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52話 黒光りしたやつ

黒い害虫が苦手な方はご注意ください。

 半径百メートルの範囲内の気配を察知できるゴロウ。

 変異種は、子供を抱えてその動きが鈍いのか、距離を取ってそれを追うゴロウの歩みはゆっくりとしたものだった。


「移動しながら、ガキのこと食ってたりしねぇよな……」

「少なくとも、これまで血痕すら見つかってないんだ。おそらく拠点に連れ帰るまでは手を付けないんだろう」

「……変異種の巣ってことか? なんか――ほら、一匹居たら家の中に十匹は居るみたいな話無かったっけ?」

「それ、黒い害虫の話だろ?」

「うげぇ……自分で言っといて、想像するだけで気持ち悪ぃや。俺、前にでかい茶バネのやつが俺目掛けて飛んで来るの見て、トラウマなんだよ! あとムカデとかあんな感じの……あぁ、駄目だ……俺、虫は大っ嫌いなんだ!」


 変異種の姿形はわからないが――これが『フラグを立てる』というやつではないか?

 などという不吉な考えを持ちつつ、注意を払いながら変異種を追うゴロウの後を、ロキとゆっくりと追った。



 ――変異種は、町の外れにある一軒の家へと入って行った。

 誰の姿も無いのに、その出入り口の扉が開くと、そしてまたすぐに閉まったのだ。

 すぐにゴロウと、その家の出入り口前まで駆け寄った。


「――まさか、家の中に潜んでるとは思わなかったな。町の外を捜索しても何もわからなかったわけだ」

「家の中では姿を現していることを願おう。――よし、突入するぞ? 俺が壁をつくって動きを封じ込める」

「俺がぶん殴る!」

「言葉が通じるなら、僕が説得しよう」


 ゴロウを先頭に、勢いよくドアを開け、家の中へ突入した。


 ワンルームの小さいその部屋、向かって左側の壁際に、攫われたと思われる子供が横たわっていた。

 ピクリとも動かないが、どうやら気を失っているだけのように見えた。

 そしてそのすぐ横の床には、大人が一人入れるかどうかくらいの穴が空いているのが見えた。

 さらに、すぐ脇には小さい絨毯のような布が置かれているから、普段はそれで穴を隠しているのかもしれない。


「気を付けろ……おそらく、穴の中に何かが居る。子供を一旦置いて、穴の奥の整理整頓でもしてるのかもな」


 そして――ゴロウの言ったとおり、穴の中から何かがその姿を覗かせた。



「うっわ! 嘘だろ……嘘だと言ってくれ!」

「ふ、フラグ回収……」


 まず見えたのは、一メートルほどの長さがあり、ブンブンと指揮棒のように振られる真っ黒い二本の触覚。

 そしてすぐに、そのドス黒くグロテスクな頭部が現れた。


 ――まさか、ロキの言ったとおり黒い害虫だったとは。それは茶バネではなく、黒光りする方のアレだった。

 しかもその体長は、一メートルは優に超える程のビッグサイズ。


「ぎぃやあぁー! 無理、ムリムリムリ、無理ぃ! ご、ゴロウに任せた!」

「済まん、俺も無理だ! 精神的な攻撃を受けて、穴を塞いでた壁が消えちまった! それに……おい、シンジ!」


 大きさの割にその機敏な動きは変わらないらしく、気持ちの悪い前足が子供をしっかりと捕捉してしまっていたのだ。


「くそっ。おい、そこの黒光りしたやつ! その、子供を離してくれ!」


 会話が成立するとは思えないが、取り敢えずお願いしてみる。

 だが、『――ギシ、ギシキシ』と気持ちの悪い音を鳴らすだけで、黒い害虫は子供を離してくれない。


「ちっ! おい、ゴキ……じゃなくてロキ! 子供を掴んでないケツの方だ。衝撃波でぶっ潰してくれや」

「誰がゴキだ! でも……俺、この距離でもだぜ? 何か、気持ち悪い液体が飛び散るだろ?」

「そんなこと言ってる場合か!」


 リアルな害虫の前でグダグダと譲り合っている、その時だった。



「――ったく、しゃあねぇな。揃いも揃って腰抜けばっかか?」


 突然、開け放たれたままの扉から、ドスの利いた声が聞こえてきた。

 視線を向けるも、声の主は既に黒い害虫に向けて地面を蹴ったところで、その残像だけしか捉えることが出来ない。

 そして次の瞬間、黒い害虫には槍のようなモノが突き刺さっていた。


『ピギャー!』


 黒い害虫がキシキシと激しく音を立て、奇声を上げる。


「うっわ、グロっ! お、俺……おえぇ――」


 ロキが変異種から目を背け、胃の中のモノを吐き出した。

 僕もそうしたかったのだが、状況把握のため、何とか堪える。


 槍が突き刺さったところからは、白、黄色、緑の液体が泡のように溢れ出ている。

 何より、あの見た目とキシキシ音だけでも気色が悪いというのに、変異種ごきはとうとう、羽までを出して動かし始めたのだ。

 『ブブブブ!』激しく耳を触る気持ちの悪い音と共に羽を動かすが、突き刺さった槍は床をも貫いていて、その場を離れることが出来ない。

 羽を動かすのに必死なのか、いつの間にか子供を掴んでいた前足が離れていた。



 変異種に槍を刺した人物は、オーク族特有の巨体と様相をしていた。

 そのオークは、気を失い横たわる子供を右手だけで掴むと、自らの右肩に乗せた。

 そして、強面のその顔で優しく微笑むと、意識の無いその子供に言葉をかける。


「頑張ったな。お前のおかげで、変異種を倒せたぜ? がはは!」




 変異種がピクリとも動かなくなると、オークはその上に布を被せた。

 だがすぐに、そのからだが消失したのか。布は床の上にフワリと落ちたのだった――


「――悪かったな。討伐するのを横取りしちまったみたいだな」


 突然の出来事に、誰もその言葉に反応することが出来ない。


「逆にお前らがやられることは無かっただろうが……おい、そこの少年。よくも戦闘中に目を背けたよな? よっぽど強ぇか、よっぽど馬鹿かのどっちかだな。がはは!」

「誰が馬鹿だ! ……くそっ! 虫と幽霊以外なら誰にも負けねぇかんな!?」


 実体の無い幽霊には物理攻撃が通用しない。そのことを言っているのだろうが、もしかするとロキ少年は、単に幽霊も怖いのかもしれない。

 後で落ち着いたらからかってやろうと、同じことを考えていそうなゴロウを見やると、いつになく神妙な面持ちをしていることに気が付いた。


 おそらくだが――このオークに討伐された変異種の力は何処に行くのだろう、などと考えているのかもしれない。


 力の行き場のことは、ゴロウから教えてもらっていた。

 変異種の力は、討伐した黒髪の人間に宿ることになる。可能性は限りなく低いが、もしも黒髪以外の誰かが変異種を討伐した場合。

 その討伐に最も起因する黒髪に、その力が宿るのだという。


 今回の討伐でも、

『誰に宿るかは状況によるな。姿を消せるなんて男の浪漫だろ! 誰に宿ろうが恨みっこ無しだぜ?』

 と、誰よりもその行き場を気にしていたのだ。



「それよりお前、武の団長じゃ……ねぇよな?」


 そんなゴロウの様子などお構い無しに、ロキが強そうなオークに目を輝かせ始める。


「がはは! あんな化けもんと一緒にしてくれたら困るぜ? 俺はただの通りすがりの行商人なんだからな!」


 ただの通りすがりが変異種を討伐するとは思えませんが?

 とりあえず、何かを考えるゴロウの代わりに気になることを聞いてあげることにする。


「まずは――助力をいただき、ありがとうございました。でも、ただの通りすがりではないのでしょう? 何故此処に来たのか、教えていただけませんか?」

「丁寧な言葉遣いの優男だな。俺、お前みたいの苦手なんだ。……なんてな! がはは!」

「まぁ、そう言ってくれんなよ。シンジはこれでも肝っ玉はかなり据わってんだぜ? 俺も一目置いてんだ。がはは!」


 一回りも年の違う少年にフォローされると、何だか逆に落ち込むのだが。

 しかも何かこの二人、兄弟のように思えてきたんだけど?



「――本当のことを話そう。実は、お前ら黒髪に会わせたいやつが居るんだ。――で、この町にやって来て、変異種討伐にたまたま居合わせちまったってやつだ。がはは!」

「会わせたい」

「やつ?」


 ロキと目が合い、言葉も被っていると、


「おい、入って来いよ!」


 オークは外に向けて大きな声を発した。肩で眠る子供の鼓膜が心配なほどの大声だった。

 だが、外からは一向に何の反応も返ってこない。


「あぁ――『お前らが外に出て来い!』ってことだな? 仕方無ぇな、あいつ、オーク族の女より強ぇんだ。どれ、外で対面だ!」


 外に待つのはオーク超えの女ということだろうか。

 しかも、黒髪の僕たちに合わせたいと言うことは、おそらく相手も黒髪なのだろう。

 一人の女性を思い浮かべ、少しだが浮き足立つところを抑えて外へと出る。



 ――目線の先、少し先の道の中央に、その相手は立っていた。

 それは、この世界に来る直前の、同じバスに乗っていた三人の女性のうちの一人。


 思ったとおりの、僕の思い人その人だった。

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