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78話 超越

 ミュウは、この世界に対してただ一つの不満を有していた。

 それは、全ての男性あるいはオスが『忌々しいあの男』の姿に見えてしまうこと。

 黒髪の転生者、大神父だけは例外で、そのままの姿に見ることが出来る。


 ここまでするか!?


 そう思ったのは、変異種の人魚を見たときだ。人間である上半身だけが、あの男の姿に見えたのだ。

 つい先日、レイが見てしまったという変異種ゴキも、あれが雄だったら……いや、気持ち悪いから想像もしたくない。


 初めのうちは、周囲の男性全てに襲いかかるほどに取り乱していた。

 縄で縛られ拘束され、だが、わたしは次第に知ることになる。

 この世界の住人は、人を外見では判断しないのだ。


 獣人にしても様々な種類が存在し、その見た目は多種多様だ。


 もちろん、見た目を形容することもあるのだが、『長毛、短毛』『耳が立っている、垂れている』『尻尾が長い、短い』など、優劣ではなくて、ただの特徴としか捉えていない。



 拘束から解放されたわたしの周りには、いつも村の若い女の子が寄ってきた。

 珍しい黒髪のわたしに合う服を持ち寄り、まるで着せ替え人形のように扱われた。

 それこそ、わたしの珍しい外見にだけ興味があるのだと、そう思っていたのだが――そんな女の子達に戸惑い接するわたしに、おじいさんは優しい口調で言ってくれた。


「あの子達は、ミュウさんの内面を知りたいのでしょう。この世界の住人にも隠し事はあるでしょうが、自分の思いや感情を隠すことは一切していないように思えます。あの子達は、何も隠さないミュウさん――本当のミュウさんを見たいと、そう思っているのですよ」


 わたしは、両親の幸せを叶えるためだけの道具として、自分を封印してきた。


 本当のわたし……本当のわたしって、何?

 あの男と接していたときのわたし?

 それは自分にもわからなかった。


 とにかく、先ずは自分に素直に生きようと思った。素の自分が、本当のわたし。

 そうだ、これからなのだ。この世界で、わたしは本当の自分を見つけるのだ。




 ――改めて、わたしは目の前の女性を見つめる。

 一切のお世辞を抜きにして、その女性はこれまで見てきた誰よりも、桁違いに美しい。

 レイも綺麗なのは間違い無いが、その女性、ミドリは美を具現化したような、人の美を超越した存在なのだ。


 そんなミドリは、目の前でドクターへの愛が紛う事なきものだと語っている。


 しかし……お世辞にも魅力を感じないドクターの何処に惹かれたのだろうか。

 外見では判断しないにしても、内面も、研究にしか興味の無さそうなこの老人に何故……?


 ミドリとドクターを交互に見て考え込むのは、わたしだけではなかった。

 レイも、レイの思い人も、そしてゴロウでさえ眉をひそめて、その目線は二人を何度も往復している。

 わたしたちのそんな様子を察したのか。


「こいつ、趣味がすっげぇわりぃんだ。インプのことも可愛いとか言い出すんじゃねぇか? がはは!」


 コリーの発言は、気心の知れた相手への冗談なのか、あるいは失言か。

 そんなコリーに、ミドリは害虫でも見るかのような冷たい目線を浴びせているから、それは後者で間違い無いのだろう。



 そして次の瞬間、ミュウは見た。いや、二人の残像だけが見えたのだが。

 残像明けのコリーは、両方の手のひらでミドリの右拳を受け止めていた。

 どうやら、腰の入ったミドリの渾身の右ストレートを、コリーが受け止めたようだ。


ってぇ……」


 あまりの衝撃に腫れでもしたのか、コリーは手のひらに『ふぅふぅ』と息を吹きかけている。

 ミュウがいくら殴っても蹴っても、コリーは「痒いから止めろよ!」と笑うのに、受け止めたその手をあそこまで痛がるとは……。


 どうやらこのミドリ、ただの絶世の美女では無いようだ。

 趣味が悪くて、戦闘能力が異常に高いのかもしれない。

 もしかすると、他の大神父もあんな見た目をして、違えず強いのだろうか――


 というか、それよりも気になることがある。

 なんか、コリーの言い方、まるでインプが可愛くないみたいじゃない?


 ミュウは、インプを一目見て、『何あれ……あんな可愛い生き物、見たことない!』とその目を輝かせていた。

 漆黒や濃紺、濃い紫色を好むミュウにとって、インプの肌の色も、一つ目を含めたそのフォルムも、好みのど真ん中だったのだ。


 そう言えば……わたしと同じく初めてインプを見たときのレイは、その綺麗な顔をしかめていたような気がする。

 ……そうか、そう言えばレイは、予知映像でインプに頭を割られ殺されたと言っていた。

 そう、トラウマ的な存在なのだろう。そうに違いない。




 ドクターの何に惹かれたのかという迷宮入りしそうな謎には触れること無く、ミドリは話を続けた。


「ゴンゾウさんに触れてしまったわたくしは、全てを思い出しました。そう……七十年もの間、私はコリーに雑用を押し付けられていたのです!」

「そこ!? いやいや、変異種をばらまく危険な女を外には出せないだろうが! むしろ、感謝して欲しいんだが?」

「うふふ。――えぇ、わかっています。だから、先ほどは手加減をしてあげたのですよ」


 コリーが本気で痛がるあのパンチが、手加減をしたものだったとは。

 というか、段々と話の進み具合が遅くなっている気がする。

 やはり見た目が良いだけで、この美人も大神父なのだ。大神父の性分は基本的に同じなのだろう。


「私は、変異種に全ての力を奪われてしまいました。不老の力を同期していたことで、この命はなんとか保たれたのですが……まさか、老いることになるとは……」

「がはは! ばばぁのミドリも悪くなかったぜ?」

「ばばぁ言うな! ――役目も、思い出すことは出来ました。ですが、それを果たす力を失っていたのです」


 導く力のことを言っているのだと思うが……これまでの経緯から推察するに、通常の力とは扱いが異なるのだろう。

 同期することも出来ず、他の人に移ることも無かったのだ。

 もしかすると、記憶を失い役目を忘れた時点で、それは失われていたのかもしれない。


「私という存在が無くなることで、新たに役目を果たす者――代わりの大神父が生まれるかもしれない。そう考えた私は、自身の生を終えることを考えました。ですが――最後に、普通の幸せというものを得たいと、そう願ってしまったのです。

 結果、幸いなことに、ゴンゾウさんとの子供をこのお腹に宿すことが出来ました……。ですが、やはり――こんな私が、普通の幸せなど望んではいけなかったのです」



 それで、お腹の子供には変異種インプの概念が宿ってしまった、というわけか……。

 それは神の所業でなくて、この世界の理によるもの。自身の運命しか、恨む事が出来ないのだろう。

 ただ、その時点で緑の国には変異種の存在が二つとなった訳だが……とすると、そのどちらかが『残滓ざんし』と呼ばれるナニかなのだろうか。


「まさか、厄災の残滓が私の子に宿るとは、思いも寄りませんでした……」


 どうやらインプの方が残滓と呼ばれる存在だったようだ。

 厄災の残滓とは一体何なのか。それを説明してくれたのは、コリーだった。

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