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81話 記憶

「ゴロウ、君は本当に、何て心の優しい青年なのだろう。……もう一つ、わたしが本当の死を選ぶ、決定的な理由があるんだ。

 この変異種が討伐された後に、もしもわたしが生き返ることがあったのなら――わたしは、記憶を取り戻すことになるだろう」


 何を今さら、当たり前の事を言っているんだ?

 そうだ、じじいがこの世界に来てからの、二年とちょっとの記憶が戻るだけだろ?

 白髪のミドリとの記憶だって取り戻せるじゃねえか。

 ただ、それだけだろ?


「この変異種は、寄主きしゅの全てを奪う。また他の人に移り寄生して、また奪う。それを繰り返してあらゆる機能を高め、力を得るのが、この変異種が生存する目的なのだろう。

 時間をかけてあらゆるモノを奪うが、記憶だけは、寄生して半日後に全てを奪うことになる。そして、何故だかわからないが、変異種とは記憶の共有だけは出来ない。記憶だけは一方通行の同期なのだと考えられる。

 変異種が他の人に移ると、他の身体機能と一緒に記憶も取り戻すことになる。記憶だけは、何故か一瞬で返却がされるのだ」


 科学者であるじじいの話は、長いし理屈っぽい。

 これでも、頭の悪い俺に合わせてわかりやすく説明してくれているのだろう。


「他の人に寄生した変異種は、前の寄主の記憶を一方的に同期している。

 同期の力は、一度に同期できるのは一人まで。次に別の人に触れると、同期はその人に上書きされる。一方通行の同期である記憶も、おそらくは同じなのだろう。


 ――変異種がユキに寄生すると、そいつはユキの記憶を奪い、前の人の記憶は同期したまま。

 変異種がわたしに移ると、そいつはわたしの記憶を奪い、ユキの記憶を同期した。

 ユキとの同期で上書きされるから、前の人との同期はこの時点で無効となっている。


 だがここで、変異種が同期していた前の人の記憶は何処にいくのだろうか?


 同期が無効化されたと同時に、記憶も消失するのか。おそらく、それは無いのだろう。

 同期していた記憶は、そのときの寄主の記憶と一緒に、そのときの寄主に返却されるのではないだろうか」



 言っていることが難しいが、つまりは、自分の記憶を取り戻すのと同時に、前の人の記憶も得てしまう、ってことか?

 そうか、もしもじじいのその考えが合っているのだとしたら……いや、合ってるんだろう。

 ユキが泣いている理由が、まさにそれなのだろうから。

 泣くことしか出来ない、それが、答えなのだ。



「変異種がユキから奪った記憶。それは、大神父として永き時を生きたミドリの記憶だ。

 わたしに寄生しているこいつは、ユキに返却したその記憶を、だがずっと同期していた。寄主との記憶の共有はされないから、わたしがそれを知ることは無かった。

 ただし、今回はわたしの本体が寿命を迎え、変異種は同期の力を失う、という特殊な事態に陥ることになった。


 とは言え、おそらくだが同期したユキの記憶は失うことなく、変異種が持ち続けていることだろう。

 ただし、未だにわたしはその記憶を知ることは出来ないがね。

 だが――もしも変異種が討伐されたら、果たしてその記憶はどうなるだろうか……?」


「えぇ。もしも変異種が討伐された後に、ゴンゾウさんが生き返ったら。わたくしの記憶も宿ってしまうでしょう。そしてそれは――えぇ。あってはならないこと……なのです……」


「何だよ、それ……? じゃ、じゃあ――もしもだぞ? ユキが死んでる間に、じじいが他の誰かに触れてたら? ……それとも、変異種が討伐される可能性だってあっただろうが!

 もしも、じじいが大神父の記憶を得ていたら、どうなって……? ま、まさか……大神父の記憶と一緒に、役目までじじいに宿ってたなんて、そんなこと言わねえよな?」



 そんな経験をしたことも聞いたことも無いミドリにも、その答えはわからなかっただろう。

 でも、ユキもそうだと思っていたのか、小さく頷いた。


 ユキが大神父の役目を取り戻した今、じじいが大神父の記憶を取り戻すことはあってはならない。

 じじいとユキは、そんな理不尽な理に気付いたのだろう。

 でも、それなら――


「それこそ、生き存えれば済む問題だろうが! 変異種の一新だ? そんなんどうだって良いだろ!

 俺が、他の国の変異種を討伐し続けてやる。時だって移動できるんだ。時間をかけてでも、討伐しまくってやるから……だから――」

「ゴロウ、ありがとう」


 俺の言葉を、懇願を、じじいの一言が制した。

 その一言には、何度も口にしてきた『もう、良いのだよ』という言葉も込められていると感じた。




「わたしはずっと、ずっと……ユキとの再会だけを願っていた。それが叶った今、改めて願いを持つのなら――それは、ユキと、ゴロウの幸せだ」

「……俺の幸せって言うなら、じゃあ、生きててくれよ! それが俺にとっての幸せなんだから……」

「ゴロウ。君はもっと、自分のことを考えるべきだ。わたしが――わたしたちが幸せに生き存えることが君の幸せ? そんな訳が無いだろう」

「そんな訳ある! こんな俺なんか、本当は生きる資格なんて無いんだ。価値も無い。

 こんな俺に生きる場所をくれたのはじじいたちだ。だから、二人には…………。

 あぁ……そう、だな。俺の唯一の居場所を守り続けるためだけに、じじいたちには生きていて欲しいんだ……」


 わかっていた。

 俺が心から望むのは、じじいとユキが幸せに過ごすその姿を見続けることじゃない。

 二人が与えてくれる、居心地の良い場所に居続けたい。ただ、それだけなんだ。

 でも――それは結局、二人が生き存えるのを願うことと一緒じゃないか――



「君にとっての居場所、それが、たまたま出会ったわたしとユキの傍だった。ただそれだけなのだよ。君が望むのなら、君にはもっと相応しい場所だって見つかる筈だ。

 ここにいるシンジくん、レイくん、ミュウくん。視界画面とやらの先に居る、タコロウくん、そしておじいさん。皆、君と同じように、人の話を聞いて理解してくれる人間だろう。

 この世界の住人にだって、君を心から理解してくれる存在が居るに違いない。それに、君もまだ若い。愛する人が出来て、子供が出来るかもしれない。

 君にとっての幸せは、君自身が見つけるべきだ。いや――見つけなさい! わたしたちに甘えるな、ゴロウ。しっかりしろ。しっかり生きて見せろ!」




 この世界にやって来て、俺には父親と呼べる存在が現れた。

 母親、と呼ぶにはユキは若すぎる。気が強かったから、こっちは姉と呼ぶべきだろうか。


 そんな父親のようなゴンゾウからは、一度も怒られたことが無かった。

 俺の話を聞いて、いつも誰よりも理解してくれた。

 迷うことがあれば、助言をしてくれたし、道を示してくれた。


 そんなゴンゾウが、俺を見放した……?

 いや、違う。もちろん、わかっている。


 これからも見守ってやるから、頑張って生きろと、そう言ってくれてるんだ。

 敢えて厳しい口調で、応援してくれているんだ。


 自然と溢れ出る涙が、目から零れ落ちた――

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