69話 寄生
「俺が自身を封じ込めてすぐのこと。ユキは、じじいからプロポーズを受けたのだという。
そして、愛し合う二人は初めて、熱い抱擁を交わした。
ユキは、最後まで『人に触れてはいけない』という思いを抱いていた。でも、当然だが、そのときばかりは『愛するこの人に触れたい』という思いが勝ったようだった。
次の日の朝のこと。
じじいは記憶を失い、そしてその髪は白髪交じりから完全な白髪へと変貌していた。
一方で、ユキは自分の髪が真っ黒に変わっていることに気が付いた。何が起きたのか……などという疑問は一切抱かなかった。
何故なら、じじいと抱擁を交わしたその瞬間――触れたその瞬間に、ユキは全ての記憶を取り戻していたというのだ。
じじいの温もりを感じたまま、ユキは大きな後悔を覚えたのだという。
じじいの胸に顔を埋めたまま、ユキは大粒の涙を流したのだという。
『わたしのこの身には、変異種が寄生していたの』
ユキはそう、教えてくれた。
人に寄生するというその変異種の姿や形、人のどの部位に寄生するかなど、ほとんどのことは未だにわかっていないという。
寄生された人は、全ての記憶を失う。
さらに、その変異種は寄主が他の人に触れると、その人に移り寄生するらしい。そして、新たな寄主は記憶を失い、でも、元の寄主は記憶を取り戻すのだという。
かなり厄介な存在だが、寄主が他の人に触れさえしなければ、その人が記憶を失うだけで済む。
さらに、変異種が誰に寄生しているかは、その見た目でも明らかなようだった。
髪の毛、眉毛など、全ての体毛の色が真っ白く変貌するのだという――
じゃあ……その人には申し訳ないが、記憶を失い白髪になったその人が、それ以上誰にも触れなければ済む問題ではないか。
討伐は出来なくても、その人が犠牲となるだけで済むのではないか。俺は、そんなことを思った。
でも、ユキは言ったんだ。
『その変異種が持つ力、それは寄生でも記憶の封印でもない。いずれも、力ではなくてただの習性なのでしょう。じゃあ、その力は何かというと――同期。それは、寄主が持つ全てを、変異種と共有するというもの。
何故に記憶を失うかはわからないけど、もしかすると、変異種と記憶を共有することで起こる事象なのかもしれない。
そして、厄介なのは……全てではないのだろうけど、同期したモノを徐々に自分のモノにしてしまうこと。
わたしもね……そう、転生者なの。不老の力を持って、あなたたちよりも先に、この世界にやって来た』
当時、赤の国の城下町では、その変異種による被害が出始めていた。
記憶を失った人は、他の人に触れると記憶を取り戻す。
体毛の色も元に戻る。でも、被害はそれだけでは済まなかった。
変異種は、寄主の生命力をも自分のモノにしてしまうようなのだ。
寄生している間は生命力も共有しているから、記憶と髪の色以外の異常は認められない。
でも、変異種が余所に移ったその瞬間――寄主が持っている生命力か、あるいは寄生した期間が関係するのか、人によっては何十年も歳を重ねた姿に変貌したのだという。
たった一日の寄生であっても、誰もがその場に気を失い数日間は寝たきり状態が続くというのが、奪われる生命力の大きさを物語っている。
ユキは、自分に何か出来ることは無いか、解決策を考えることにした。
変異種は、一度寄生した人に再度寄生することは無い。
だから、例えば住人が一箇所に集い手を繋ぎ、一瞬ずつでも全ての住人に寄生させれば良いのではないか。
最後に寄生した一人、例えば自分が犠牲になれば……でも、それは出来なかった。
変異種が他の人に移るのは、寄生してから半日程度の時間がたった後のようなのだ。
変異種が他の人に移り寄生することで、先ず、元の寄主は瞬時に記憶を取り戻すが、同時に生命力を失う。一方で、体毛の色は半日をかけて元に戻るようだ。
新たな寄主は、半日をかけて記憶を失い、体毛の色が真っ白くなるのだという。
その半日という時間で、変異種はその寄主への寄生を完了させる、ということなのだろうか。
解決策を考えていたユキだったが、ただ一つの策は最初から持っていた。
それは、不老である自分が犠牲になること。
万が一にも他の人に触れることをせず、自分の中に宿し続けよう。
万が一にも無いようにしたいが、長い年月の末に他の人に触れてしまったとしても、不老である自分ならば死ぬことも無いだろうから。
それに、別の世界からやって来たユキは、過去のことを忘れる良い機会だと捉えたのだという。
もちろん、現世で何があったのかは教えてくれなかったのだが。
神父の立ち会いの下、ユキはその策を実行に移した。
ユキは、名前以外のことを全て忘れた。
やはり、その身に変異種を寄生させていることすらも忘れてしまうらしい。
それでも『決して、ユキに触れてはいけない』という周知の事実があったから、ユキから他の人に移ることは無かった。
それに、『自分以外の人に寄生させてはいけない』という大いなる決意を持っていたためか、『人に触れてはいけない』という思いも、そのからだに染みついていたようだった。
――でも、じじいと出会い、愛し合い、そのときは訪れてしまった。
じじいに触れたその瞬間、変異種がじじいへと移った。そして同時に、ユキは全てを思い出したのだ。
何も思い出せなかったとはいえ、取り返しの付かないことをしてしまったと後悔した。
次の日の朝、じじいは神の家の一室で目を覚ました。
記憶を失ったじじいは、礼拝堂、そして外を歩く住人を見て腰を抜かしていたのだという。
しばらく観察した後に、ユキはじじいの前に姿を現した。
じじいはそんなユキを見て「……黒髪!? もしかして、あなたも日本から此処に?」と、驚きの声を上げたらしい。
話をしてみて気付いたのは、じじいが失ったのは何故か、この世界にやって来てからの記憶だけ。つまり、その日はじじいにとって二度目の転生初日だったんだ。
そして、ユキとじじいは二度目の出会いを果たした。
ユキとじじいは、これからも共に、長い長い人生を歩むことになる。
『あの人にとってのわたしは、あの日、あの瞬間からのわたし。以前のわたしとは見た目が全然違うことも、あの人は覚えていない。……でもね、あの人の年齢に近付くことが出来たのは、実は嬉しかったの……』
その日の朝、ユキは自分が老化していることに気が付いた。
そこでようやく、変異種が自分の『老化の力』をも奪っていったことを知ったのだという。
力を持たない住人からは、生命力だけを奪う。でも、力を持つ者からは、その力も奪ってしまうのだ。
変異種がじじいに移ったときに、ユキはその見た目で二十余年もの歳を重ねた。
そして、もう一つ気付いたことがあった。
ユキは『答えを得る力』を同期していたのだ。
何故気付いたかというと『何で、不老のわたしが歳を重ねたのだろう?』という自身の問いに対する答えを得たからだった。
じじいと触れたその瞬間、ユキから不老の力を奪った変異種は、じじいへと移った。
そして、元々『同期の力』を持つ変異種と触れていたユキは、その力を同期したのだろう。
同期の力は、触れた人の持つ力を共有できるというもの。
ただし、同期した他人の力は、かなり限定的な使い方しか出来ない。
例えば、答えを得る力は、得ることが出来る答えの上限がかなり下がっているのだという。
さらに、ユキはそのとき『不老の力』も同期していた。
老いる筈の無いその力だが、同期したそれは、ある程度の老化が進んでからようやく老いることが無くなるのだろう。
ユキの老化が二十余年で済んだのは、同期した不老の力によるもの。
もしもこの力が無ければ、ユキはその命すら奪われていたに違いないのだ。




