75話 現状維持
黙り仁王立ちするコリーに、私はため息と共に諦めを付けた。
そんな私の様子を見届けると、ゴロウは話を再開させる。
「じゃあ、じじい――先に死んどくか?」
「ゴロウ、言い方考えろ!」
あの人が久しぶりに発した言葉は、ゴロウへのツッコミだった。
私と同じツッコミ属性なのかもしれない。ツッコミの絶えない良い家庭を築けそうだ……などと一瞬考えた後に、すぐにまた疑問が生じる。
「あ――思ったんだけど。本当に死んでいる時間がある訳だから、その間は間違い無くゴロウが生き残りになるよね?」
「……おい、まさか……その間に導かれちまうってか? やだよ、俺、行きたくねぇよ!」
まるで、歯医者に行くのを拒絶する子供のようだ。
そんなゴロウが、悔しくも可愛く見えてしまった。
続けて、あの人にも疑義が生じたようだ。
「ドクターは寿命で死んだんだよな? じゃあ、生き返ってもすぐにまた死んでしまうんじゃないか?」
これまで生き返った人の話を聞くに、致命傷や病は完治した上で復活しているようだ。
でも、果たして寿命はどうなのだろうか?
これこそ、自然の摂理に反した行為ではないだろうか。
あの人の疑問はもっともだし、そもそもおじいさんの力では生き返らない可能性だって考えられる。
「シンジくんの言うとおりだな。わたしは奇しくも変異種に寄生されたおかげで生き存えている。……思うのだが、わたしはこのままで居るのが望ましいのでは?」
「……じじいは化けじじいのまま生き続ける。変異種だって、既に討伐判定されてるわけだし……変異種枠が埋まる訳でも無い。何より、腐敗臭もしないしな!」
というわけで、本人了承の下、一先ずドクターは現状維持で決定。
全員の視線が一斉に、インプへと向かう。
「ギャ?」
インプたちは何かを察したのか、騒ぎ始める。
「なぁ、じじい。ユキは、どのコユキの中に入ってんだ?」
「コユキと呼ばれると、何だか胸が痛いから止めて欲しいな。……その、いつも真ん中に居るインプの中だ」
「あぁ、いつも二番目に発言する、『コユキその弐』か」
言葉を教えたというゴロウは、実はコユキとして接していたのかもしれない。
網の中で「ギャーギャー」と耳障りな声で騒ぐインプは、やはりどう見ても気持ちが悪い。
今からこの生物のお腹を割くというのか。
……私、見なくても良いよね?
見ないけど……せめて、結果は見ておこう。
そう考えると、ゴロウがこれから取るであろう行動を思い浮かべ、目を閉じる。
――どぎつい紫色のソファに腰掛けた面々が話し合っている。
「さてと。じゃあ、誰がその場まで行くか、だな。この中だと、遠隔会話が出来る姉ちゃんは必須だろう」
ゴロウがその場を仕切り、周りの人間は何かを考えながらも、頷いていた――
――私は、その結果を皆に共有した。
私たちは今と全く変わらない位置に腰掛けていたし、インプもほぼ同じ位置で網の中に居た。
ただし、一つ、決定的に異なる点があった。
人数が一人、増えていたのだ。
黒髪の綺麗な女性だったから、それはユキさんと考えて間違い無いだろう。
でも、気になるのは……話に聞いていた年齢とは、明らかに異なるところ。
私よりも若干年上かと思える、若々しい見た目をしていたのだ。
「……まさか、ミドリとして復活したとかか?」
「し、しかし……いや、わたしは思い出せないのだが、ミドリは白髪の筈だろう?」
「……じじい、インプの腹に残ってたユキを見たんだろ?」
「あ、あぁ。その後も定期的にユキの存在を確認している。……だがね、わたしが確認してきたのは、腹の中に封じ込め体があるという事実だけ。中身のユキがどのような状態かまでは確認してこなかった」
「まぁ、小瓶に入るくらいに圧縮したし、血が付着してよく見えなかっただろうからな……。一先ず、ユキを取り出してみればわかるか」
「そうだな。時さえ解放しなければ、何も問題無いだろう……」
ソファから立ち上がったドクターは、徐にインプの入った網へと近付く。
そして、網の先端から延びる持ち運び用の紐を掴むと、奥へと引きずり始めた。
「実験は、いつも奥の部屋でしている。君たちは見たくないだろう? だから、此処で待っていてくれ。ゴロウ、君だけは頼むよ」
「……あぁ」
ゴロウでなければ、触れるだけで封じ込め体が解除されてしまう。
それがわかっていても、出来るなら立ち会いたくないと思っていたのだろう。
そもそも気持ち悪いし、ゴロウには情だってある筈なのだから――
二人が奥の部屋に入るのを見届けると、私たちはようやく一息つくことが出来た。
二人が戻るまで少し休もうと、ソファに背を持たれたのだが……タコロスが不意に話しかけてきたのだった。
『あのさ、あくまでも可能性の話なんだけど、聞いてくれるか?』
相も変わらず憶測を思い付いたのだろう。
タコロスの憶測はあり得そうだし何よりも面白いのだが、悉く真実からは外れていた。
最近では『ドクター大神父説』が外れたし、『同時期にやって来た七人の力、生き残りに集約する説』も、ゴロウが別時期に来た女性の力を宿したことで覆されていたのだ。
「聞くだけ聞くけど?」
『先ずは疑問に思ったことがある。インプの腹の中に居るユキさんは、何でインプと一緒に消えるんだ?』
「たしかに……そうだよね。もしかすると、インプのからだの一部みたいな扱いになってるとか?」
『そう、俺もそれを考えた。そんなインプは、消えるとすぐに森の中で復活する。何をされても、元どおりのからだで、だ』
「まさか、ユキさんも元の状態に戻って、生き返ってるとか言いたいの?」
『面白いけど、これこそあり得ないか……』
「それがあり得たとして。でも、何でユキさんは若返りまでしてるわけ?」
『ユキさんの老化は、変異種に生命力を奪われたから。……怪我みたいな、外的要因だと判定されたとか?』
「うーん……だけどさ、もしも生き返ってるなら、力の数にカウントされてもおかしくないんじゃない? でも、この緑の国には……ミュウとインプの二つしか無かったんだよ?」
『そもそも、一度他人に移った力って戻るのか?』
すっかり休むことは諦めて、タコロスとの会話をミュウとあの人にも共有した。
新たな疑問は、コリーに聞いてみないとわかりようが無いことだった。
でも、答えてくれるか、そもそも知っているのかさえ怪しい。
「ねぇ、コリー。ユキさんが生き返ったら、ゴロウに移った不老の力はどうなるの? また、ユキさんに戻る?」
「……それは、言えないんじゃなくて、俺にもわからん。事例が無いからな」
やっぱり……と思いつつも、そう言えばタコロスの事例があるような、とも考えた。
とは言え、タコロスの場合は死んで直ぐに、真っ暗闇の謎の空間に居たというのだ。
過去の視界映像でもその状況を確認できるし、何故か力も自身に宿したまま。
だから、あれは特殊な事例なのだろう。
本当に、役に立たない男なのだ。
「まぁ、とにかく。時を解放すれば全てがわかるでしょうね」
結局、考えてもわからないことがわかった。
私のその結論じみた言葉を最後に、ドクターとゴロウが部屋へと戻る。
ゴロウは、小さい何かを大事そうに、その手のひらの上に載せていた。
ガラス製のテーブルの上にそっと置かれたそれは、十センチメートル程度の小さな人間。
封じ込める壁は目に見えないというから、ただ小さい人間が仰向けに寝ているように見える。
その人間は、黒髪の女性。
小さいながらも、結果予知で初めて見た見知らぬ女性の姿と一致した。




