「全く、コリーのくせに良いこと言うんだから……」




 陰湿な部屋の空気が一変し、そこには笑顔も見られた。

 表情も晴れやかに変わったところで、レイは改めて疑問を呈する。


「あのさ。ゴロウは戻ってこないとして、ミドリさんは? あんた、シン……その人が聞いたとき、ミドリさんも戻らないみたいな言い方しなかった?」

「あぁ。ミドリも、ここに戻ってくることは無い」


 それが意味するのは――役目を全うした大神父も誓約から解放されることで、この世界からいなくなるということだろうか。

 ドクターと、ゴロウと、三人仲良くこの世界からいなくなる。

 そんな結末を迎えたのかもしれない。

 でも、大神父の役目を無くすることは出来ないだろうから――


「変異種みたいに、大神父も入れ替わるとか?」

「でも、その割にはみんな『昔からずっと大神父やってます!』って雰囲気醸し出してるよね?」

「役目、それと不老のからだはずっと引き継いで、でも中身の……人格というか、根幹を成す何かだけ入れ替わるとか?」


 皆で思い思いの、疑問形の予想を口にする。

 いずれにせよ、ドクターが愛した大神父ミドリはもういないということだろう。

 だが、コリーは私たちの予想に反することを口にする。


「お前ら、何か勘違いしてねえか? ミドリはここには戻らないけどな、この世界からいなくなるなんて、あるわけ無いだろ?」

「えっと……え?」

「俺たちの役目は導くこと。そのための力を持ってるから――ほら、さっきみたいに一瞬で目的地に導くことが出来る。でもな……お前たちの世界で言うところの、片道切符ってやつなんだわ」

「つまり……導いた後は、帰る力は『自力』ってこと?」

「そういうことだ。人間のあいつの足でも、一日もかけりゃあ帰れるだろ」


 ミドリはもう、ここには戻らない。

 戻るのはじぶんの家だから。

 そのために、現在は鋭意徒歩で帰宅中。ただ、それだけのことだった。




「さて――これから、お前らに重要な話をしてやる」

「何を、コリーのくせに偉そうに……」

「でも、どうする? お前らのお仲間が一緒の時に話すか?」


 タコロスとおじいさんのことを言っているのだろう。

 そして、おそらくその重要な話とは『変異種の一新』のこと。

 一刻も早く知りたいし、どうせ私たちの視界画面でタコロスも話を聞いているのだ。

 だから、私は迷わずに首を振った。


 ちなみにタコロスは、画面で見聞きした情報を、即時におじいさんにも伝えてくれている。

 私たちの会話の内容は、本来ならそのほとんどが干渉判定されて、タコロスは口にすることが出来ない。

 でも、誰かの口から出た時点で、それは既出の事実として判定されるのか、タコロスは気兼ねなく全てを口に出来るのだ。

 だからタコロスは、会話はそっくりそのまま、一言一句同じ台詞を口にしている。


 でも、私には一つ、どうしても癪に障ることがあった。

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