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87話 ゴロウ(その六)

 ゴンゾウは優しい笑みを浮かべると、俺の疑問に答えてくれた。


「わたしはこの力で君の人間性を知ったと、そう言ったね? ゴロウくん。君は、誰よりも心の優しい人間だよ。誰よりも人に気遣いが出来る人間だよ。それにね――君は、君が思うような頭の悪い人間では決して無い」


 いやいや、俺ほどの馬鹿は滅多にいないだろう……俺は首を振り、ゴンゾウの意見をしっかりと否定する。


「頭の良し悪しを定義するのは難しいのだが……わたしは、考える頭が有るか無いかの違いだと思っている」


 じゃあ、人よりも考える頭の無い俺は、間違い無く頭が悪い。

 やっぱり、馬鹿ってことじゃないか。


「君は考えているじゃないか。自分自身のことを考えていないだけで、人のことをちゃんと考えている。お母さんのことをどれだけ考えていただろうか? 君を悪く言う全ての人のことを、どれだけ考えていた?」


 この男は一体、誰のことを言っているのだろうか。

 何をどう解釈すれば、俺が母以外の人間のことを考えていたというのだ?



「周りの人たちはね、確かに君が思うとおり、その存在を疎ましいと思っていたことだろう。でもね、それと同時に、ひどく恐れていた筈だ」


 そりゃあ、罪人の息子だから当然だろう。

 いつ、本当の罪人のように悪いことをしでかすかわからないのだから、恐れるのも無理は無い。


「でも、君は悪いことなど何もしなかっただろう? 周りの人間の言動全てを受け止めて、ただただ我慢をしてきた。それでちゃんと理性を保ち続けるだけでも凄いことだと思うが――君のそれは、人のことをちゃんと考えていた証だろう? 周りの人がそれ以上恐れないように、ちゃんと考えて行動した結果ではないか」


 何を、言ってる……?

 この男は、勝手に俺を良い人間だと思い込んでいるだけだ。

 そうだ、その答えを得る力というやつが、間違った答えを教えただけだろう。

 俺は強く訴えかけた。


「そうかもしれない。わたしとミドリは、君がそんな人間だと勝手に思い込んでいるだけ。じゃあ、それで良いじゃないか」


 ……は?

 いやいや、何も良くないだろう。

 頭の悪い俺は、いつ何処で悪いことをするかわからないんだぞ?


「もしも……あなたが悪い人間だと思う要素が微塵にでもあったのなら。ゴンゾウさんは、握手をして直ぐに、あなたと決別したことでしょう。私はゴンゾウさんを信じています。でもね、同時に……あなたも信用に足る人間だと、私自身の意思で、そう確信していますよ」



 この二人、まるで母のような、馬鹿みたいなお人好しじゃないか……?

 こんな俺をおだてたところで、何の得も無いとことだってわかっている筈。

 まして会ったばかりのこんな俺を、何故――


「ゴロウくん。わたしは、君のお母さんの代わりに、君の幸せを願うことにしよう。君が背負う罪を、わたしも受け持とうじゃないか。だから――しっかりと生きるんだ。自分のことを考えて……自分自身の幸せを自分で考えて、自分のために生きなさい!」


 自分の……幸せ?

 俺の幸せは、母が幸せになること……母が笑顔だと、俺も笑顔になれた。

 それは、俺の幸せじゃないとでも言うのか?


 あぁ、そうか――わかった。

 母はもう、居ないんだ。この世界にも、あっちの世界にも、居ないんだ。


 ――生きることが許されるのなら……希望を持つことが許されるのなら……。


 ――わかった。ちゃんと考えた。俺はやっぱり、人のために生きたい。

 こんな俺を、一人の人間として見てくれる、目の前の男のために生きたい。



「全く……何て、心の優しい子なんだ……」


 涙で視界が滲む俺を、ゴンゾウはまた、抱擁してくれた――




 研究施設で働くゴンゾウには、給料という概念が無いと言った。

 そもそも好き勝手にモノをつくるのが仕事らしく、実用的な製品にはお金が支払われるのだという。


「この世界の文化は、現世の日本よりも百年以上遅れているようだ。わたしの知識を有効活用して、文化水準を上げたいと思っているのだが……それには、多大なお金と時間が必要でね。いつまでも神の家で世話になる訳にもいかないだろうし。それに、何より、ミドリにも……」


 お金さえあれば、より実用的な製品を量産出来ると言う。

 文化水準とか言っているが、そんなことよりも、自立してミドリを養うお金を稼ぐことを優先しているようだった。

 やはり、ゴンゾウはミドリのことを好いているようなのだ。


 恋愛など、縁も資格すら無いと思っていた俺だが、二人の様子を見るだけで、それは明らかだった。

 ミドリもゴンゾウのことを好いているのだ。


 じゃあ、後はお金があれば済むのなら、話は簡単だ。

 俺は、ゴンゾウにお金を渡すことにした。

 それはもちろん、あの男を殺めて手に入れた懸賞金だった。

 俺は今後も一切使うつもりが無いし、持っていてもただ重いだけの代物なのだ。


 だが、ゴンゾウは当然のようにそれを拒絶する。

 ゴンゾウの幸せに役立つとわかったから、俺もここでは引かなかった。


「罪を背負ってくれるというのなら、このお金を背負ってくれないと困る」

 ゴンゾウは戸惑っていたが、「貰ってくれないなら捨てるだけだ」と、追い打ちをかけるように言うと、しぶしぶ受け取ってくれた。


 ゴンゾウは研究施設を改良するついでに、地下に自身の居住スペースをつくった。

 そこには、ミドリ、そして俺の部屋もあった。俺たちの家が――俺の居場所が、そこにつくられたのだ。



 ――ゴンゾウと出会ってから半年後。

 ゴンゾウとミドリは、俺の前で結婚を誓った。


 二人が結婚を誓ったそのとき、俺も勝手に、ゴンゾウを父親として一生慕うと誓っていた。

 ミドリは若すぎるし気の強いところがあるから、姉のような存在だろうか。


 相変わらず触れ合うことは一切しない二人。

 それでも、幸せそうな二人を見て、俺も心から幸せを感じていた。

 こんな日々がいつまで続くのだろうか、という不安を持った。


 でもそれは、幸せな日々を過ごしているが故に抱く不安。

 この上ない、贅沢な不安だった。

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