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06話 白石碧『絶対的反発』

 目を開けると、眼前には雲一つ無い真っ青な空が広がっていた。

 一瞬で判断できた現状、それは、ここが屋外であること。わたしは仰向けになっていると言うこと。

 地面との接地箇所に痛みや痺れといった感覚が無いことから、おそらくコンクリートやアスファルトの上では無く、土か草の上に寝転んでいるのだろう。


 すぐにでも起き上がったり横を見たりして状況を確認すべきだが、わたしはそれをしなかった。

 まず、目を閉じた。そして、直近の出来事を思い返してみる。


 ……そうだ、なんでも叶うというパワースポットを訪れた。そのスポットとはまさかの『お墓』で、わたしは墓前でお願い事をした。

 そして、その帰りのバスに乗っていたはずだ。

 同乗していたのは、男性が四人と女性が三人。

 男性は、凶器のような鋭利な目つきをした少年、熱くギラギラした目をした中年、全てを疑うような目をした不審な中年、ニコニコした人の良さそうな老人。

 女性は、いろいろと見透かしたような目をした綺麗な人、全ての人を呪い殺さんとばかりに睨む怖い人。いずれも二十歳くらいに見えた。


 ツアーの人選は謎だったが、誰もが何らかの強い思いを持っていたに違いない。

 出発地から目的地まで三時間もの時間を要し、帰りはさすがに寝てしまおうと目を瞑った。

 ……そして目を開けたら今、というわけだ。


 窓が一つも無いバスの中から一転、青空の下で大の字に寝転がっている。

 これは一体どういう状況なのだろうか。

 怖くて横を見ることができないし、目を閉じた今、再び目を開けることができなくなってしまっていた。




 おそらく、というか確実に、パワースポットツアーとやらが関わっているのだろう。


 『五十年に一時、強い思いを持つ七人にだけ開かれる禁断の場所。そこに、あなたをご招待致します。あなたが心から願えば、それがどんな願いであろうと叶うことでしょう』


 などと書かれた案内状が届いた。

 余計な宣伝などは一切無く、その他には集合時間と場所だけが記されたものだった。

 誰がこんなものを信じるのか。そんな思いは少なからずあった。


 だが、なぜ自分が選ばれたのか、なぜ強い思いを持っていることがわかったのか。

 そんな思いが、猜疑心を上回った。


 だが……やはり、騙されていたのだろう。

 もしかすると、『社会的に邪魔になるような危険因子を排除しよう!』などという思想の集団が、わたしを含めて、そんな人間を選び抜いたのではないか。

 そして、帰りのバスで催眠ガスのようなものを使い、どこか自生できないような場所へと運んだのではないか。



 わたしは、白石しらいしあおい

 あらゆる物事に反発している面倒くさい人間だ。それは自覚している。

 でも……何も、好き好んで物事に反発しているわけではない。

 ただ、決めつけられることが嫌なだけなのだ。


 法律、ルール、決まり事。そんな、決めつけられた囲いの中で、わたしたちは生きている。

 囲いを出たり、あるいは囲いを壊したりすると、罰せられる。

 それらをしようとするだけで、あるいはしそうなだけで、危険因子だと決めつけられる。

 そんな囲いを意識しなければ、自由を謳歌することもできるのだろう。


 でも、わたしは囲いがあると思うだけで、胸糞が悪かった。

 そんな囲いをつくる人、何も気にしないで囲いの中で生きている人を見ると、気分が悪かった。

 だから、ほとんど全ての人、全ての物事に反発していると思われても仕方が無いという自覚もあった。

 義務教育という、社会的に排除されないためにも最低限守る必要がある制度には従った。


 でも、小学校の高学年になると、人と同じ物事を同じように学ぶのが馬鹿らしくなり、独学での勉強を始めた。

 基礎や応用など関係無く、物事の本質だけを知りたがった。

 公式や理論は、それらを提起した人と同じ言語で学ぶために、結果、リーディングに限るが複数言語を習得した。

 学校のテストでは、回答欄に先生が読み取れない謎の記号やら言語を書き殴ったためか、成績は下から数えた方が早いくらい悪かった。


 高校に進学するかどうかは、ひどく悩んだ。

 だけど、わたしは『大学』という自分がしたいことを勉強あるいは研究できる機関に入ることを望んだ。

 そのため、高卒という資格を取るためだけに進学を決めた。


 高校での成績は、中学までと変わりなかった。

 成績が悪いわたしは地元で最も偏差値の低い高校に進学したのに、それでも下から数えた方が早いほどの成績だったのだ。


 だが、二年生になると、全国統一模試というものが初めて実施された。

 回答がマークシート形式のその試験では、わたしは全教科で満点を取り、全国一位という輝かしい名誉を手にした。


 『なんかヤバい子』


 そんな風に決めつけられていたわたしの印象は、『なんかすごくヤバい子』に変わっただけだった。

 でも、先生たちは掌を返したように、有名大学への進学を勧めてきた。


 偏差値が底辺の高校から一流大学に入ったという実績が欲しいのだろう。

 そのときのわたしがなりたかったのは、数学、物理学、あるいは宇宙工学の研究者だった。

 宇宙飛行士にも少しだが興味を持っていた。

 大学など何処でもよく、ただやりたいことができればそれで良かった。



 全国模試の結果が貼り出された数日後のことだった。

 登校すると、下駄箱に入れていたはずの上履きが無くなっていることに気が付いた。

 先日洗ったばかりのそれは、昨日下校するときに間違い無く下駄箱に入れていた。

 仕方無く、上履きが下駄箱に再登場するまでは来校者用のスリッパを借りて過ごすことにした。


 次の日の朝、今度は自分の座席から椅子が無くなっていた。

 荷物を持ったまま職員室に行くと、


「椅子が忽然と行方不明になったので、代わりの椅子をいただけますか?」


 と先生に相談し、すぐにピカピカの椅子を準備してもらった。

 学校にモノを置く習慣が無かったため、その後は私用にしていた来校者用スリッパが数回消えるだけで、何事も無く済んだ。

 それらのことは、ただの事実として冷静に分析していた。


 きっと、わたしがあらゆる物事を気にくわないように、わたしを気にくわない人がいるのだろう。

 意図せぬ全国模試一位という結果。意図せず輝きと言えるようなモノを持ってしまったがために、疎ましく思われたに違いない。


 冷静に分析することはできた。

 でも、冷静な気持ちを保つことは出来なかった。

 なぜなら、わたしも普通の人間だから。人の目を気にするし、人にどう思われているかも、人並み以下かもしれないが、普通に気にするのだ。


 上履きやら椅子を隠されたら、それはからかいを通り越した、ただのいじめであろうことも認識している。

 だから、全く気にしない素振りを見せながらも、ひどく気にしたし、本当はひどく心が痛かった。


 人との関わりは不要だと思っていたのだが、無人島や宇宙にでも行かない限り、それは必須事項となってしまう。

 それなら、どうにかして人目を、人の気持ちを気にしなければ良いだけ。

 自身の感情だけは大事に持って、他人が発するあらゆるモノを排除すれば良い。

 他人を一切見ること無く、耳を塞いで生きれば良いのだ……が、それができれば良いのだが、それができないからツラいのだ。


 あぁ……鏡のように、人が発するあらゆるモノが、全て跳ね返ってくれれば良いのに。


 そんなことを強く思い続け、そして、墓前でそう願った。




 ――いろいろな思いが頭の中をぐるぐると巡った。

 結局、三十分近く目を閉じていただろうか。

 ようやく覚悟を決めて、現状を把握すべく目を開けた。


 まずは、顔を少しだけ右に向けて、右横を見た。

 目の前には、上半分が真っ青な空、下半分には燃えさかる真っ赤な地面が広がっていた。

 だが、熱いという感覚は一切持っていない。

 すぐ眼下を見てみると、燃えていると思ったのは、ただの赤い草だということがわかった。


 刈られた芝生のように、四センチくらいの真っ赤な草が、右横も左横も、視界の半分全てを覆い尽くしているのだ。

 こんな真っ赤な草なんてあるの? 紅葉する草?

 そんな疑問を持ちつつ、自分が真っ赤な草原のど真ん中にいるという現状を理解した。

 思い切って、上半身を起こしてみた。


 すると、からだを起こしたのと同時に、何かが目の前に突然現れた。

 そしてその何かは、わたしにぶつかる直前で跳ね返るように引き返していった。

 それは、激しい衝撃波のような、形の無いモノだった。

 おそらくやって来たのと同じ方角へと、凄い速さで、真っ赤な地面を抉り取りながら帰って行くのが見えた。



 その先に目をやると、約五十メートル離れたところに人影があることに気が付いた。

 その衝撃波は一直線にその人物を襲った。

 だが、その人物の目の前で、それは何事も無かったかのように消えた。

 消える直前、その人物は何やら右手でその衝撃波を殴るような素振りを見せていた。

 まさかとは思うが、その手で衝撃波を発生させて、その手でまた衝撃波を発生させて相殺したのではないか。


 ……気が付いたこと、と言うかいずれも推測だが。

 それは、二つあった。


 一つは、わたしは謎の衝撃波を跳ね返したのではないか。

 『人が発するあらゆるモノが、全て跳ね返ってくれれば良いのに』という願いが叶い、さらに、物理的なモノすら跳ね返す能力を身に付けたのではないか。


 そしてもう一つ。

 わたしを襲ったあの衝撃波の発生源は、あの人物なのだろう。

 わたしを排除しようとする集団の一味に違いない。


 その人物を睨むようによく観察してみた。


 その人物は、一緒にバスに乗っていた、目つきの鋭い少年だった。

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