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64話 謎

 最後に人に触れたのは、いつのことだったか。

 動かなくなったユキの手を握ったあのときだったか……いや、百年くらい前に出会った転生者と握手をしたあのときか……いずれにせよ、それは遙か昔のことだった。

 元々転生者にしか触れることが出来ないし、この力の使用はかなり限定していたのだ。


 ミュウに触れられるとすぐ、わたしは彼女が望む答えを得ようと、問いを持った。

 ――答えを得ることは出来なかった。


 質問を思い浮かべてその人に触れることで、その答えが脳に記憶される。

 それは、得た知識を思い出す感覚に似ていた。

 それが、今回は何も記憶されなかった。思い出せなかったのだ。


「もしかすると、未だ答えの得られない質問だったのかもしれないな」


 この世界には、未だにわからないことの方が多い。

 わたしのこの力も、全ての答えを得ることは出来ないのだ。

 それでも、得ることが出来なかった問いでも、その答えを導くきっかけを得ることで、突然記憶されることもあった。

 今の状況では答えを導き出せない問い、ということなのだろう。



「未だ、答えが得られない……か。それはとても残念ですが、でも……安心しました。もしかしたら、あなたが悪い人間ではないかと疑っていたから」

「――ああ、当然だろうね。何せ百年近くも人との接触を避けて生きている。しかも、黒髪に危険が及ぶような噂を広めてしまったのも事実だ。でも……わたしに触れることで、何故安心したのか、教えてもらえるかい?」

「ええ」


 彼女の口から聞かされたのは、わたしかゴロウのどちらかが嘘を付いていて、どちらかが悪人なのではないかという疑惑だった。

 わたしの話とゴロウの話には解離がある。

 その最たるものが、それぞれが言う、それぞれが持つ力の数。


 わたしが言ったのは、自身に二つの力、ゴロウには四つの力。

 ゴロウが言うのは、わたしに三つの力、ゴロウに三つの力。

 共に合計は同じなのだが、『成りすます力』の宿り先に食い違いがあるという。


 何故、ゴロウは成りすます力がわたしに宿っていると言ったのか……でも、今はそんなことはどうでも良い。

 問題は、彼女が見たゴロウの力だった。



「ゴロウが……七つの力を持っているだと? そんな、馬鹿な……いや、わたしが知る限り……ゴロウは四つの力しか持っていない筈だ!」

「残念ながら……これは、事実です」

「一体、どういうことだ……しかも、わたしが知らない三つの力のうちの二つは、知っている……それは、わたしの力と、ユキの力じゃないか……」


 事実だと言われても信じることが出来ない。というよりも、訳がわからないのだ。

 でも……そうか、もう一つの力は同期の力だと言っていた。

 じゃあ――


「そうだ、ゴロウがわたしに触れることで、わたしの持つ二つの力を同期したのだろう。それしか考えられない。……その、同期の力を何時何処で得たのかは、何も聞かされていないが……」

「……これも残念ながら、なのですが。あの男性に聞いた話です。あの人は、ゴロウさんとは初日の挨拶の時に握手をしたそうです。

 ――そう、触れているのです。もしも同期した力が見えるのなら、ゴロウさんからは彼の力も見える筈ですよね?」

「でも、それは見えなかった……そうか……君が言った安心というのは、わたしに触れても、わたしの力が見えるようにならなかったから……?」



 わたしの力が見えない原因は、見当が付かないと言いつつも、実は三つ考えていた。

 おそらく彼女も同じことを考えたに違いない。


 一つ目は、そもそもわたしの力がわたしの中から消えて無くなったから。

 二つ目は、わたしが力を隠す力を持っているから。

 三つ目は、わたしの力が封じ込められているから。


 一つ目、それは、わたしが不老で生き続けている限り証明することは出来ない。

 二つ目、そもそもわたしはそんな力を持った覚えが無い。しかも、不老であることは時間の経過で明らかとなってしまうから、力を隠す必要性すら思い浮かばない。

 三つ目、彼女がわたしに触れたのはこのためだろう。


 もしかすると、わたしの周囲には、彼女の力を遮断するような目に見えない壁がつくられているのではないか。

 そもそもそんなことが可能かは不明だが、もしもつくったとすれば、それはゴロウか、ゴロウの力を同期したわたしのどちらかだろう。

 そして、彼女はわたしに触れることで、その見えない壁が消えると考えた。


 でも――触れても、何も見えない状況には変わりがなかった。

 つまり、見えない壁はつくられていなかったということはわかったのだ。

 そして、見えないことは別として、わたしが言っていることには事実との乖離が無いこともわかったのだろう。



「でも……ますますわからないし、謎が増えてしまった。何故、わたしの力は見えないのか。そして何故、ゴロウはわたしの力を宿しているのか」

「わかりませんが……ゴロウさんは、自分で言う三つの力以外は、自身に宿っていることに気が付いていない。そんな可能性はありますか?」

「……あぁ、そうか。そうだな、それも、あり得るだろうが……」


 ミュウも、わたしがゴロウを疑いたくないという思いを察してくれているのだろう。

 わたしは声を大にして、ゴロウが善人であることを訴えたかった。

 でも――


 ユキが亡くなってからの二百年弱、ゴロウはたったの三年ほどしかそのときを過ごしていない。

 そして、そんなゴロウとも、行動を共にしない時間の方が長かったのだ。

 だから、彼が一人のときに何をしていて、どんな力を持っているかを知ることも無かった。


「――一つ、教えて欲しい。その成りすます力というのは、わたしたちの前でも成りすますことが出来るのかね?」

「いえ。わたしたちには黒髪の、本人にしか見えないようです」

「――そうか。じゃあ、ゴロウは悪い人間ではない。これは間違い無い」



 一か月前に見たゴロウ。

 百年前と変わらず口が悪いが、人への気遣いが出来る心優しい青年だった。

 あれは、そんなゴロウに成りすました誰かではなく、わたしが心から信頼するゴロウで間違い無いのだ。


 ミュウがわたしの言うことを信じてくれるかはわからなかった。

 多くの謎が解かれない限り、ゴロウへの疑いは晴れないだろう。


 そんな彼女の鋭い視線はまたも、オークへと向いた。

 このオークが何者かはわからないが、もしかするとこの件に関して何かを知っているのかもしれない。

 そしてそれは、もしかするとこの世界に関わる内容で、語ることが出来ないのかもしれない。


 だが、オークは予想外の応えを口にした。


「今日はこれ以上話しても無駄だろう。だから、明日のこの時間、またここに来よう――」


 それだけ言うと、オークは目を見開くミュウの肩を軽く掴み、エレベーターの中に押しやった。


「ちょっ、コリー、何なの!?」


 大きな声を上げるミュウに構わず、最後はその細い腰を持ち上げるように、無理矢理にエレベーターに収めた。


「俺の連れも今、この町に向かってやって来ている。おそらく、ゴロウも明日にはここを訪れるだろう」

「ちょっ、待っ――」


 オークのからだに隠れて見えなかったが、ミュウは最後まで納得出来ない表情をしていたことだろう。

 内側から扉が閉められると、エレベーターは上昇を始めた。

 ミュウの声の名残、そして謎だけを、その場に残して。

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