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61話 時の経過

 目が覚めると、いつもの天井が広がっていた。

 この研究室に籠もってから百年以上が経過しており、そこには経年による汚れが顕著に見られる。

 結局、これまでインプの討伐も叶わず、不老不死の研究も成果をあげることが出来ていない。

 不老であるわたしに時の経過を教えてくれるものの一つが、天井の汚れだった。


 すっかり自分のからだの形に馴染んだソファから起き上がると、ゆっくりと背伸びをする。

 からだの節々が痛く、特に腰はゆっくりと伸ばしてあげないと、突然悲鳴を上げることもあるのだ。


 ――どうせ不老になるのなら、もっと早くなるべきだ。


 この百年以上、ずっと連れ添ったからだの痛みと共に、常々思っていることだった。

 しかし――もしもインプのように不死の力だけを得たのなら、不老とはどう違うのだろうか。

 からだは老えども死なない。おそらく……本来寿命を迎える年齢まで老いて、死に絶える。でも不死だから、生き返る。それを永遠に繰り返すのではないだろうか。


 だとすると、不死の方が絶対的にからだの自由が利かないと思われるため、「まだ節々が痛いと言っていられる年齢で不老になった自分はマシだ」というのが、常々思っていることへの一応の慰めであった。




 洗面台で洗った顔をタオルで拭きつつ冷蔵庫へと向かうと、中から毒々しい緑色の液体が入った容器を取り出し、コップに注ぐ。

 コップを片手に、先ほどまで横になっていたソファに腰掛け、乾いた喉にそれを一気に流し込んだ。

 甘ったるい、粘度のある冷たいその液に少しむせ返ってしまう。


「ギャ……?」

「キュリー汁だギャ? ギャにもきゅれ!」

「のどきゃわいたギャ!」


 咳払いで起こしてしまったのか、一か月以上網の中に放置したままのインプたちが騒ぎ始めてしまった。


「お前たち……喉の渇きも気のせいだろう。ついこの間、肉とキュリー汁をあげたばかりじゃないか」


 不死の力を持つこいつらは、紫色で一つ目の、不気味な様相をした『インプ』と呼ばれる変異種だ。

 とある森の中のとある小さな湖の近くに突如現れたらしく、どうやらそこがインプたちにとっての始まりの場所のようだ。


 二週間経過すると腹が減り、狩りをする。それは森の中に住む生き物か、あるいは森の外の生き物も狩りの対象となるようだ。

 この世界の住人ならば知らない者はまずいない筈なのだが、それでも希に人間が犠牲になってしまうこともあるらしい。


『人間は美味しきゅないギャ』

『でも、心臓は綺麗だし美味しい気がするギャ!』

『不死になれるギャ!』


 人間の心臓を食したという武勇伝を語ると共に、何故か、そのおかげで不死であると勘違いしているのだ。

 まあ……インプを殺して不老不死の研究をしている、何処かの誰かの影響なのは目に見えているのだが。



 インプは二週間に一度の食事を済ませると、必ず一時間程度の睡眠を取る。

 規則正しすぎるこの変異種は、逆に言うと二週間に一度の食事だけ、二週間に一時間の睡眠だけで生きていけるのだ。

 これは、初めてインプを捕らえたときに半年間観察をしてわかった習性だった。

 さらに、インプが不死の力を持っていることは、わたしの持つ『答えを得る力』で知ったことだった。


 三体で生息するインプは三体で一つの生を成すらしく、もしも一体が命を失えば、他の二体も息絶える。

 そして、始まりの場所に再び三体で生を受けるのだ。

 その規則正しい習性を知った半年後、わたしは初めてインプの命を奪った。

 そのときのことは今でも鮮明に覚えている。



 ――これは今でも謎なのだが、変異種の言葉を理解できるのは、この世界にやって来た黒髪の転生者だけのようなのだ。

 この世界の住人には、彼らの会話が『ギャーギャー』という耳障りな鳴き声にしか聞こえないらしい。

 とは言え黒髪のそれも、インプの言葉がわかるだけで会話などが成り立つものではない。


 狩りのタイミングに遭遇してしまうと問答無用に襲いかかってくるし、そうでなくても心臓目当てに襲ってくることもあるのだ。

 それでも、わたしはインプと半年間の共同生活を送ったせいか、敵意だけは向けられていないようだった。

 その習性を確認し、その不気味な様相にも見慣れたあるとき、わたしはインプを手にかけることを躊躇してしまった。


 だから――キュリー汁に毒薬を混ぜたのだ。

 人間に効く薬がインプにも効果があるかはわからなかった。だが、成人した人間を致死へと追いやる量の数倍を超える毒薬は、体長が一メートルほどのインプたちへの効果も絶大だったらしい。


「美味いギャ!」

「こんなの初めてだギャ!」

「うっ!!」


 と、一通りの感想を述べた後に緑混じりの紫の液体を吐き、絶命したのだった。


 そして、信じられないことに――嘔吐した液体を残し、インプたちの姿は完全に消失した。

 そしてすぐ後に、騎士団の調査により、始まりの場所の森での生息を確認したのだった。



 ――それからというもの、インプたちの寝ている時間に捕獲し、殺害を繰り返すことになった。

 目的は、不死の研究のため、そして完全に討伐するため。

 とは言え、後者は、これもわたしの力でその手段が確立されていた。


 不死のインプを完全に討伐する方法、それは『自死』であった。

 それぞれが自分で自分を殺めるも良し、二体で一体を殺めるでも良し。

 ただし、毒薬を飲んでも完全に死なないのは、自殺ではなく他殺と判定されてしまうからだろう。


 自らの意思で毒薬を飲めば自殺判定されるだろうが、そんな願いを聞いてくれるやつらではないのだ。

 かろうじて会話が出来るわたしでさえも、この百年以上自殺に追い込むことは出来なかった。


 そんな中――遂にインプを討伐出来る力が、この世界に現れたのだ。

 その力を持つ青年は、つい一か月ほど前に、捕獲されたインプと共にこの研究室へとやって来た。

 百年ほど前から一歩も外に出なくなったわたしにとって、時間の経過を教えてくれる他の手段は、この世界にやって来た転生者との出会いだ。

 そして、そのときに現代の話を聞くことが、この世界で生きる唯一の楽しみとなっていた。



 その青年は、転生したその日にここに来たと言っていた。

 つまり、わたしが前回の転生者と出会ってから、およそ五十年という長い長い時が経過したということだ。

 ただ、この五十年はこれまでよりもやけに長く感じたような気もするが……インプを捕らえてからの日数は一応覚えているものの、それ以前の時の経過など、とうの昔に数えるのを止めていたのだから、ただの気のせいだろう。


 しかし――まさか転生初日にインプと出会い、しかも一緒に研究室ここにやって来るとは。

 しかも、彼が持つのは、人を自分の言うとおりに動かす力。

 黒髪はインプと会話が出来る。そして、彼の言うことを聞いた黒髪以外のものは、彼の言うことに従う他無い。


 つまり、彼はこの世界で唯一インプを自死させることが出来る人間なのだ。

 まさに運命的な出会いが重なったあの日、あのとき――


「彼に、不死の力を譲るべきだったのではないだろうか……」


 目の前でギャーギャーと騒ぐインプを見て、ため息と共にそう呟いた。


 わたしは、その青年を一目見たときからそう考えていた。

 だが、その日に解放されたゴロウの意図を汲み、それをしないことにしたのだ。


 同時期にこの世界へとやって来たゴロウは『封じ込める力』を持っている。

 さらには変異種を討伐して得た『時を止める力』と併用することで、自身を停止した時と共に封じ込め、未来へと移動することが出来るのだ。



 今回、ゴロウが自身を封じ込めてから百年後に解放することになったのは、たまたまだった。

 でも、そのたまたまは時期的なものであり、解放した理由は明確だったのだ。


 ゴロウからは、「何かあれば解放してくれ」とだけ言われていた。

 前回、百年前は確か……そう、ゴロウが討伐可能な変異種が見つかったとき。


 そして今回は、これこそ一大事と言える何かと言えるだろう。

 新たな転生者が――インプを討伐出来る人間が現れたのだから。

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