71話 疑問
その後、俺の封じ込めが解放されたのは百年後のこと。
じじいには『何かあったら迷わず解放してくれ』とだけ言っていた。
聞くと、赤の国に俺の力で討伐が可能な変異種が居るのだというのだ。
そいつは気配を察知する力を持つ、逃げ足の速い変異種。気配を消す転生者と協力することで、簡単に討伐出来ると言う。
臆病な転生者にブツブツと文句を言いながらも、俺はその力を手に入れることが出来たんだが……実は、そんなのはどうでも良いと思えるほどの事実を、解放後すぐに知っていた。
変異種討伐に向かう前に、この百年間のことをじじいから教えてもらったんだが……じじいは、国王から『不老不死の研究』の命を受けたのだという。
それは、俺を封じ込めてから約七十年後、つまり解放される約三十年前のこと。
何故、じじいがそんな研究の命を受けたのか。
それは、じじいがこの世界の大神父と同様に、不老の力を持っていると噂されていたから。
それもその筈で、じじいはその当時、七十年もの間ずっとじじいの姿で生きていたのだ。
この世界には、長命の獣人は存在する。でも、人間はたとえ長く生きても七十年程度なのだ。
化けじじいという愛称と共に、そんな噂が広まるのも至極当然なことだったのだろう。
その命を受けてからというもの、じじいはずっと研究施設の地下に籠もっているらしい。
不老不死の研究と聞いて何やら嫌な予感がしたが、それは的中した。
――その当時、国の騎士団は、とある森の中で見たことのない生き物を三体発見した。
突然襲いかかってきたそいつらは、戦闘力が高いものの、団員数人がかりで討伐可能だったらしい。
息の根を止めると、その生き物は大量の血痕だけを残し、三体とも消滅した。
事なきを得て森を出ようとしたそのとき。
なんと、すぐ近くの泉の前に、またも同じ生き物が現れたのだ。
その後、討伐と発見を繰り返すこと三回。
ようやく、その生き物が『復活している』という事実に気が付くと、団員はそれが変異種であると国王に報告した。
当時の国王は、その変異種の討伐方法を探すことを騎士団に命じた。同時に、その変異種からは、不死のからだを得る方法が見つかるのではないかと考えた。
そこで、不老の噂がある化けじじいに研究を命じたのだった。
――じじいはその後、三十年もの間、捕獲された変異種を殺し続けてきたのだという。
『おいこら、じじい! てめえとユキの子供だぞ!?』
なんてことはもちろん言えず、少しの興味を持った振りをして聞き流した。
流した大量の汗は、暑いからと誤魔化しつつ。
じじいは、そいつらをただ変異種、と呼んでいた。
しかも、討伐の方法も未だ知らないでいたようだ。
ユキは、記憶を失ったじじいにその力のことを教えていなかった。でも、じじいが一人生きていくには、そんな力も必要となるだろう。
そう思った俺は、前回の封じ込めの前に、その力のことを教えていた。
だけど、それは『人に触れることで答えを得るのではなくて、自分に触れることで答えを得るものだ』と説明していた。
インプに対して何の疑問も持たなかったのだろうか……と、そのときは少しの疑問を抱くだけだった。
なぜなら、さらに汗をかくことをじじいが口にしたからだった。
じじいは、俺が解放されるまでの間に、八人の転生者と出会ったと言った。
その中には、この世界で生き存えている人間も居たという。
そんな転生者たちの話を聞いて、この世界に関する情報を、少しずつだが得てきたというのだ。
そこで、俺は内心『しまった』と焦っていたんだ。
何故なら、じじいはうっかりにでも他人に触れてしまうと、変異種をその人に移してしまうんだから。
ユキからは『この世界の住人に触れてはいけない』と言われていた筈。
でもそれは、黒髪には触れても良い、ということだ。
ユキが生きている間は、俺が触れないように気を付ければ良いだけだったのだが……まさか、他の黒髪との接触は無いだろうと踏んでいたのだが。
でも――幸い、変異種はじじいに寄生したままのようだった。
何故なら、じじいは記憶を失ったままだったんだ。
髪の毛が白いままなのはじじいだからだとして。俺は念のため、恐る恐るだが『出会った転生者に触れたことはあるか?』と聞いてみた。
すると、じじいは『いいや、一人にも触れていない。最後にユキの手を握ってから、人間には誰にも……何ならこの手を洗ってすらいない』と答えた。
安心した俺は『いや、手は洗えよ』とツッコミを入れる余裕も出来た。
ほっと胸を撫で下ろしつつも、だが、俺は更なる疑問を持った。
じじいの『人間には誰にも』という言葉。
そしてじじいが長年その手でインプを殺め続けているという事実。
……それは、インプには触れている、ということではないか。
でも、変異種はインプにも移っていないようだった。
とすると、変異種には寄生しないとでもいうのだろうか……?
俺がそんな疑問を持った、そのときだった。
次なる衝撃が俺を襲った。
『この変異種は、変異種にも寄生することが出来る』
突然、疑問に対する答えを得たんだ。
てっきりじじいが答えたのかと思ったが、じじいは百年洗っていないと言うその手を見つめて何かを思い出し、口すら動かしていなかった。
それにその感覚は、まるで知っていたことを思い出すようなもの。
それはまさに、じじいとユキから聞いていた、答えを得る力ではないか?
そこで俺は試しに『自分に宿る力は何か?』という問いを持ってみた。
すると『封じ込める力、時を止める力、答えを得る力、不老の力、同期の力、気配を消す力』という答えを得たんだ。
――はぁ!?
俺はじじいの前で驚愕した。
きょとんとするじじいに、何とか平静を装うと、厠に行く振りをして一人になった。
先ず、俺の知らないうちに宿った力が何故、どうやって宿ったのか。その経緯を知ることにした。
――何故、俺はじじいとユキの力を持っている?
『力を宿した人間の命が失われると、その人間の力は最も親しい人間に移動するから』
――ユキはわかるけど、じじいは死んでないだろ?
『ゴンゾウも既に死んでいる』
――はぁ!? いつ、どうやって死んだってんだ?
『俺の封じ込めを見届けてから五年後に、寿命で死んだ』
――寿命だと!? いや……じじいには、ユキの不老の力が宿ったはずだ。変異種に奪われたとしても、同期はしてるだろ?
『ユキが持っていた不老の力は、その身に寄生していた変異種に奪われた。そしてじじいに触れたとき、その力は変異種と共にじじいへと移った。
ユキが息絶えたとき、本来の力は変異種に宿っていたのだが、ユキはそれを同期していた。そして、同期していたがために、変異種の持つ本来の力共々、それは最も親しい人間に移ることになった』
――なら、じゃあやっぱり、不老の力はじじいに宿ったはずだろうが?
『ユキと最も親しい存在であるじじいも、その身に寄生する変異種と不老の力を同期していた。じじいも、同期していたがために、行き場の対象から外れてしまった。だから、次に親しい存在である俺に宿ったんだ』
答えを知る程に、その答えに対する疑問が生じた。
俺の中では、困惑の色が深まるばかりだった。




