79話 残滓
コリーが言うには、残滓とは、大いなる厄災が封じ込められる際にこの世界に残った『思い』や『思考』のようなもの。
どんな残滓が存在するかわからないし、それがいつ何処で、どのように現れるかもわからない。
わかるのは、それがこの世界にとって驚異となり得る、ということだけ。
続けて、ミドリからは、大神父たちで推察したという考えを話してくれた。
「おそらく、この子……インプは、厄災が残した『無念』なのではないでしょうか。『世界の破滅を果たせなかった』『もっとこの世界に蔓延りたかった』という強い無念が、不死という概念へと変わり、私のお腹の子供に宿ることで具現化した。実は――残滓の存在を確認したのは、今回が初めてなのです」
「でもよぉ……インプって、それほど驚異的な存在か? 俺からすりゃ、じじいに寄生してるやつとか、ゴキとか……変異種の方がよっぽど危険だと思うけど?」
先日討伐した変異種がよほどの驚異だったのだろう。ゴロウは苦い顔をして言った。
「そう、ですね。この子……インプの思いは、生存に特化しただけの、不死の力として具現化したのでしょう。それに――えぇ。ゴロウさんの言いたいことはわかりますとも。
――あまりに可愛すぎて、この子からは脅威を感じない、ですよね!」
「えっと、それは……」
何かを言い淀むゴロウを余所に、ミュウは「ですよね!」と目を輝かせて、ミドリに激しい同意の念を示す。
次の瞬間ミュウは、ミドリを除く全員から、暗く冷たい目線を一斉に浴びることになる。
『やっぱり――世界に脅威を与えるような存在を可愛いと思うなんて、慎むべきなのね』
そう思ったミュウだったが、嬉しそうに満面の笑みで応えるミドリを見ると、そんなことはどうでも良くなったのだった。
「今回は可愛いで済むとして――もしも今後、『悪』や『欲』といった思いが具現化したのなら。想像するのも恐ろしいことです。
でも……現存する残滓は、討伐の手立てが立っている。そうなのでしょう?」
ミドリは、コリーに微笑みかける。
だが、その微笑みにはこれまでと異なり、悲哀のようなものが含まれていた。
その残滓の宿り先が自分の子供なのだから、それは持って当然の感情だろう。
「あぁ。インプを討伐する唯一の手段は、お前も知ってるとおり、自死させることだ。そして、ここにいる優男は、人に言うことを聞かせる力を持っている」
「おぉ、遂に現れたのですね……」
二百年の時を一瞬の無と共に移動したミドリ。この場の参集者を見るだけで、大まかな事情を察していた。
とは言え、詳しい事情は何も知らない。
ミドリは暫くの時間を費やし、コリーとの問答を繰り広げた。
「――あれから二百年以上も経過するのに、変異種は一度も一新していない。それは……えぇ、仕方の無いことですね。
――この世界に力がやって来る五十年の周期に、別の周期が追加された。残滓を討伐出来る力を持つのは、新しい周期でやって来た七人のうちの一人。
――死んで時と共に封じ込められた私は『インプの腹の中』に居た……」
ミドリ、そしてコリーは、わたしたちが居るこの場で話せる情報しか口にしなかった。
それでも、ミドリにとって有益となる情報を得たのだろう。
特に重要と思われる出来事を口にすると、再び笑みを浮かべた。
今度は、その笑顔に激しい怒りが込められているように感じる。
コリーも、特に失礼なことは言っていないと自覚しているようだが、何故かひどく焦っている。
「そうですか……確かに、考えられる限り最も安全な場所、ですものね。と言うことは、入れるときには当然、この子の腹を割いたのでしょうね。そして当然、出すときにも……ね?」
そんなミドリの視線の先には、未だにお腹の傷をさすり悶絶するインプたちの姿があった。
「じ、じじいは何も知らなかったんだ。まさか、自分の子供だと知ってたら百年以上も殺してこなかった……」
ドクターの罪を全て背負うつもりのゴロウが弁明するも、当然だがその発言は火に油を注ぐことになる。
「百年以上、殺してきた……?」
「す、す、済まない! わたしが全て悪いんだ。何も知らなかったとは言え、我が子だと気が付くことが……そんなことも、出来なかったのだから……」
慌てて謝罪するドクターだが、直ぐに自分の罪を再認識し、自責の念に苛まれる。
ミドリは大きな吐息の後に、ドクターに声を掛けた。
「はぁ……。――えぇ、仕方の無いことです。それに、あの子のお腹の中に居たおかげで、私は生き返ることが出来たのでしょう。しかも、全てが元どおり――大神父の役目まで取り戻したのですから。これは逆に、感謝すべきことなのでしょうね。
もちろん、あの子を殺めた罪が相殺されることなどあり得ませんが」
「あぁ、わかっているとも……」
ドクターはそう、力無く呟いた。
――先ず一つ、ドクターの最愛の人を生き返らせるという目的が達成された。
ユキではなく、ミドリとして生き返ったこと。
ミドリが緑の国の大神父だったこと。
厄災の残滓という、変異種とは異なる脅威の存在を知ったこと。
誰もが想定し得ない結果に終着したのだが、おじいさんの力を使うこと無く済んだのは僥倖だった。
次は、一先ず現状維持としたドクターの処遇を話し合うべく、ゴロウがその場を取り仕切る。
名案を思い付いたのだろうか、ゴロウがニヤニヤと笑みを浮かべながらその口を開いた。
「俺、良いこと思い付いたんだ。じじいが死んだら変異種も死ぬ。ここで生き返らせても、寿命で死んだじじいは、また即死するか、そもそも生き返らない可能性もある。
でも、俺が触れていれば、不老の力を同期しながら生き返ることが出来るんじゃないか?」
「なるほど……ミドリさんの話を聞くに、同期した不老の力は、ある程度老いてからの老化が無くなる。……でもそれ、どうなんだろうな」
ゴロウの案に、私の思い人が意見を言い始める。
「ドクターは風前の灯火で生き返るってことだろ? 例えばろうそくの灯火は、消える瞬間まで一定の火を保つけど、人間はそうもいかないだろう。それは、ほぼ寿命のまま生き存える、ってことだろうからな」
彼の言うとおりだ。
ほぼ寿命ということは、足腰が立たず、目を開けることも出来ず、耳だって聞こえないかもしれない。
それこそ思考だって停止している可能性があるのだ。
今でこそ、おそらくは変異種がドクターから全てを奪った時点の機能が維持されている。
だから、ちょっとしたヨボヨボで済んでいるのだ。
「打つ手無し、か……」
ゴロウは、たった一つの名案が覆ったことで、早々に諦めを持った。
もっと考えなさいよ!
そう思いつつ、ここで私も、思い付いた案を口にしてみる。
それは、おじいさんの力でドクターに何らかの力を宿したらどうか、というものだったのだが――




