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73話 ドクターの語り

 最後に、私たちが抱いた疑問に全て答えると、ゴロウの話は終了した。


 ミュウとあの人は、ずっと俯いたまま。

 でも、わたしはずっと、この目でゴロウの表情を真っ直ぐに捉えていた。

 私の目に映っているのは、人の良さそうな七三分けの、やたらすっきりとした表情の男だ。


 遠隔で私たちの視界を見ているタコロスは、私たちの会話をそっくりそのまま口にしていた。

 すぐ隣に座っているおじいさんに聞かせているのだ。

 本来なら干渉用語で話せない内容ばかりの会話。でも、この世界の誰かが話した内容をオウム返しする場合は口にすることが出来るようなのだ。


 ただし、リアルタイムで聞く会話とタコロスの画面から聞こえる声が重複するのは、正直うざったい。

 そんなわたしの様子を見て察したのか、私に直接問い掛ける声以外は、無音に近いほどに音量を下げてくれていたのだった。


 ……おじいさん、号泣してるんだろうな。

 そんなことを考えつつ、ゴロウの話を聞いたドクターの反応を待った。



「……ゴロウの思いはわかった。……でも……何故、わたしにそれを教えてくれなかったんだ? 君が一人で抱え込むことも無かっただろう……」


 その理由もわかっていて、敢えて聞いているのだろうと思った。

 ユキを生き返らせたいという願いが叶うまで、ドクターは死ぬことが出来ない。その願いを叶えるために、ゴロウはドクターを守るべく行動してきたし、例え本当のことを教えても、何も状況は変わらないのだ。

 ゴロウが一人、その胸に思いを持ち続けるだけで、ドクターの願いが叶えばそれで良いと、そう思っているのだろう。


「……俺は、本当に悔いていることが二つもあるんだ。インプがユキの子供だということを言えなかったにせよ……せめて……じじいが殺し続ける状況なんて、あってはならないのに……。

 それもあって、俺が『不老』だということは明かすべきだったんだ。じじいと一緒の時を生きていれば、インプを殺させなかった。それが、一つ目。

 そして二つ目……必要な力が現れるのを待つんじゃない……俺自身が動いて、探すべきだったんだ。俺は……逃げていたんだな……」



 悔やんでも悔やみきれないのか、ゴロウは頭を抱えて項垂れた。

 同じように項垂れる面々の中、私はじっと、ドクターを見つめていた。

 私が冷たい女だと思われるのは心外で、これは後に映像で振り返ることが出来るように、一部始終を捉えるためなのだ。


 すると、ドクターは何かを思い詰めたままの表情で呟いた。



「あぁ……本当に悪いのは、わたしの方なんだ。ゴロウの思いを知りながら……そうだ。全てでは無いにせよ、わたしにもわかっていたのだから……」


 ドクターも、決して何も知らなかった訳が無い。

 それは、この場の誰もが思ったことだろう。

 記憶を失ったドクターは、でも、力を失うまでは答えを得ることが出来たのだから。


『此処は何処、わたしは誰?』


 そんな自問に対して、その答えを得ていた筈なのだ。

 呟きは直ぐに、今度はドクターの語りへと変わる。

 それは先程のゴロウと同じ、過去のこと。




「――ユキと出会ったその日のことだ。見知らぬ世界にやって来たと思ったわたしは、でも、それが初めてでは無いことを知った。

 二年前にやって来たのに、自身に寄生した変異種のせいで、記憶を失っただけだったのだ。


 自問に対する答えを得ることで、断片的にだが記憶を取り戻すことは出来た。

 わたしには愛する女性が居て、その女性の名前はミドリ。でも、得た情報は名前だけだった。


 そんなわたしの前に、ユキと名乗る黒髪の女性が現れた。

 名前は違うが、でも何故か、ユキがミドリなのだろう、という確信に近い思いを持った。


 名前を偽り、何も教えてくれないユキ。

 でも、わたしを愛してくれていることだけは隠していなかった。


 だから、わたしは問いを、そして疑問を持つことをやめた。



 その後、わたしが問いを持ったのは二度の機会だ。


 一度目は、ユキが命を落としたとき。

 ユキの手を握って、わたしはこの無情な世界に疑問を抱いたのだ。

『何故、ユキの命を奪ったのだ』

 と。その答えは得ることが出来なかった。


 代わりに、

『わたしはどうすればいい?』

 という問いには、『ユキの時間を止めればいい』という答えが返ってきた。


 それは答えなのか、わたしの願望から来るただの思い付きだったのか、それはわからなかった。

 ゴロウにそれをお願いすると、まるで予想していたかのように、すぐに時と共にユキを封じ込めて圧縮までしてくれたよ。



 そして、二度目。

 ユキの時を封じ込めてもらい、あとは求める力が現れるのを待つのみ。

 だが……いつになってもそんな力は現れないのではないだろうか……

 わたしの老い先が短いのは明らかなのだ。


『わたしのこの時も、ゴロウに封じ込めてもらうべきなのか?』

 不安に駆られたわたしは、そんな問いを持った。

 すると、

『寄生している変異種には寿命が無い。わたしの全ての機能が奪われた後は、寄生されている限り、わたしが死んだとしてもわたしの機能は生き続ける』

 という答えを得た。


 そこから、自問自答を繰り返した。


『わたしが寿命で死んだら、わたしの力はどうなる? 変異種に奪われるから、変異種のものとなるのか?』

『最も親しい存在であるゴロウに宿ることになる』


『変異種に奪われた力が何故ゴロウに移るんだ?』

『わたしが同期している力は、わたしの力だと判定されるからだ』


『まさかとは思うが、それだと同期する力自体も移ったりしないか?』

『同期の力も移動することになるだろうな』


『……この変異種も意思を持っているだろうから、この答えをもって、わたしとの同期を解除するのでは?』

『例え意思を持っていたとしても、この力は、一度同期したものを取りやめることは出来ない。ただし、上書きによる解除は可能だ』


『じゃあ、これまでどおり誰にも触れずに寿命を迎えれば上書きされなくて済む。……結果、ゴロウは合計で四つの力を持つことになるのだな?』

『四つではない。五つの力だ。ユキの持っていた不老の力が、既にゴロウに宿っているから』


『何? ……何故、ユキの力はゴロウに宿った?』


 その先は、ゴロウが得た答えと同じだから、省略しよう。



 ――答えを得て、結果、わたしは嬉しかった。

 ゴロウは、自身の時を封じ込めるのに、生命力を消費する。だから、不老の力を得たことで、その使用に不自由が無くなるのだから。


 でもわたしはそこで、あることを考えた。

 ゴロウはきっと、ユキを生き返らせたいというわたしの願いを叶えようとするだろう。

 もしも自身に不老の力が宿ったことを知れば、いろいろと無茶をするかもしれない。


 不老なだけで、不死ではないのだ。

 わたしなんかのために危険を冒すよりも、来たるべき時まで時を移動してもらった方が断然良い。


 だから、わたしはゴロウに不老の力のことを教えないことにした。



 ――その後、わたしは寿命を迎えた。

 可笑しいくらい、死んでも何も変わらなかった。

 力を失ったわたしは、それ以降は答えを得ることが出来なくなった。


 情報を得る手段として、これまでよりも黒髪との出会いを欲した。

 研究施設を定期的に訪れる騎士団員に『黒髪を見つけたら教えて欲しい』と頼んだ。

 紹介料も支払うことを付け加えると、その団員はわたしの頼みを拡散してくれた。


 その後の話も、ゴロウが言っていたとおりなのだが――



 次にゴロウを解放したとき、ゴロウは答えを得る力を宿していることを知っただろう?


 何故、わたしの力が宿っているのか。疑問に思っただろう?


 そして……わたしが死んでいることも知っただろう?



 そうなのだよ。ゴロウ、君はわたしのことをよく知っている。

 わたしも、君がわたしを思い、何も言わなかったことを知っているんだ。


 だから……だから、君にたくさんの思いを背負わせてしまったことを、本当に申し訳なく思っている。

 謝って済む問題だとは思えない。でも……本当に、済まな、かった……」

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