65話 警戒
あの人とお見合いをした、その翌日――じゃなくて、ミュウがドクターと対面した、その翌日。
私とミュウ、そしてコリーの三人は、キュリーの宿屋から研究施設へと歩き向かっていた。
私を送り届けてくれたビエニカは、コリーと合流するなり「これで借りを一つ返せたな。しかし、こんな気の強い女とよく一緒に……ゴホン、何でも無い。レイ、じゃあな。がはは!」と豪快に笑い、赤の国へと帰還した。
一体、こんなコリーにどんな借りが、そして残り幾つあるのだろう。
そして、何やら失礼なことを言っていた気がするのだが。
ドクターの研究室には既に、ゴロウとあの人が到着していた。
それは、タコロスから借りている視界画面でわかっていたことだ。
その場にあのヤンチャ少年がいないのは、赤の国の騎士団に留まることに決めたからだった。
では、何故あの人とゴロウがドクターのところに居るのか。
そこには意外にも、ゴロウは一切関与していなかった。
その理由は――あの人が、私を心配してくれたのだ! タコロスにお願いして、何度も何度も繰り返し見たあの名シーンをまたも思い返す――
「――ど、何処に行くんだ!?」
「はぁ? 予定どおり、騎士団本部に戻るんだろうが。急にどうした、シンジ?」
三人が神の家を出てしばらくすると、あの人が急に大声を上げ、ゴロウはすぐさまその言葉に反応していた。
「いや、俺たちのことじゃない……たまたま、力の所在を確認してみたんだ。そしたらたまたま、さっきまで神の家に留まっていたレイ……澪川さんの力がすごい速さで移動を始めたのに気付いた」
あの人、今、レイって言おうとした!?
「へぇ。便所じゃね?」
このガキ……
「しかも、向かっている先は緑の国のようだ」
「そういや、あの姉ちゃん……緑の国の『力の数』を気にしてなかったか?」
「そう言えば、『本当に二つだけなの?』って、緑の国だけ聞き返してたな……」
きゃっ、わたしの台詞を思い返してくれた!? ゴロウの振りも良かった。もしかしてこいつ……良いヤツなの?
「理由はわからない。でも、緑の国は危険だろう?」
「でも、あの姉ちゃんはそれを知ってる筈だろ。何しろ、黒髪を染めてやがったからな」
「でも、目が黒いのはどうやっても隠せないし……それに、万が一にでもドクターと接触したら、どうなるかわからない。何だか、嫌な予感がする……心配なんだ!」
きゃーっ! わ、私のことを心配してくれた!?
「考え過ぎだろ……とは言えないか。よし……じゃあ、俺たちも行くか! じじいの動向を見張る必要もあるしな。もしかしたら勝手に死んじまってくれてるかもしれん。俺はそっちも心配……気になるからな」
「ありがとう! じゃあ、早速……あぁ、ロキはどうする?」
「俺は残るわ。変異種討伐記念で、今日の団長ん家の晩飯はかなり豪勢らしいぜ?」
このガキ……じゃなくてロキは、知の団長マダルの家に住まわせてもらっているようだ。
意外と義理堅いようで、だがその実、その家にはヤツと年の近い『団長の孫娘(しかも可愛い)』が居ることを知っているのだが――
――彼は私のことを心配して、ウッホに乗り駆け付けてくれた。
とは言え、昨日の今日でまたも隣国で出会ったら、それは偶然というかストーカー扱いされるとでも思ったのか。
私と直接的に接触することは避けたようで、取り敢えずこの国で一番の不安材料であるドクターのところを訪れた、というわけだ。
ドクターのところに行けばあの人に会える!
という何物にも代えがたい期待と共に、あのゴロウも居る……という不安要素も大きい。
それでも私たちがドクターのところに向かうのは、コリーが「また明日来るね!」という約束を取り付けたのと、悪い結果が予知されなかったからだった。
「――昨日、私が最後に見た結果は『お願いだ――生き返らせてやってくれ!』という、ゴロウが私に頭を下げて懇願する光景。そこには、私たちの可憐な姿がちゃんと映っていた」
「可憐……? そこで、交換条件として全てを話すように持ちかける。でも、上手くいくかな?」
「その先の結果はまだ見えないから、取り敢えずはその光景が訪れたらすぐにまた、結果を予知するよ。予定どおり、適当に会話を続けてね」
「うん、わかった」
昨晩、何かを知っているのに何も話さないコリーのことを、私とミュウで散々罵った。
豪快に笑うコリーは「がはは! お前らには何も悪いことが起きないだろうから安心しろ!」とだけ言い、わたしたちの物理攻撃と精神攻撃を笑いながら受け流していた。
コリーのその根拠の無い言葉は、だが私たちに大きな安心感を与えてくれたのだった。
それに、ゴロウに対しての疑惑も少しずつだが晴れてきている。
昨日のミュウとドクターの会話で得た情報もそうだし、緑の国に向かう私を追う素振りを一切見せなかったことも、その要因の一つだった。
もしもゴロウが本当の悪人で、ドクターを悪者にしたいのなら――私とドクターの接触を避けようと、何らかの行動を起こす筈なのだ。
ともあれ、全ての展開を読んだ上でどちらかが芝居をしている可能性もあるから、まだまだ疑惑はしっかりと残しているのだが。
それに、いざとなったらコリーという肉の壁もあるし、あの人もいるのだ。危険が伴う可能性は低いだろう――
研究施設は視界画面で見たとおり、一昔前の、だがこの世界では見ることの無い建物だった。
鉄筋コンクリート造りで、扉と窓には全てガラスがはめ込まれている。
出入り口は手動ドアだったが、受付と思われる女性は、電話と思われる大きな機械でドクターと思われる誰かに取り次いでいた。
気になったのは、私たちをエレベーターへと案内した後に連絡を始めたところだが……まぁ、黒髪は無条件で通すような、そんな教育がされているのだろう。
やたらと古い、明治か昭和の遺産のようなエレベーターは『ガッシャン、ガッチャン』と不吉な音を鳴らしながら下降した。
停止後しばらくするとエレベーターの扉が開き、そこには、結果予知で何度も見たことのある光景が広がった。
もちろんそれは、あの人の視界でも、昨日のミュウの視界でも見たものではあるのだが。
だが、肉眼で見ると何とも思い入れ深いというか既視感というかトラウマというか……とにかく良い思いは一切無かったのだが。
次に、目の前に立つドクターを初めて肉眼で捉えると、視界で見るよりも随分と小さく感じた。
昨日と同様に、老人特有の優しい笑みを浮かべており、今日はすぐに隣の部屋へと案内してくれた。
そこは、生活感が溢れる応接室兼居住スペース。
ガラスのテーブルを、何の皮を使ったのか容易に想像出来る、どぎつい紫色をしたソファ四脚で囲んでいた。
洗面台に冷蔵庫、洗濯機が設置され、さらには部屋の端から端までロープを架け渡していて、そこにはタオルが干されていた。
「ほっほ。あまり見ないでくれると助かるな。さすがに下着は取り込んだが、タオルはまだ乾いてないんだ」
来客が来るとわかって洗濯機を回したのだろうか。
何というか、実家に来た感というか――いきなり、緊張感が薄れてしまった。
もしかしたら、全てが策略なのかもしれない。警戒すべく、気を引き締めようとしたのだが――
「よお、姉ちゃん! つい昨日振りだな。何だって、しかも急いでこんなとこに来たんだ? 便所にしちゃ遠いよなぁ」
あれ? 私、依然として便所に急いでると思われてたわけ?
――半日もかかる便所に急ぐヤツなんて、さすがにおらんやろ!
ゴロウは毒々しい緑色の液体が入ったコップを片手に、軽々しく話しかけてきたのだった。
本当の悪者は誰なのか、そもそも悪者がいるのか。
そんな疑惑を吹き飛ばすような、警戒心を解くような笑顔だった。




