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04話 澪川零『結果予知』

 ――気が付くと、眼前には真っ青な空が広がっていた。

 右手を動かし掌を目の前に持ってくると、何度か指を曲げたり伸ばしたりしてみる。

 上半身を起こすと、これまで視界を占めていた青色の半分に、見渡す限りの緑色が現れた。


「――ここは、どこ?」


 上半身を起こすために地面を支えていた両手は、丈の短い緑色の植物を触っていた。

 まるで手入れされた芝生のような、綺麗な緑色の絨毯が一面に広がっている。

 どうやら、小高い丘の頂上で仰向けに寝ていたようだ。

 一面、青と緑だけで、地平線の先には何の構造物も見えない。


「わたしは……澪川みおかわれい……二十二歳、独身。……あぁ、独身は関係無いか……」


 独り身であることは、否が応でも気にしていた。つい昨日も、母親に『いつ結婚するのか』と急かされたばかりなのだ。

 女性棋士としてメディアへの露出が増えてから、男性とのお付き合いなどする暇も無かった。

 それでも、思い人は一人居て……

 いや、そんなことを考えている場合では無い。重要なのは、今のこの状況だ。

 あまりに現実離れした光景に、文字どおり現実逃避をしてしまった。



 まずは、直近のことを思い出してみる。

 ……どんな願いでも叶うというパワースポットを訪れて……マイクロバスで復路についていた。

 そのバスには窓が一つも無くて……斜め前に座る『あの人』をチラ見しながら、物思いに耽っていた。


 ……そうだ、急にバスが揺れて、一瞬、宙に浮くような感覚を覚えた。

 思い出せるのはそれが最後で、あとのことは覚えていない。


 ……覚えていないけれど、でも、その先の光景を思い浮かべることは出来た。

 それは、上空からバスを客観視する光景だった。


 峠道を走るバスは、急カーブで一切曲がる素振りを見せずに、ガードレールを突き破って谷底に落ちた。

 バスは後部から地面に激突して大破。

 運転手は前面の窓をぶち破り外に投げ出されたが、息はあるようだった。

 大破したバスは、人の生存など望めないほどにひしゃげており、乗客七人は即死だろう。



 その光景は、たった今思い浮かんだ想像や妄想の類いでは無かった。

 お墓で願い事をして、再びバスに乗車し、席に着いたとき、「残り五人か……帰りも同じ時間かかるよね……退屈だな」そんなことを思い、目を閉じると……その光景が『見えた』のだ。

 普通に考えれば、たまたま考えた嫌なことがそのとおりになってしまった。そんな考えで終わるもの。


 でも……わたしは、願ったのだ。

 わたしは『結果予知ができる能力が欲しい』と願った。

 だからその光景は、わたしが予知した『バスで帰るわたしの結果』だったのではないか。


「だとしても……せっかく願いが叶ったのに……わたし、死んだの? でも、生きてるよね……もしかして、ここは天国ってこと? それとも、地獄?」


 困惑しながらも立ち上がると、辺りを見回してみる。

 青と緑の景色だけが広がっていると思ったが、よくよく見ると『道』のようなものが見えた。

 地面の感触を確かめながら、ゆっくりと丘を降りる。


 人が往来するためか、そこだけ草が生えないのだろう。

 幅二メートル程度の土の地面が一本、正面と背後の地平線まで伸びている。


「太陽は……真上? って言っても、方角なんてわかんないけど。でも、どっちに行けば良いのかな。……そうか、結果を予知すれば良いんだ」



 まずは、正面の方向に進む自分を思い浮かべると、目を閉じてみる。


 ――見えたのは、どこかの森の中の光景。

 小さい、紫色をした人型の何かが三体で、一人の女性を囲んでいた。

 その小さい何かが、手に持った小さい石斧のようなモノを振りかぶると、凄い速さで女性の頭に振り下ろした。

 女性の頭部は、スイカ割りで棒が直撃したときのスイカのように爆ぜた。

 聞こえたのは『ギャギャギャ! いい心臓ぎゃ取れそうだギャ!』というひどく気持ちの悪い甲高い声と、『や、やめて……ぐぎゃぁぁ!』という、女性の断末魔。

 もちろん、その女性は自分だった。



「――ぶはぁっ……はぁ、はぁ……うぅっ、ぐぅえっ……」


 あまりの凄惨な光景に、胃の中の全てをその場に吐いた。

 予知した光景は、またもや斜め上から客観視したものだった。そこからは痛みや感情は伝わってこず、ただただ残酷な光景を見せられただけ。

 しかし、なぜ客観視なのだろうか……自分の結末なら、主観でも良さそうじゃないか。

 でも、殺される自分を体感しなくて済むのは助かるのか……それとも……そうか。


 結果をはっきりと見せてくれるということか。

 例えば窓の無いバスで墜落したり、背後から襲われるなどして、知らないうちに死んだ場合。

 主観だと、ただ目の前が暗くなって終わるだけ。事の顛末をはっきりと見せてくれると言うことか。

 なんて親切で、なんて便利な能力なのだろう。


 とにかく、別の結果を見てみることにする。今見たのが、起こり得る最悪の結果のはず。

 自分にそう言い聞かせると、振り返り、また目を閉じる。



――薄暗い部屋の中。床も壁も真っ白く、清潔感がある部屋だ。

 大きく透明な円柱の容器が、いくつか床の上に置かれている。

 まるで、映画でよく見る研究施設のような、人造人間でもつくっていそうな部屋の光景だ。

 その容器の一つ、その中に、一人の女性が丸裸で浮いていた。

 透明な液体が充填されているのだろうが、口元には何も付けられておらず、溺れて苦しむ様子も無い。

 おそらく、既に命は無く、ホルマリン漬けに近い状態なのでは無いか。

 そしてそれはもちろん、自分の姿だった。



「実験体にされてんじゃん! え、何? わたし、どっちに行っても死んじゃうわけ!?」


 それなら、ここに留まるべきなのか……頭を抱えてその場に屈むと、目を閉じた。

 結果を見るつもりは無かったのだが、その光景が目の前に浮かんだ。



 ――馬のような白い生き物が二匹、荷車を引いて歩いている。

 荷車の先頭には男性が一人座り、馬のような生き物を操縦している。

 屋根の無い荷車の荷台には、こちらにも男性が一人。

 そして、両手両足を縛られている、女性の格好をした人間が一人見える。

 頭部には布製の袋が被されており、その顔を見ることはできない。

 荷台がゆさゆさと揺れており、その女性の生存は確認できなかった。

 だが間違い無く、格好からその女性が自分だということはわかった。



「はぁっ!? じっとしていても捕まるってこと? 身ぐるみは剥がされてないけど……どこかに奴隷として売られる、人身売買みたいなやつ? ……嘘でしょ!? っていうか、この結果っていつのことなわけ? すぐ後なのか、明日なのか明後日なのか……」


 そのときだった。道の先、遙か先の地平線に、何かが見えた。

 目を細めてよく見ると、それはさっき見た、真っ白い馬のような生き物に見える。


「うそーん! ちょ、早くない? ……でも、そっちに歩いたらホルマリン漬けだったよね? ここに留まると人身売買? どういうこと? もしも歩いてたら何かが変わってたってこと? ……ダメだ。もう嫌だ、死にたくも捕まりたくもない。じゃあ……草原の、さっき寝てたところに潜んだらどうなる?」


 元いた場所に向き合うと、目を閉じる。



 ――どこかの部屋の中。窓の外は夜なのか、壁に付けられたランプのようなものに火が灯っている。

 壁も床も木造のその部屋には、ベッドが一つと小さい机が一つ置かれていた。

 窓の外を眺めていた一人の女性が、そのベッドに横になる。

 疲れていたのか、あっという間に眠りについたようだ。

 もちろん、その女性は自分だった。



「自分の寝姿を見るの初めてだわ。小動物みたいで可愛い……じゃなくて! わかった、これが正解だ!」


 少しずつ近付いて見える白い生き物たちに気付かれないように、低い姿勢で緑の絨毯を進んだ。

 小高い丘の上にうつ伏せになると、見つからないように様子を確認する。

 近付いて見えたのは、予知したものと同じ光景だった。


 謎の白い生き物が二匹と、それを操縦する男性が一人。

 荷台には男性が一人いて、仮眠していた。

 違うのは、そこに拉致された自分の姿が無いだけ。


「助かった……けど、ここからどうすればあのベッドで寝れるわけ?」


 改めて結果を見ようと、目を閉じる……のは、やめた。

 おそらくだが、草原に足を向けた時点で、その後は何をしてもあのベッドに辿り着くのではないか。

 なぜなら、見えたのは結果なのだから。


「ってことは……ここに留まってれば、わたしをベッドまで運んでくれる優しい人が通りかかるってことだよね? うん、そうしよう。歩かなくて済むもんね!」



 予想どおり、少しすると、またも荷車を引く白い生き物が二匹、地平線から現れた。

 荷車の先頭には、生き物を操縦する人物が一人座っている。

 荷台には荷物だけで、その人物の他に人は乗っていないようだ。


 その姿を大きく捉えると、迷わず道に出て、荷車を止めた。

 すぐ目の前で止まったその生き物は、馬のような体に狼のような頭がくっついていた。

 荷車の先頭に座る人物は体格が良く、だがフードを被っていて性別も何もわからない。

 生き物の横を通り抜けると、


「すみません。人がいるところに行きたいのですが、乗せていただけませんか?」


 日本語が通じるのかわからなかったが、とりあえず、乗せて欲しいというジェスチャーとともに懇願する。

 言葉が届いたのか。

 その人物はフードを捲って、顔を見せてくれた。


 男性なのか女性なのか、あるいは日本人なのか。そんな疑問は一切生じなかった。


 まず、一瞬でそれが人間では無いことがわかった。

 人型のからだに、猪の頭が乗っていたのだ。


 大きな鼻の穴から、『ぶひっ』という音が漏れると、その猪は流暢な日本語で、わたしに言った。


「おっ、美味そうな人間だな!」

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