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63話 見えない

 わざわざ黒髪が、しかも自らの足でここを訪れてくれるとは。

 これは、わたしが自分で蒔いた種なのだが――黒髪と接触したいが為に、その結果として黒髪全員に危険が及ぶ状況をつくりあげてしまったのだ。

 初めは、『黒髪を連れ来た騎士団員に報償を与える』という口約束だけだった。それが、いつの間にか騎士団以外の人間にも知れ渡り、いつの間にか報奨金が懸賞金に変わり、今では『生死問わずに黒髪の身柄さえ研究施設に持っていけばお金がもらえる』などという物騒な噂へと変わってしまったのだ。


 そんな危険な状況であることを知った上で、屈強なオークに護衛を頼んでまで来てくれたのだろう。

 よほどの事情があるのか……とにかく、丁重にもてなさねばならない。

 先日の青年と同様に、わたしに話せることは全て話してあげようではないか。

 わたしに出来ることは、この世界の情報を提供することだけなのだから。



 隣の部屋へと移動すると、エレベーターの扉の開閉スイッチを押した。

 ゆっくりとドアが開き始めるも、しばらくはオークの全貌を明らかにするだけのもどかしい時間が続く。

 ドアが全開すると、その大きなからだの後ろから、黒髪の女性の顔が覗いた。


 招かざる客とは言っても、客人には違いない。

 先ずはこちらから出迎えの言葉を発するべきだろう。


「わたしの研究室にようこそ。どれ、隣の部屋で掛けて話そうじゃないか。大したもてなしは出来ないが――」


 表情筋に力を込めて、二人を順に見た。

 長らく自分の顔を客観視していないため、ちゃんと微笑みをつくれていたどうかはわからない。

 異常なまでの威圧感を放つ強面のオークは、無表情でわたしを睨んだまま。

 だが、


「あぁ、取り敢えず立ち話で構わない。それと、まぁ、言う必要は無いと思うが――用事があるのはこっちの嬢ちゃんだけだ。あんたも、黒髪にしか興味が無いだろうしな」


 そう答えると、オークはその巨体を揺らし、エレベーターから降りた。

 ぽっかりと空いた空間には、黒髪の女性の全貌が現れた。



 年齢は二十歳くらいだろうか……わたしを睨む、ややつり目で大きな目が印象的な、綺麗な女性だった。

 少し気の強そうなところが……いや、黒髪の女性というだけで、どうしてもユキにその姿を重ねてしまう。

 その女性は、わたしの言葉には応えること無く、神妙な面持ちのままオークに尋ねた。


「ねぇ、コリー? 確認だけど――この人、転生者なんだよね?」

「あぁ。こいつは赤の国にも滞在歴があるし、ある程度の情報ことはわかっている。転生者なのは間違い無いぞ」

「……髪の毛が真っ白いのは年齢のせいだとして……でも、じゃあ何で、力が一つも見えないわけ?」


 この女性は何を言っているのだろうか。

 いや、勿論言っていることはわかるのだが……コリーと呼ばれたオークが何も答えないのが不服なのか、その代わりと言わんばかりに、今度はわたしをその大きな目で睨み付けてきた。

 答えるにも、この女性の質問の意図すらわからないため、仕方無く質問で返すことにする。


「一つも、見えない? もしかすると、君には力が見えるとでも?」


 女性はわたしを睨んだまま、形の良い眉をひそめると、だがすぐにその表情を解いた。


「――急な訪問で、いきなり訳のわからないことを言ってしまいました。申し訳ありません。わたしは……この世界ではミュウと呼ばれています。

 訳あって、わたしはあなたのことを知っています。一か月前にここにやって来た男性がいるでしょう? あの人から聞いたのです。加えて、ゴロウという男性の話も。あぁ、それはその男性からの又聞きですが」

「……その若さだ。君も、今回の転生者なのだろうね。君が……ミュウくんがここに来たのは、わたしの力を知るため……かな?」


 険しい表情は解かれたものの、未だにミュウは緊張を隠せていない。

 理由はわからないが、おそらくだがわたしに何らかの疑念を抱いているのだろう。

 そしてそれは、どちらかというと悪い方の疑いに違いない。

 さらに、もしもわたしが少しでも変な挙動を見せれば、オークが黙っていない……痛い思いをするのは嫌なので、相手の意のままに対応してあげることに決めた。



「知りたいこと、聞きたいことはたくさんあるのです。あるのですが……まずは、何故あなたの力が見えないのか。これがわからなければ、話を進めることも出来ません。勝手な、訳のわからない話で申し訳ありませんが、わかることがあれば教えて下さい」


 目つきはさておき、素は何とも礼儀の正しいお嬢さんのようだった。

 オークは、自分からはもう何も話すことは無いと言わんばかりに、腕を組み仁王立ちを決め込んでいるようだ。


「わたしが知っていることなら、全てを教えようと思っていた。でもね……その、そもそも力が見えないとはどういうことなのかな?」

「わたしは、人の持つ力を知る力を持っています。力を持つ存在をこの目で捉えるだけで、その力の詳細がわかるんです。それをわたしは、力が見える――と表現しているのですが」

「ほぉ……それは、この世界では非常に有用な力を持ったものだ。そうか……それで、わたしが二つの力を持っている筈なのに、一つも見えないと言っているのだね?」

「えぇ。あの男性からは、あなたが『答えを得る力』と『不老の力』の二つを持っている、と聞きました」


 あの青年には、自分は不老不死を願い得たと伝えていたと思ったが……実際に、この女性が言うとおり不老だけなのだが、わたしはゴロウの受け売りにより、不老不死であると公言しているのだ。


『不老はすごい力だ。でも、殺されれば死んでしまう。黒髪の中には、奪ってでも不老の力を得たいなんて人間が、もしかしたらいるかもしれないだろう。そんな中で、じじいのように弱々しい存在がその力を持っていることが知れたらどうなる?

 それに、まだ死んだことが無いから、嘘だとはバレない筈だ。だから――念のため、自衛のためにも不老不死って言っておこうぜ!』


 それと、答えを得る力のことは……いや、それもゴロウから聞いたことなのだろう。




「わたしには皆目検討が付かないのだが……ミュウくんのそれは、触れるとより詳細なことがわかるとか、そんな力ではないのかね? あぁ――わたしから君に触れる気は一切無いから、そこだけは安心して欲しい」

「……見るだけで、これまでは黒髪の力を全て見ることが出来た……筈です。だから、持っている筈の力が見えないのは、やっぱりおかしいんです……」

「例えば……ほら、黒髪が白髪に変わることで転生者だと認識されなくなるとか?」

「でも、力は未だあるのでしょう? あなたが今も生き存えているのが、不老の力を持ち続けていることを証明していますし」

「ミュウくんの言うとおりだ……ちなみに、ゴロウの力は全て見えたのかな? 彼は変異種を二体討伐している。あと……たぶん、本人から経緯を聞いただろうが『成りすます力』も持っている。

 これは、この世界で不慮の死を迎えた転生者の力が、偶然にも彼に宿ったものだ。それらを全て見ることが出来たのなら、その力は間違い無いのだろう」

「…………」


 今のわたしの言葉に、何か引っかかるところでもあったのだろうか。

 ミュウは何かを考え込むように黙り込んでしまった。

 少しすると、オークを見て、目と目で何かをやりとりしたように見えた。



「あなたと話をしてみて……信用が出来る出来ないではなくて、わたしには、あなたが悪人だと思うことが出来ません。これは、ただの直感です。だから……わたしに、触れてみてくれませんか?」

「……そう思ってもらえたのは嬉しいが……一体、何を考えているのだね?」

「わたしに触れて、何故『力を知る力』があなたの力を見ることが出来ないのか、その答えを得ることが出来ませんか?」

「なるほど……君に、というよりも、その力から答えを得るということか。じゃあ――触れても、良いかい?」


 まるで初めて触れ合う男女のような、初心うぶなエロスを含むような表現をしてしまった気がする。

 そんなわたしの問いに、彼女はわたしの目を見つめたまま頷いた。

 だが、すぐに何かに気が付いたのか、


「あ――わたしからあなたに触れても、答えを得ることが出来ますか?」

「あ、あぁ。わたしから触れなくてはならない、などという制約は無いのでね。たしかに、女性の君から触れてもらった方が安心だろう。望むのなら目を瞑るし、後ろを向いても構わないが?」

「いえ、そのままで結構です……」


 わたしが彼女に危害を加えない、とも思ってくれたのだろう。

 彼女はその言葉を最後に、大きく一つ深呼吸をした。

 両手を胸の前に組み、少し猫背の姿勢のままゆっくりとエレベーターの縁を跨ぐと、ようやく部屋の中へと足を踏み入れた。


 躊躇いながらも、その右手を差し出し、わたしの肩に触れて目を閉じた。

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