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76話 復活

 ゴロウは何かを念じるように、小さい女性に向かい右の手のひらを向けた。

 すると、テーブル上に置かれた女性は、一瞬でそのサイズが等身大へと変わる。

 時の止まったその女性は、胸の前で手を組み、ただ眠っているように見えた。


「マジかよ……黒髪だけど、こいつはミドリじゃないか?」

「夢で見た白髪の、あの女性の顔だ……やはり、あれがミドリという女性だったのか……」


 言葉に詰まる二人に、私は先ほどの、タコロスの憶測を伝えてみた。

 やはり、時を解放してみないとわからない、という結論が付けられた。



「……ちなみに、インプはどうなったの?」


 誰もがゴロウの次の行動を見守る中、ミュウだけは心配そうな表情で、変異種の生死を気にしていた。

 まさかとは思うのだが、ミュウはインプのことを、まるで子猫を見るかのような目で見ていた気がする。


 悪魔に魂を売っていそうなミュウならば、あの悪魔のような変異種を可愛いとさえ思えるのかもしれないが……。


「あぁ。今回はね、死なないように腹を割いてみたのだよ。わたしは医者ではないのだけれど、インプの生死の分かれ目は誰よりも熟知しているつもりだ。未だ生きているから、安心してほしい」

「良かった……じゃあ、生き返ったユキさんと対面できるってことだね!」


 あっ、そうか!

 母と子の感動の対面、そのことを考えてくれていたのか。

 それを、悪魔に魂売るとかなんとか、勝手なこと考えてごめん!



「そうだな……」


 そう呟くと、ドクターはまた奥の部屋に入り、インプが入った網を引きずり戻った。

 腹を割かれたという真ん中のインプだけでなく、他の二体も苦痛に顔を歪めている。

 三体で一体を成すというのは本当で、感覚も共有されているのだろうか。


 でも、これ……感動の対面になるのかな?

 腹を割かれて悶絶するインプとの対面だよね?


 ――ねぇ、あなたたち? 私の子に何をしてくれたわけ?――


 もしかすると、これがユキさん復活後の第一声かもしれない。

 場は荒れそうだが、そこに血は流れないだろう。

 とにかく、黙って展開を見ることにする。




「じゃあ、時を解放するぞ」


 ゴロウが全員を見回し、その目線がユキさんへと戻ると、またも念じるように目を閉じる。


 視覚では何の変状も見て取ることが出来なかった。

 それでも、間違い無く解放されたという感覚は得た。


 生死は別として、ユキさんからは生物特有の存在感、あるいは雰囲気と言うべきか、それらを感じ取ることが出来るのだ。

 死んで間もなく封じ込められたからか、そこには未だ温もりも、匂いも感じる。


 ドクターがよく知る見た目とは違うのだろう。

 それでも、ドクターは戸惑いながらも、その目には涙を浮かべていた。



「さて、と……これ、生きてるのか?」


 パッと見ただけではわからない。

 呼吸をしていれば、胸の動きでわかりそうだが……全く動いていないように見えるのは、ゴロウだけでなく、私たちも同じだった。


「ゴロウが触れて、答えを得るのが手っ取り早いんじゃない? 心臓の鼓動を確認するでも良いけどね」

「……じゃあ、俺が触れて、生死を問うぞ? じじい、良いか?」


 ドクターの頷きにより、ゴロウは目の前の人妻に触れる許可を得た。

 ユキさんの左側に立っていたゴロウは、その右手を心臓に向けて伸ばす。


 何だか胸部に一直線に向かっているようで『いや、手とか肩に触れれば良くない?』と思いつつも、その問いの重みは理解できるため、誰も何も言わなかった。

 だが――ゴロウが触れようとした、その時だった。



 ユキさんの目が、ゆっくりと開いたのだ。

 開かれた大きな黒い目が照明を捉えてしまったのか、大きく顔を歪ませる。

 ユキさんは右手を動かし目の前にかざすと、目元に影をつくった。


 生き返ったというよりは、目を覚ましたという表現が相応しいかもしれない。

 二百年もの間、死して時を封じ込められていたのだが――本人にとっては、死という暗闇の中で、たったの数分間過ごしただけ。


 そんな、最愛の人が動く姿を二百年振りに見て、ドクターはソファの前に膝を付き、崩れた。


「あぁ……ユキ、なのか……?」


 ユキさんの目がゆっくりと時間を掛けて、声のした方へと向く。

 ドクターの姿をしばらく見つめると、次に、順番に辺りを見回した。

 最後にまたドクターで目線を止めると、ゆっくりと目を閉じる。


 最後に思い出せる記憶を辿り、自分の置かれた状況を掴もうとしているに違いない。

 死んだはずの自分が何故生きているのか……などと考えているのだろう。


 しばらくすると、ユキさんは薄らと目を開け、両手を使って上半身を起こした。

 改めて、さっきよりも時間を掛けて辺りを見回すと、今度は、その目線はドクターとは別の場所に終着することになる。


 その目はドクター、ゴロウを通り過ぎ、インプに少し留まるも、すぐにまた動き始め――止まったその先は、コリーだった。

 ユキさんはそのとき、初めて微笑んだ。


 まるで血の気が一切無いように真っ白く透き通った肌。

 その笑顔は、人が表するものとは思えないほど、これまで見たどんな笑顔よりも美しいと感じた。

 白い肌とは対照的に、健康的に赤く潤んだ唇が動くと、そこからは予想もしない言葉が発せられる。



わたくしの名前は、ミドリです。ですが……ゴンゾウさん。あなたにとっての私は、ユキで間違いありません。

 ――ときに、コリー? 私が生き返ったということは、残滓ざんしを討伐する手立てが立ったと、そう考えてもよろしくて?」


 ミドリと名乗る、ユキさんの復活劇。

 それにより、私たちを取り囲む環境は、大きく変わろうとしていた――

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