62話 事後報告
ゴロウが封じ込めたものは、黒髪の人間が触れることで解放される。
つまり、ゴロウのこの力も、自身を除く転生者に対しては効果が及ばないということ。
なお、封じ込めには自身の生命力を消費するという。
特に、自身と共に時を封じ込めるには多大な生命力を消費するらしく、解放された後は、次の封じ込めまでに一年もの期間を生命力の回復に要するようだ。
そのため、ゴロウとしても出来ればすぐには解放されたくないという思いがあるらしい。
外の世界と隔離されたわたしの研究室に自身を封じ込めることは、彼にとって都合が良かった。
自身の大きさを圧縮して封じ込めることも可能だが、その分、追加で生命力が消費される。
そのために、ゴロウはそのままの姿での封じ込めを選択している。
一見すると目を閉じた人間が直立する、蝋人形のような封じ込め体の完成である。
『なんか、よく見るとこれ、死体じゃないか?』と疑われる恐れもあるため、いくら人の出入りがほとんど無いわたしの部屋でも、その姿は隠す必要があった。
布を被せて部屋の隅にでも置くか、あるいはソファの下に隠しても良いのだが――わたしは毎日利用し、さらには他人には使用を禁じている『廁』に、彼の封じ込め体を安置することに決めた。
封じ込め後、一年間は解放出来ないという制約もあるため、初めのうちはいろいろな場所に置いて試してみた。
部屋に置くと、例え布を被せても妙な威圧感があった。
当然、廁は厠でひどく居心地が悪いのだが、ゴロウという恩人の存在を忘れないためにも、一日に数回くらいは我慢してその存在を認識すべきだと考えたのだった。
厠の壁際で瞑想するゴロウに、うっかりにでも触れないように共同生活をすること百年。
封じ込めの時間が長いほど、触れてから解放までに要する時間が長いことが、たった数回しか解放していないがわかっていた。
百年熟成させた今回の場合は、前回と同様に数分の出来事だろうと推察された。
その日、インプと共にやって来た黒髪の青年を置いて厠に立つと、百年ぶりにゴロウに触れ、そしてソファに腰掛けてそのときを待った。
この百年という時の経過も、瞬きの時間に過ぎないゴロウは、まずは厠に安置されていたことを叱責した。
わたしにとっても、ゴロウくん人形と百年以上共生しているため、動くゴロウとの対面でも一切の感動は生まれなかった。
とは言え、その日は青年を交えて百年ぶりに黒髪と話すことが出来た。
酒も相まってか、心から楽しむことが出来たのだった。
会話のほとんどが、現代からやって来た青年からの、現代世界に関する話だった。
二十八歳と若いながらも博識な青年は、この五十年の世界の移り変わりを事細かに語ってくれた。
実業家らしいのだが、日本の変遷について人前で話す機会も多かったのだという。
おかげでこの世界の科学技術も、五十年ぶりに発展させることが出来そうだ。
青年から様々なことを教えてもらったが、彼にインプを討伐させるかどうか、その話をゴロウとすることは無かった。
ゴロウに触れ、その答えを得ることも無かった。
わたしは人に触れることで全ての答えを得ることが出来るのだが、知りたくもないことを知ることが大いにあり得るため、使用の機会を限っていた。
それに、ゴロウには触れなくとも、その考えを読むことが出来た。
それは意思の疎通というよりは、ゴロウがわたしに強く訴えかけることをただ読むだけの作業なのだが――ゴロウはそのとき、真剣な思いを込めたその目で言っていた。
「時期尚早だろう」
と。不死の力を得てしまえば、もしもその人間が悪い心を持っていたならば――この世界が、黒髪が危険に晒される可能性が高まってしまうのだ。
変異種の討伐、さらには黒髪の命を奪うことでも、その力を自身に宿らせることが出来る。
そして、死ぬことが無いとわかれば、何度でも何年掛けても、その意思が折れない限り力を奪うことに挑戦出来るのだ。
力を得ることで、またさらなる力を追加していくのは、段々と容易になっていくことだろう。
そんな力を、もしも悪い方向に使われたら……そもそも、そんな悪人が転生してくることがあるのだろうか。
それでも、その可能性がある限りは、そして今回のように選択出来るのならば、力の宿り先は慎重に検討しなくてはならないだろう。
それに……何故かはわからないが、ゴロウはいつも、「不死はじじいが持つべき力だ」と言っていた。
ただの同郷の、同期のよしみからか。あるいは、ユキの復活を望むわたしを思ってのことからか。
いずれにせよ、ゴロウはお節介で、誰よりも心優しい。
そして、心から信頼出来る人間なのだ――
「――じじい、どうしたギャ?」
「まさきゃ、じじいのキュリー汁に毒でも入ってたきゃ?」
「じじい、遂に死んじまったギャ!?」
インプの奇声で、深い思考から現実へと戻った。
しかし、こいつら……ゴロウの口調に染まっている気がするのだが?
たった数回しか会っていない筈なのに……
「……いや、まだ死んでない。考え事をしていただけだ。五月蠅いから、また酒でも飲ませてやろうか?」
「ギャっ!」
「ギャたちに酒は早きゃったギャ!」
「まだ子供だったギャ」
「子供……? くっく……それだけ生きておいて、まだ子供だとでも言うのか……」
一か月前にゴロウと酒を飲んだとき、
「ギャも飲みたいギャ!」
「きゅれ!」
と強請るインプたちにもそれを分けてやったのだが――
「ギャーッ!!」
という断末魔のような悲鳴を残し、三体揃って数時間、死んだように大人しくしていたのだ。
それこそ絶命して、またいつもの場所で復活するのではと心配したくらいだった。
やはり五月蠅いので、ギャーギャーと強請り続けるインプが入った網の近くに、キュリー汁が入ったコップを一つ置いてやった。
すると、一体ずつ正確に三分の一ずつを減らしていき、飲んだ順にゲップをすると、目を細めてまた大人しくなった。
その見た目に、せめてもう少しだけでも愛嬌があれば……まるで二百年も連れ添う我が子のように……いや、ペットのように思うことも出来たかもしれないのだが……
『ビーッ!』
今度は突然、部屋に設置した電話機が無機質な声で鳴き始めた。
またインプが騒ぎ出すかと思われたが、モノを口にした後だからか、死んだように大人しいままだった。
だが、目だけは何事かと周囲をギョロギョロ見回していた。
一か月前に来訪者があってから、この音を聞くことは無かったのだが……もしかすると、ゴロウが戻ってきたのだろうか。
急ぎ受話器を取ると、電話先の知らない人物の姿を勝手に思い浮かべ、通話を始める。
「はいはい、どうしたかな?」
「たった今、オークと黒髪の女性がフロントにやって来て、『ドクターに会いたい』と言っておりましたので、お通ししました」
毎度思うのだが、何故に事後報告なのか。
確かに、どうせエレベーターに設置した監視カメラ映像でわたしが本人チェックをするのだが……
「わかった」
こちらも毎度お馴染みの回答を口にすると、受話器を下ろして映像モニターを確認する。
先ずは、画面一杯に屈強なオークが現れた。
恵まれたその体格が大きすぎるため、背後に立つ黒髪の女性の姿がほとんど見えない。
だが、見え隠れするその頭部の先から、間違い無く黒髪であることだけはわかったのだった。




