84話 ゴロウ(その三)
男を追うのは、俺を含めて三人。
横を見ると、いつの間にやら同僚のオークが巨体を揺らし、俺と併走していた。
「あいつ、懸賞金かかってる人攫いだろ? 二人で捕まえてよぉ、美味いもん食いまくろうぜ! がはは!」
この世界では、危険な生き物あるいは人物に対して、国が懸賞金をかけていた。
特に高額なのは『変異種』と呼ばれる生き物の討伐だったが、それは人の手では到底不可能とされていた。
これまでに十人もの女性を攫っている何者かに対しては、変異種に次ぐ懸賞金がかけられていたのだった。
走り始めて直ぐに、その場に蹲る犬型の獣人を追い抜いた。
一足先、というかかなり先を走っていた筈なのだが――おそらく、家の中で男がしでかした『何か』と同じことが起きたのだろう。
この獣人も、全速力で見えない何かに激突したに違いない。
同僚も何かを察したのか、俺たちは男から距離を置いて追走を続けることにする。
都合良く、男の行く先は壁に阻まれ行き止まりとなった。
息を切らし立ち止まる男に、同僚は両手の指の骨を鳴らして物騒に近付く。
オークというだけで威圧感が半端無いのに、何を更に脅す必要があるのだろうか。
あと数歩に迫ったところで、男は同僚に向かって手をかざした。
直ぐに歩みを止めた同僚は、目の前に手を伸ばす。
すると、まるで壁でもあるかのように、何も無い空間を触り始めたのだ。
それは目の前だけでなく、左右、そして背面も同様のようだった。
「おいおい……俺、どうやら何かに四方を囲まれちまったみたいだぜ? 出れねえや。がはは!」
身動きが取れずに笑う同僚を横目に、どうしようか、悪い頭で考えてみる。
俺自身、現世から過酷な肉体労働に耐えているため、体力には自信があった。
とは言え、あの屈強なオークでも脱出できないような何かをつくられたら、直ぐに行動不能となる。
取り敢えず、一直線ではなく大きく蛇行しながら、じりじりと距離を詰めることにする。
ある程度近付くまで、相手も様子を見る腹積もりなのか、何もしてこない。
薄暗い中、距離が近付いていく。
これまで薄らとしか見えなかった顔が、段々と見えるようになる。
男は黒髪を綺麗に七三分けしており、その青白い顔は、月灯りでより際立たされていた。
そして、その顔には――まるで皮膚の損傷などは一切考えずに、全力で掻き毟ったかのような、酷い傷跡があった。
「まさか、お前……あのときの……?」
決して忘れることの出来ないその顔。
まさかこんな世界でもう一度出会おうとは思いもせず、声が漏れ出てしまう。
「何だテメェ……俺を、知ってんのか? ……って、お前、黒髪じゃねえか! おぉ、驚かせんなよ。味方じゃねえかよ!」
「味方……だと?」
「だってよぉ、お前も日本から来たんだろ? 俺もよぉ、ヘマやらかして死んじまったと思ったら、この世界にいたんだ」
「ヘマ……?」
「あ、ああ……それは、別に良いだろ。ところでよぉ、お前も、力を持ってんだろ? な?」
「……力って何だ?」
言っていることがいちいちわからず、ただただ聞き返してしまう。
でも、俺が本当に聞きたいことは、そんなどうでも良いことではない。
「んだよ……見ただろ? 俺のは、見えない壁で人を閉じ込めることが出来んだ。しかもな、ぐふふ……見てろよ?」
男は気持ちの悪い笑いと共にそう言うと、同僚に向かってまたも手をかざす。
すると、同僚は一瞬でこぶし大ほどに縮んでしまったのだ。
「な? すっげえだろ? 閉じ込めたやつを小さくも出来るんだ。この力のおかげでよ、金を奪うのも、女を手に入れるのも楽で仕方無えんだ!」
どうでも良いことをベラベラと喋る男に、どんどんと憤りだけが膨れ上がっていく。
「お前も、死んで此処に来たんだろ? 死ぬ直前に何かを願わなかったか?」
「俺は……母ちゃんとずっと一緒に居たいと、それだけを願って死んだ」
「ぎゃはは! 気持ち悪いなお前。母ちゃん大好き人間か? まさか、母ちゃんを呼び出せる力でも持ってやがんのか?」
「母ちゃんは殺された。死体でも呼び出すってのか?」
怒りを込めた目で睨み付けると、だが男はニヤニヤを維持したまま話を続ける。
「悪い悪い。あぁ、俺は……ほら、この傷あんだろ? 原因はまぁ、女なんだが……この傷がきっかけで死ぬことになったんだ」
その傷を負わせた女のことはよく知っている。
でも、何故その女に傷を負わされたのか、それを知りたかった。
「家に帰ったらよぉ、これまで可愛がってきた女に『醜い』って言われたんだ。むしゃくしゃしてよぉ、部屋に閉じ込めたまま家に火を付けてやった! 我に返った俺は……そりゃ、そうだよな。牢屋にぶち込まれて、次の日には死刑だ。
殺されるまでの間、俺はずっと悔やんでた。『あーあ、もっと女を味わいたかった!』ってな。でもなぁ、世の中はそれを許してくれねぇんだ。だから、見つからないように上手くやる必要があった。
馬鹿な女を見つけては家に連れ込んで、部屋に閉じ込めて飼う。好き勝手やって、死んじまったら捨てれば良い。馬鹿な女ほど、居なくなっても周りはろくに探そうとしないから、そりゃ楽だったぜ。
でも……本当なら頭の良い極上の美人を味わいたかったんだ。でもなぁ、そんな女をどうやって家に連れ込む?
――限られた時間で、俺はあり得ないことを考えて楽しんだ。
そうだ、例えば見えない壁で女を閉じ込めて、ポケットに入るくらいに小さく出来る力があれば良いんだ! そうすればあのとき見たあの美人も、あの美人もそうだ、簡単に……って考えてニヤけてたらな、首を切られてた!」
そんな馬鹿げたことを願って死んで、気付いたらこの世界に居た。
しかも、馬鹿みたいな願いが叶って……。
じゃあ、俺は何で母と一緒じゃないんだ?
俺だって、お前なんかに負けないくらいに強く……誰にだって負けないくらいに強く、願った筈なのに……。




