07話 轟露輝斗『絶対的強者』
「マジか! すっげぇの手に入れちまったぜ!」
軽いジャブを地面に向けて繰り出す少年。
右手でジャブを放つ度に、真っ赤な地面が陥没していた。
その少年の周りには既に、何十もの陥没痕がある。
――約二十分前のこと。
目を開けると、眼前には雲一つ無い真っ青な空が広がっていた。
仰向けのまま顔を横に向けると、真っ青な空の下には、燃えさかるような真っ赤な地面が広がっているのが見えた。
上半身を起こすと、改めて辺りを見回す。
仰向けの時と、その景色は一切変わらない。
すぐ近く、地面に接地している部分を見てみる。燃えているように見えたのは、どうやら背丈の短い真っ赤な草のようだ。
まるで真っ赤な絨毯のように広がる草原の中に、仰向けで寝ていたらしい。
「そうか、俺、死んだのか……」
思い出せるのは、窓一つ無いバスの中の光景。
得体の知れないやつらと三時間も同じバスに乗って『どんな願いも叶うパワースポット』とやらを訪れ、願いを口にして、そしてまた三時間かけて帰るところだった。
帰路について一時間も経たないところで急に衝撃を感じ、そして次に感じたのは浮遊感だった。
そこからの記憶は無い。
いつも信じられるのは自分だけ。自分の感覚、直感だけを信じた。
「俺は……死んだ。バスが崖からでも落ちたんだろう。ガードレールを突き破る衝撃の後、落下する浮遊感を感じた。おそらくその後に激しい衝撃で即死したんだろうが、それを感じることなく逝けたのは救いだったかもしれねぇな。何しろ、痛みも恐怖も一切覚えてねぇんだから」
これは不運なのか、それとも誰かの陰謀なのか……
「くそっ! まだ何もしてねぇのに!」
思ったことを吐き捨てると、右拳で地面を叩き付けながら、またも仰向けになる。
すると、『ドゥン!』という衝撃音とともに、叩き付けた地面が爆発し、からだが宙に投げ出された。
仰向けからうつ伏せの状態に回転しながら、二メートルほど浮いたその状態で、なんとかバランスを取ろうと試みる。
だが、回転を続けるからだを制御できずに、真っ赤な絨毯の上に右側面から墜落した。
「ぐぅえっ!」
背丈が短い草はクッションの役割を果たすことは無く、ほぼ地山に叩き付けられた。
それでも、普段人が踏み固めることが無いためか、その地面は比較的弾力があり、少しの痛みで済んだ。
体勢を整えながら、爆発した地点から距離を取る。
未だ真っ赤な草が舞い散るその地点を見ると、何かが爆発したと言うよりも、何かが落下したかのように陥没していた。
「隕石、か? いや、何かが落ちてきたらさすがに見えんだろ……」
動体視力には自信があった。
小さい頃から殴り合いが大好きで、高校では公式に人を殴るためにボクシング部に入った。
二年連続でインターハイと国体の二冠を手にし、今年は三年連続二冠という実績を引っさげて、プロの道にでも……
「くそっ! まだ何もしてねぇのに!」
さっきとまるで同じ言葉を吐き捨てる。
語彙力が無くなるのも仕方が無いだろう。事故に遭って、たぶん死んだ。気付いたら真っ赤な草原の真ん中に寝転がっていた。地面が急に爆発した。訳のわからないことだらけなのだ。
「ここって、もしかすると異世界ってやつか? 何か最近そんなアニメ多いよな……って、あり得ねぇか。天国……には行けねぇだろうから、じゃあ、地獄か? 真っ赤な世界なんてイメージどおりじゃねぇか。でも、晴天なのは何かちげぇ気がすんな。
……それとも、外国か? 行ったこと無いけど、海の外はこんな感じなのか? くそっ……そうだ! 今度海外で練習試合とか聞いてたのによ!
あぁ……とりあえず、こういうことにしておこう。ここは日本じゃない。現実かどうかは知らん。何でこんなところにいるかは……陰謀だろ!
誰だ? あのバスに乗ってたヤツらか? そうだな。やけに怪しいやつらばっかだった。
ギラギラした目の男と女。ニコニコして腹の内を見せねぇじじぃ。気持ち悪ぃ白ブタ。薬でもやってそうなヤバそうな女。あと……あいつは、可愛かったな……」
もう一人、世の中のあらゆるものに喧嘩を売るような目つきをした、おそらく年下の女がいた。
そんな目つきも相まって、俺の好み、ドストライクだったのだ。
「初めての……初恋、ってやつか。しかも、もう会えないだろうから……最後の初恋でもある。
――って、何言ってんだ俺、バカか! それより、あいつらはどこ行きやがった? でも、同じバスに乗ってたんなら、俺と同じで巻き込まれてるはずか……」
何度見回しても、居ないものは居ない。
それがわかっていても、立ち上がり目を凝らして見回す。
だが、人影どころか何の構造物すら見当たらない。見えるのは空と草原、そして地平線のみ。
「ちっ……わけわかんねぇよ!」
地面を蹴り上げると、真っ赤な草が舞い上がった。
腰に手を当てて、空を見上げる。眩しい太陽が一つ、真上に輝いていた。
「とりあえず、わからないことがわかった。よし。じゃあ、わかることを整理しよう」
小さい頃から、勉強は全くできなかった。それでも、物事を考える頭は持っていた。
自分勝手な思い込みばかりだったが、不思議と全てが上手くいったのだ。
だから、それは俺の考える力が優れているからだろうと思った。
考えるとき、俺は頭で考えてそれを口に出すことにしている。
「俺は、轟露輝斗。全く、キラキラっつうかギラギラ黒光りした名前っつうか。とにかくひどい名前だよな。
……まぁ、クソ親父が目論んだとおりなのか、俺は『令和のロッキー』だとか『ロキ』だとか言われて恐れられた。命乞いをする弱いヤツは眼中に無かった……あぁ、命乞いするやつもいたし、俺の強さを知った上でお願いをするヤツもいたな。
もちろんそんなのも無視した。俺は願いなんて聞かないし、願ったりもしない。でも、どんな願いでも叶うパワースポットツアー、なんつう怪しいのには参加しちまった。
そもそも、何で俺宛にあんな紹介が来たんだ? よくもまぁこんな俺のところにこんなの出しやがったよな?
鼻で笑いつつも、その度胸に免じて参加してやることにした。それに、願うためじゃない。目標を立てるためだった。
何度でも言うが、俺は願ったりなんてしない。例え願いを叶えてもらったとして、それの何が嬉しいんだ?
強いて言うなら、俺は自分自身に願うことはある。でも、それは願いと言うより目標立てだ。『インターハイで優勝したい』と願う。そしてそれを自分で叶えるんだ。
誰よりも練習して、相手の分析だってする。そう、願いという目標を立てて、自分で叶えるんだ。そして今回、どんな願いでも叶うなんて言われりゃ、どでけぇ目標立てんだろうが!
しかも、パワースポットだ? あれ、墓だろうが! 神頼みかと思ったら、死人に願うってか?
俺は神にも人にも頼らねぇ。でもな、いくら死んでるとは言え、人前で小せぇ目標なんて言えやしねぇ。
俺は、『この拳で、この世界の誰よりも強くなりたい』と口にした。そう、この右拳で、一振りで全てを終わらせてやるんだ」
構えを取ると、見えない相手を思い浮かべ、挨拶代わりの右ジャブを放った。
すると、拳の先から出た何かが、目の前の草を舞き散らしながら駆け抜けていった。
そしてそれは、五メートルくらい先で消失した。
「なん、だ? もしかして、俺のジャブで衝撃波みたいなのを放ったとか? そうか、さっきの爆発……あれって、俺がこの右拳を地面に叩き付けたからじゃないのか?」
右拳を目の前に持ってくると、グーパーしながら眺めてみる。
見た目も感覚も、何も変わりが無いと思われた。
もう一度、少し下向きにジャブを放ってみた。やはり、俺が放った衝撃波で間違い無かった。
真っ赤な草が舞い上がり、裸になった地面は数センチ抉れていた。
「すっげぇ……何だこれ? 今まではこんなんじゃなかったよな……そりゃそうだ。こんな拳だったら風圧だけで相手を倒せちまう。
……うん。よし、わかった。俺、最強になったんだな。
癪だけど、誰かに願いを叶えられちまったみたいだ。……でもな、俺の勝手な解釈で申し訳無ぇが、叶ったのは『最強の拳』を得たことだけ。
実際に最強に成り上がるのは、この俺自身が叶える願いだ。つまり、最強の剣を持って冒険を始めるようなもんだな。剣を使いこなすのも、魔王を倒すのも俺次第ってことだ。
……って、使い道あんのか、これ? ここがどこだかわかんねぇけど、下手に振り回したら器物損壊とかで捕まっちまうわな。まぁ、いいや。
とりあえずは俺をこんなとこに連れてきやがったやつらをぶん殴るとして――冒険の、始まりだぜ!」
気が付くと、辺りには俺の衝撃波で陥没させた痕が点在していた。
肩を回しながら、その場を後にする。
今朝からずっと座っていたため、鈍っていたからだを動かしたかった。
ジョギングでからだを温めると、地面の感触も、重力も普段とはほとんど変わりなく感じた。
ということは、やはりここは地球で、海外のどこかなのだろう。
気候が穏やかだし、沖縄なのかもしれない。あそこも海外だもんな。
「問題は……誰か人を見つけたとして、言葉が通じるかどうかだな。でも、陰謀なら俺をどうにかしてぇんだろ?
ってことは、ここに居るやつらはみんな共犯かなんかだろうが! よっしゃ、怪しいヤツはぶっ飛ばす!」
走った勢いそのままを右拳に乗せ、目の前に渾身のストレートを放った。
これまで放ってきたジャブとは威力が桁違いのその衝撃波は、地面を数十センチ抉りながら、真っ赤な草を豪快に撒き散らす。
十メートル、二十メートル進んでも、その威力は衰えない。
「地平線までぶっ飛べや!」
衝撃波に、啖呵という追い風を乗せた、そのときだった。
その軌道上、すぐ先。何かが急に現れたのだ。
それは、人だった。寝転がっていた人が急に起き上がったのだろう。
「まずい……おい、お前、逃げろ!」
その人物に向かって大声で叫ぶ。衝撃波はその声すらも飲み込むと、一直線にその人物を襲った。
「やっべ……殺っちまった……」
グローブを付けずに人を殴ることは、これまでに何百回、何千回とあった。
でも、いつも手を抜いていた。全力で殴ったら顔の形が変わってしまうし、最悪殺してしまうことも考えられたから。
壊したくて殴るんじゃない。自分の強さを証明するためなのだ。
壊してしまったら、そいつは俺の強さの証人になれないのだから。
俺が放った衝撃波は、威力が衰えることが無いままその人物にぶつかった……と、思われた。
信じられない光景を見た。
衝撃波は、その人物にぶつかったと思われた瞬間、止まった。
だが瞬時に、先ほど放ったものとそっくりそのままの威力で、こちらに向かい始めたのだ。
まるで、その人物が衝撃を跳ね返したかのように見えた。
まずは人を殺めなかったことに安堵しつつ、自分に襲いかかる衝撃波に向かい立つ。
「くっはっは! おもしれぇ……面白いじゃねぇか! なんだよこれ。俺がつくった衝撃波だ。そっくりそのままの衝撃波で消し去ってやらぁ!」
大きく振りかぶると、先ほど同様の渾身の右ストレートを、その衝撃波に叩き付けた。
まるで空中で爆発が生じたように、『ドオォン』という衝撃音とともに、激しい風圧が辺りに散った。
威力が相殺された場所の地面は、大きく抉れているのが見える。
「攻撃力で勝てねぇなら、俺の攻撃をそっくりそのまま利用してやろうってか? なんだよ、俺対策万全かよ! でもな、俺は負けねぇ! 跳ね返す壁があるんなら、その壁ごと破壊してやらぁ!」
両拳を目の前に構えると、ステップを踏む。
地面が剥ぎ取られ、道のようになった直線を進む。
真っ赤な草が全て地面に舞い落ちると、約二十メートルの距離でその人物と目が合った。
その人物は、同じバスに乗っていた目つきの悪い女。
俺の、最初で最後の初恋相手だった。




