74話 インプのお腹の中
ドクターはその目に涙を浮かべ、ゴロウへの謝罪を始めた。
でも、ゴロウはそんな謝罪を突き返す。
「知らねえよ」
「……それは、そうだろう。あぁ、わたしは君に何をしてあげれば……」
「だから、知らねえって。俺は自分がしたいことをしてきただけだ。それに、例えそんなことを知ったところで、俺の後悔が消える訳でも無い」
「し、しかし――」
「じじいは此処で待っててくれりゃ良いんだ。あぁ、不死の研究は大事だから、それを続けてくれれば良い! ……いや、訂正だ。それはやっちゃいけねえな。まさか、これからも自分のガキを殺し続けたくねえもんな!」
「ふっ……ふふふっ。あははは! それは、そうだな。まさか、ユキのお腹で育った我が子を百年以上殺し続けてきたなんて……」
「な? 圧倒的に俺が悪いだろ? ってことで、これからは時を移動しない。これまで以上にじじいの願いを叶えるために動くから、それで勘弁しろや!」
この二人は、かなり強い絆で結ばれているようだ。
同期と言うだけで、何故にここまで……いや、それは愚問か。
二人とも、人を思いやることが出来るのだ。それも、過ぎるほどに。
ただ、それだけのことなのだ。
「じゃあ、過去の話はこれで終わり。これからは前を向くとしよう。何をするか、話し合おうぜ! ……そうだ、じじい。ユキは何処に保管してるんだ?」
確か、ゴロウはユキさんを圧縮して、小瓶に封じ込めたと言っていた。
何となく、これまでの流れから『厠かな?』と、わたしは予想していたのだが。
ドクターは予想外の答えを口にした。
「……それなんだが。初めは、その……厠に置いていたんだ。何処にでも隠せるが、やっぱりそこが一番安全だと思ってね」
「やっぱりかよ……でも、初めは、ってことは今は何処に?」
「あぁ……その、そこのインプのお腹の中だ」
「「――は?」」
あまりの答えに、私たちもゴロウと声を合わせて驚いてしまう。
お腹の中と言うことは……まさか、何かと間違えて食べてしまったのだろうか……あのからだの大きさだし、排泄物として出すにも出口で詰まりそうだ。
「ほら、小瓶に入っているから、瓶自体は触れても封じ込めが解除されない。インプで実験を続けていて、ふと思ったんだ。『もしも不死のこいつらの中に収納出来たら、もしかしたらそれが一番安全なのでは?』と」
「そりゃ、こいつらのお腹を開くのはじじいくらいしか居ないだろうけどよ……そんなことが可能なのか? って、未だにそこにあるってことは、可能なんだろうな」
「あぁ。……インプはね、息絶えると消滅する。手とか足とか、切り落とした部位も含めて消えて無くなるのだ。でもね、再生可能な部分は剥いでも、切り落としても、その場に残るんだ」
その話を聞き改めて、腰掛けているどぎつい紫色のソファを見た。
間違い無くこれが、再生可能な『剥いだ部位』をふんだんに使ったものなのだろう。
「この小瓶はインプとは全く切り離された物質。だから、まさか一緒に消滅することなど無いと思って、軽い気持ちで腹を割いて入れてみた。そしたら案の定、夥しい量の血液と一緒に、小瓶がその場に残った。
やはり廁に安置しようと、瓶に付着した血を洗い流したそのときに気が付いた。中身が無くなっていたんだ。あまりのことに、わたしは小瓶を落とし割ってしまうほど動揺した。
中身だけ……ユキだけ、インプの中に入ったまま消滅してしまったのだ。復活したインプのお腹に、ユキが残っているという保証も無い。軽率な行いを悔やみながら、またインプが連れて来られる二週間をほとんど寝ずに過ごした。
でも……割いたそのお腹には、圧縮されたユキが入ったままだった。
安心したわたしの前で、腹を割かれたインプはまた、ユキと共に消え去った。
何故、ユキも一緒に消えるのか……もしかすると、そこにはゴロウの力が込められているからだろうか?」
疑問と共にドクターの説明が終了する。
「インプに触れさえすれば、その答えも得られるかもだけど……まぁ、消えないって事実があれば理由は不要だろ。
でもよぉ、ユキを生き返らせるときは、まずインプの腹を割いてユキを取り出す必要があるってのか? ……くそっ、手間取らせやがって!」
「本当に、わたしの軽はずみな行動で済まんな」
「まぁ、いいさ。じゃあ……どっちから生き返らせるか、だな?」
ユキさんの居場所もわかったところで、ゴロウは先ず今後の行動を二択に絞った。
ゴロウの願いでドクターを生き返らせるか。
それとも、ドクターの願いでユキさんを生き返らせるか。
でも、その前に、私にはどうしても聞いておきたいことがあった。
これは断じて空気を読まない行動ではない。自分で言うのも何だが、わたしは空気も先のことも、読めすぎるほど読むのだから。
「ちょっと待って。……インプは、緑の国の変異種。そして、ドクターに寄生しているのは赤の国の変異種。そう言ってたよね?」
「んだよ姉ちゃん、話が進まねえじゃねえか……って、そうか。姉ちゃんは『じゃあ何で、赤の国の変異種はその後も現れやがったんだ? テメェ、あのゴキは何なんだったんだよ!』って言いたいんだな?」
「言いたいことは合ってるけど、私、絶対にそんな口調で言わないからね?」
「それは、俺だって疑問に思ったことがある。でも、じじいに寄生してる変異種は力を失っただろ? だから、討伐されたと判定されたんじゃないか?」
「なる、ほど……あんた、何も考えてないようで考えてるのね。……そっか、答えを得る力を持ってるし、当然だよね」
「おいおい、酷い言われようだな。その疑問に対する答えは未だに無いからな? だから、間違い無く俺の考えだ」
となると、赤の国ではドクターが寿命を迎えたときから、次の変異種が現れている。そういうこと。
でも、もしもその考えが合っているとしたら、新たな疑問が生じてしまうのだ。
「今の考えを踏まえて、これはコリーに聞きたいんだけど、良い?」
「……おぉ。言えることなら答えてやるぜ?」
「大神父は、同時期にやって来た七人の生き残りを始まりの地に導くんだよね?」
「あぁ、そうだ」
「ドクターは死んでるんだよね?」
「……あぁ、お前の言いたいことはわかる。『じゃあ、二百年以上前からゴロウが生き残りなんだろうが! 何で導かねぇんだよテメェ!』って言いたいんだろう?」
「言いたいことは合ってるけど、私、絶対にそんな口調で言わないからね? 何でそんなイメージ持たれてるわけ?」
何とも腹立たしいのだが。でもそれよりも今は、この疑問への答えを得るのが先だ。
コリーが答えてくれることに期待し、意識して強く睨む。
「俺が導かない理由はただ一つ。未だ、ゴロウが生き残りじゃないからだ」
「……生きてるように見えるから、生存判定されてるってこと? それとも……もしかして、他にも生存者が居るとか?」
「……」
オークはそれきり、黙りを決め込んだようだ。
答えによっては、先ほどの疑問が再沸していたのだが……何故なら、力を失っただけならば生存判定――つまり、ドクターに寄生している変異種も討伐判定とはならない。
そう考えられるのだから。




