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66話 経緯

 紫色のソファに腰掛けているのは、昨日振りに見たゴロウとあの人の二人。

 ドクターは冷蔵庫から毒々しい液体を取り出しコップに注ぐと、その二人の対面に三つ置き、私たちにも着席を促した。


 部屋の片隅を見ると、紫色の物体が入った網が無造作に置かれていた。

 予知映像とはいえ、そこにはこの世界で初めて私を殺した変異種が入れられているのだ。

 大勢の来客に驚いているのか、その大きすぎる一つ目だけをギョロギョロと動かしているのが見えた。


 私とミュウが恐る恐るソファに腰掛けると、ドクターもそれを見届けて、ゴロウの横に腰掛ける。

 コリーはいつもより威圧感を漂わせ、立ったままを決め込んだようだ。


澪川みおかわさん、昨日振りだね。……ごめん、たぶん君のものであろう力が、赤の国から緑の国にかなりのスピードで向かっているのがわかったから……心配になってしまって。

 何も、後を付けてきたわけじゃないんだ。それに……まさかここに来るとも思っていなかったし」


 リアルな彼がリアルに私を心配してくれた! ……というのは後で何度も思い返すとして。

 平静を装いながら、彼の表情をそっと一瞥する。



『お前のそれ、大抵の男には睨んでるようにしか見えないから、気を付けた方が良いぞ?』

「うっさい!」

「えっ!?」


 視界画面から聞こえてきたタコロスの忠告に、ついついツッコミを入れてしまった。

 しかもタイミングが最悪で、彼の弁明を全否定してしまったではないか。


 あぁ……彼も、目と口を大きく開けて驚いているし。

 ……タコロスには後でどんな処罰を与えてやろうか。姿を消して、バールのような凶器もので後頭部を殴るとか――


「ごめんなさい……もしかするとドクターに聞いたかもしれませんが、ここにいるこの子――ミュウは、人の力を知る力を持っているんです。実はこの部屋に入ってすぐに、あなたたちの力をすっごく小さい声で教えてもらっていたので……」


 平然と嘘を付くと、ミュウは私に合わせてくれたのか、目を閉じて小さく頷いた。

 本当に、ミュウは何とも空気の読める良い子なのだ。


「そ、そうか。そんなときに僕なんかが話しかけて、邪魔をしてしまった訳か……それは、済まないことをしたね……」

「いえ。心配してもらえたのは、素直に嬉しいですから」


 彼に濡れ衣を着せてしまったのは申し訳ないが、一先ず、関係に溝は生まれずに済んだ。

 そのことに安堵し、次はいかに距離を縮めるか模索をしていると、


「でも、姉ちゃんよぉ……」


 いつの間にか、ゴロウの目は何かを疑うものへと変わっていた。

 便所じゃないのなら何をしに此処に来たのか、そんな疑問を持ったことだろう。


「私が此処に来たのは――」

「いや、姉ちゃんじゃなくて、そっちの姉ちゃんだ」

「え、わたし?」


 どうやら私ではなく、ミュウに対して何かを疑っているらしいが……しかし、こいつは女性のことを姉ちゃん呼ばわりしか出来ないのだろうか。



「昨日、この場所に二つの力があったのをシンジが見てるんだ。それは、そっちの……若い方の姉ちゃんだろ?」


 区別を付けたのだろうが、何というデリカシーの無い区別なのだろうか。

 それよりも――私たちが来る前に、ドクターから昨日の話を聞いていないってこと? 


「そうです――が。区別を付けたいのなら、わたしのことはミュウと呼んで下さい。レイも十分若いので」


 流石はミュウだ。私が口撃こうげきする前に穏便に事を済ませてくれた。


「……わかった。じゃあ、ミュウ。お前――何考えてやがる! そんな黒髪でこの物騒な国に、しかもこんな得体の知れないじじいのとこに一人でのこのこと訪れやがったのか? 危険すぎるだろうが!」


 まさか、ゴロウはミュウのことを心配してくれたようだった。

 しかも、本気で怒るほどに。

 ――もしかすると、ドクターが言うとおりに、口が悪いだけで心優しいヤツなのだろうか。


 怒鳴られたレイを見ると、やはり様々な思いが錯綜しているようだった。

 でも、心無しかその思いの中には『喜』も含まれているように感じる。

 そう、実は――ミュウは、どMなのだ!


 ――という訳では無く、これはミュウを取り囲んでいた環境によるものだろう。

 すっかり意気投合したミュウからは、その身の上話も聞いていた。

 ミュウはそのとき、自分自身に怒りをぶつけるように、過去を振り返っていた。



 ――優秀な成績を収めて優良企業に入社する。ミュウは、それが唯一の幸せな人生だと言う両親に育てられた。

 幼い頃から、友達と呼べるのは教科書と文房具、あとは通信簿。

 両親の言うことを聞くという選択肢しか持ち得なかったミュウは、自分の意思を封印して、両親の期待に応えるだけのマシーンへと化したという。


 期待に添えない結果には、両親は激しい怒りとともに、容赦の無い罵倒を浴びせてきた。

『自分たちの子供なのに、何で同じ事が出来ないの?』

 それが両親の口癖だった。


 子供が出来たことで、両親にとっての幸せな人生には、子供も当然のように自分たちと同じ幸せな人生を歩む、という条件が加わったのだろう。

 両親が大事にしていたのは子供ではなくて、自分たちの幸せだった。

 そんなミュウの人生を、良くも悪くもぶち壊してくれたのが……あの、忌々しい男。


 自分のことを何も考えずに生きてきたミュウは、でも、その男の前では自分の意思を持つことが出来たのだという。

 両親の期待に応えたその先に待つのは、両親が求める幸せであって、ミュウが求める幸せではない。

 でも、それでも、彼のことを幸せにすることは出来るかもしれないと思ったらしい。

 それが、経済面の援助という、例え世間的にいびつだと捉えられる愛だとしても――



 ――そんなミュウに……初対面のミュウに、ゴロウは真剣な表情で、本気で怒鳴ったのだ。

 それは、ミュウの心に直接響いたことだろう。


「……お気遣いいただき、ありがとうございます。でも……怒鳴られる筋合いはありません。わたしは、この国で黒髪に危険が及ぶことは知っていました。だから、このコリーという肉の壁……護衛と一緒に此処にやって来たのですから」


 やはり『喜』はほんの少しだけで、『怒』が感情のほとんどを占めていたらしい。

 それでも、その言葉も目つきも、肉の壁に向けるそれとは比べものにならないほど優しいものに見えた。


「そうか……怒鳴っちまって悪かったな。でも、そのオークはそっちの姉ちゃんのペットだろ?」

「俺はペットじゃないからな?」


 頷く私の横で、コリーは威圧感たっぷりに否定していた。


「……わたしたちが此処に来た目的を説明するにも、先ずは経緯を話した方が良いでしょうね。――わたしは、力を知る力を持っています。というのは、レイがさっき言ったことですが」


 ゴロウとあの人は小さく頷く。


「実は一昨日おととい、わたしもキャブトの町に居たのです」

「じゃあ、あのときキャブトには、澪川さんとミュウさん、コリーさんの三人が居たということか……」


『ぶっ! このイケメン、ミュウのことは下の名前で呼ぶんだな!』

「うっさ……んんっ」


 危ないところだった。

 このタコロスは何というタイミングでツッコミを入れさせようと……まさか、狙ってるの? 死にたいの?


「えっと、わたしはそこでゴロウさんたちを見て、その力を知りました。わたしの目的は、この世界にある力を把握すること。目的を果たしたわたしは、戻ったコリーと一緒に次なる力を見るために、緑の国に来たのです」

「しかし、よくもまぁ物騒な噂の出所である研究施設にやって来たもんだな。もしかして、じじいが居ることを知ってたのか?」

「このコリーはこの世界をウロつく……各地を巡る行商人です。訳あってこの国の神父との交流も深い。元の噂が何だったのか、それがわかれば其処に黒髪が居ると考えるのは容易いでしょう?」


「なるほど。まぁ、実際は白髪だけど、力を持っているのは確かだ。……そして姉ちゃんは、ミュウと緑の国で合流した。……お前、まさかシンジにあの力を宿らせるのが目的だったのか?」

「いいえ。目的は、あなたたちとの対面と、情報を共有すること。そんな力があったら良いなぁ、と思っていたら、結果そうなっただけです。

 いくらコリーでも、全ての黒髪の所在を把握出来ている訳ではないの。それに、変異種の居場所を把握することも重要でしょう?」

「じゃ、じゃあ、力を知る力はミュウさんが持っているから……最初から所在を知る力を……」

「えぇ。あなたたちは、ドクターの『答えを知る力』を知っていた。だから、所在の方を選ぶのは必至でしょう」


 何という先読みだ。おみそれしました!

 あの人にそんなことを思ってもらえたら嬉しい、そう考えての返答だったのだが……どうやら、私は余計なことを言ってしまったようだった。

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