05話 真田慎治『絶対的カリスマ性』
緑色の絨毯を一直線に歩くと、背の高い木々が鬱蒼と繁る森が現れた。
「これは……さすがに天運に見放されたか?」
――見知らぬ場所で目を覚ましたのは、およそ一時間前のこと。
辺りには見渡す限り緑色の草原が広がっていた。
空が青いし、太陽も一つ。
ここは日本なのか、そんな疑問を抱きつつも、何やら空気感がいつもとは違う気がした。
目覚める前のことを思い返してみる。
窓の無いバスの中、そして、激しい揺れと浮遊感。
――推測するに、乗っていたバスが事故に遭ったのではないか。
だが、周囲にバスの残骸や他の乗客が見られないということは……僕はすでに死んでいて、ここは天国か地獄なのではないか。
それか、もしかすると虫の息で、現実とあの世の狭間にいるのかもしれない。
いずれにせよ、ここは現実ではないと考えるのが建設的だろう。
まずは推測でも良いから現状を把握し、前を向いて進む。
それが僕、『真田慎治』の生き方だ。
道が一本、地平線に向かっているのが見えた。
それでも、僕は緑の絨毯を歩くことを進んだ。
それは、天運に任せたからだった。
少し考えても手段が思い浮かばない、そんな、行き詰まることもよくある。そんなときはいつも、サイコロを投げるか、あみだくじを頼る。
もちろん、結果はうまくいかず、失敗することだってある。
でも、そんなときは、どうせ考えてもうまくいかなかったのだ。
悩む時間が無駄にならなくて済んだ。
そんな建設的な思考の持ち主が、僕なのだ。
「さて……目を閉じてぐるぐる回って止まる。目を開けて向いている方角に真っ直ぐ進もう! と決めたんだけど……」
それでも、今回ばかりは間違いだったかもしれないと、幾ばくの後悔があった。
道をどっちに進むかを運任せにすれば良かった……と、思ってしまっているのだ。
「まぁ、良いや。死んでる時点で詰んでるんだから」
少しだけ止めていた足を動かすと、森の中へと進んだ。
見たことの無い木々ばかり生えているから、やはりここは現実世界ではないのだろう。
頭上、はるか上の方には、赤や青の鮮やかな色をした実がなっている。
今朝はトーストとコーヒーを胃に入れて来たが、昼食はまだだった。
現実でないのなら、空腹感など無さそうだが……意識した途端、急に腹の虫が動き始めた。
「あの実、食べれるのか? 鮮やかなほど毒があるのは、生き物だっけ? ……最初に茄子とかパイナップルを食べた人って凄いよな……」
先人の逞しさに感心しつつ見上げていると、
『バキバキ』
背後から、木の折れる音が聞こえた。
振り返ると、十メートルほど先には、見たことの無い巨大な生き物が四足で立っていた。
「……でかっ! なんだ、恐竜か? ここ、何でもありかよ!」
緑色の固そうな皮膚、角張ったそのからだは、サイのようにも見える。
だが、その大きさはサイの数倍はあるだろう。
「周囲と同じ色……保護色ということは……そういうことだろ? 弱肉強食の弱の方、ピラミッドで言うところの底辺てこと。草食なんだろ?」
その推測は、自分に言い聞かせるもの。こうだったら良いなという希望的願望。
実のところ、足は震えて、立っているのもやっとなのだ。
だが、その生き物の目はしっかりと自分に向けられている。
「実は友好的な性格で、背中に乗せてくれたりとか……無いよな?」
その生き物は、その場でピクピクと動き始めた。
前足で地面を削るような仕草を見せ、後ろ足は地団駄を踏んでいる。
まるで、今にもマタドールに襲いかかる闘牛のような、玩具に飛びかかろうとする猫のような……
「って、襲いかかって来る気満々じゃないか!?」
震える足は未だ言うことを聞かない。
そしてその生き物は遂にその脚で地面を蹴った。
走馬灯は頭を過らず、ただその生き物の動きがスローモーションに見えた。
生き物が、二メートルほどの距離に近づいた、そのときだった。
「ギャギャギャ!」
生き物の頭の上に、奇声とともに何かが落ちてきた。
それは紫色で、大きさは一メートルくらい。人型に見えるそれは、両手に持った石斧のようなものを振りかぶっている。
次の瞬間、それを降りおろす。
『バンッ!』
生き物の頭が爆ぜ、ピクピクと痙攣すると、横に倒れた。
紫色の何かは、石斧を手に持ったまま、
「やったギャ! 今日は肉だギャ」
と、甲高い声をあげていた。
言葉、しかも日本語を話す謎の生物の出現に、訳がわからず立ちすくむ。
すると、
「焼きゅギャ!」
「燻製ギャ!」
と、同じ何かがさらに二匹現れた。
どれも身長は一メートルくらい。二足歩行で、腕が二本。
紫色の肌は、とかげや蛇に近いだろうか。
十センチほどの可愛らしいしっぽが生えており、先が鋭利で触ると痛そうだ。
服と呼べるものは何も身に付けていない。
そして、その頭部だが、人の顔に近いものに見えた。
だが、よく見ると全くの検討違いの異形をしていた。
大きい目が一つ、鼻が無くて、口は一つ。耳は二つで人と同じ位置に付いているが、葉っぱのような形で、尖っている。
全身に体毛と呼べるものは生えておらず、代わりと言わんばかりに、おでこの上辺りに五センチほどの鋭利な角が一本生えていた。
まるで……悪魔のようではないか。
色も相まって、どこか恐ろしいその見た目だか、それでも、どこか愛嬌を感じるのは気のせいだろうか。
僕のことを助けてくれた?
……というわけでは無さそうだ。
たまたま、こいつらの捕食対象に襲われていただけだろう。
それでも、結果として助けられたと言えよう。
何よりも恩義を重んじる自分としては、相手がどんな異形をしていようが、お礼を言わなくてはならない。
「あの……助けてくれて、ありがとうございました」
日本語を話せるということは、リスニングもいけるだろうと期待して、少し大きめの声で声をかけてみる。
「ギャ? ……ギャーッ!」
「に、人間だギャ!」
「殺されるギャ!」
三匹は、こちらには全く気付いていなかったのか、慌てふためいていた。
殺されるとはどういうことだろうか。あれほどの戦闘力を持っているのに……
「せ、先手必勝だギャ!」
「ギャ!」
「三人ぎゃきゃりならいけるギャ!」
三匹ともいつの間にかその手に石斧を持ち、こちらに敵対していた。
まずい……警戒の後に恩義を持つべきだったか。
でも、その見た目は何となく単細胞というか、幼子のようだ。
説得すれば聞いてくれそうな気配がある。
今にも飛びかかってきそうな三匹に向けて、
「ちょっと待った! 話をしよう!」
そう言ったのと同時に、一人が地面を蹴っていた。
あ、今度こそ死んだかな?
死を覚悟した瞬間。
跳んだ一匹は、石斧を手放すと、両手を広げて胸元に飛び付いてきた。
ひどく軽いその何かは、「ギャギャギャ!」と言いながら、胸にしがみついている。
姉の子供がちょうどこのくらいの大きさだった。
脇の下に手をいれると、持ち上げてからだから離す。
その肌は思ったよりも硬く、ゴムのような触感をしていた。そして、思ったよりも温かい。
「ギャーッ! 捕まったギャ!」
「ギャ!」
「ギャギャギャ!」
甲高い声でわめく三匹の何か。だが、心なしか笑っているように見える。
「話をするギャ」
「そうするギャ」
「何を話すギャ?」
どうやら、自分の言葉が通じて、さらには話し合いにも応じてくれるらしい。
両手に持った一匹を地面に下ろして解放すると、その一匹は両手を挙げて二匹のもとに走り、こっちを向いた。
「……お前たちは、何なんだ?」
まず、一番疑問に思ったことを口にする。
現実世界ではまずお目にかかることができない異形の何か。
「ギャギャ」
「そうギャ」
「ギャ」
「ん?」
「ギャギャ!」
こいつらは、語尾がギャで、そして、笑い方はギャギャギャ。肯定もギャ。
ということは……ギャギャというのは、『ギャです』ということか?
ギャという種族……?
「ギャはこの森に住んでいるのか? 他に何人いるんだ?」
「ギャはギャたちだけギャ」
「森きゃらは出ないギャ」
「外に出ると人間に殺されるギャ」
何となくわかった。種族というか名前がギャなのだ。しかも三匹とも。
そして、この森にはこの三匹のギャしかいない。
森の外に出て人間に殺されたということか?
「人間は、何でギャたちを殺すんだ?」
「人間、けんきうする」
「ギャたちのきゃらだ、珍しい」
「バラバラにされる」
「何でギャたちはそれを知ってるんだ? 聞いたのか?」
「ギャ? 殺されたきゃら知っているギャ」
「ん?」
「人間、森の中にも入ってきゅる」
「ギャたちは捕まって、けんきう施設でバラバラにされたギャ」
「痛きゃったギャ」
何を言っているのだろうか。
他のギャと一緒に捕まったけど、逃げてきたということか?
「ギャたちはいっぱい居たけど、今は三人ということか?」
「ギャ? ギャたちはギャたちしきゃ居ないギャ」
「ん? えっと、数え方はわかるか?」
「馬鹿にしないギャ。一、二の三ギャ」
「そうそう。お前たちは、一ギャ、二ギャ、三ギャ」
指を指しながら、ついでに名前をつける。
「ギャ」
「殺されたのは、何人のギャだ?」
「三ギャ」
「ということは、四ギャ、五ギャ、六ギャが居たんだろ?」
「何を言ってるギャ?」
「三ギャしきゃ居ないギャ」
「それは、お前たちのことだろ? 殺されたのもお前たちってことか? ……どういうことだ? 死んでも生き返るってことなのか?」
訳がわからないが、こいつらが言っているのはそういうことだろう。
もしも不老不死みたいな、不死身のからだを持っているのなら、人間も研究の対象としたいに違いないが……
「ギャたちは、研究施設で殺されたら、どこに行くんだ?」
「ここだギャ」
「池のときょろだギャ」
「殺されないと戻ってきょれないギャ」
不死で、死ぬと森の中で生き返る?
……一体、こいつらの存在意義は何なのだろうか……
とにかく、わかったことがある。ここには人間が来て、定期的にこいつらを研究施設とやらに連れ去る。
つまり、ここにいれば人間と会えるのではないか。
「人間は、次はいつ来るんだ?」
何度も殺してくる人間のことを聞くのは少し躊躇ったが、どうも単細胞のようなので、ストレートに聞いてみる。
「ギャ……肉を食べると来るギャ」
「肉?」
目の前に横たわる生き物のことだろうか。
この生き物が定期的に現れるのか、はたまたこいつらの空腹が定期的に訪れるのか。
つまり、今日、人間が来るということか。
「ギャたちは、大人しく捕まるのか?」
単細胞なこいつらのことだ。戦闘力は桁外れだが『研究のために犠牲になってくれ』と頼まれれば聞いてしまいそうではないか。
「そんなわけ無いギャ!」
「ギャ! 何人きゃは道連れギャ」
「人間の心臓は美味しいし綺麗だギャ!」
「ん?」
「……大事なきょとを思い出したギャ」
「どうした? 人間と戦う準備か?」
一ギャは、さっき放り投げた石斧を拾うと、満面の笑みで言った。
「お前の心臓、旨そうギャ!」




