47話 キャンプファイヤー
「にゃはは! タコちゃんの妄想がどんどんと深化しているようですね。――ところでミュウさん。変異樹の力を知ることは出来ましたか?」
「――うん。アレが変異種だなんて認識してなかったから、気付いてなかったけど。ちゃんと記憶されてたみたい。あの変異樹はね、
『自己再生することが出来る』
『自己再生には自身の生命力を使用する』
『自身の生命力が不足する場合その一。自身の寿命が代替使用される』
『自身の生命力が不足する場合その二。自身の体長、二十倍程度の範囲の生命力を吸収し、その生命力を使用することが出来る』
『吸収する生命力が不足する場合、寿命が代替で吸収される』
――そんな力みたい……って、怖っ!」
ミュウとレイが俺から距離を取り始めた。
「いや、まだ早いから!」
「にゃは! ――変異樹のその高さは五十メートルほどでしょうか。じゃあ、半径一キロメートルの生命力を吸うというのは間違い無かったようですね! さすがワタクシ!」
「そもそも、お聞きしたいのですが。あの変異樹は、百年以上前に『突然』現れたのですよね? そして当然、初めはその樹木が変異種などということも、その力も知らなかった。
――そんな中で、でも、初めて枝葉が落ちたときがあるのですよね? 誰もが変異樹を『危険な存在』と認識するはずでは?」
じいさんが聞きたいことはわかる。
自身を大きく傷つけて、その再生のために使用される生命力は、かなり大きなものに違いない。
百年以上前のこの町の賑わい方はわからないが、それでも、何も知らない多くの住人の生命力が吸われたはずなのだ。しかも、下手をしたら寿命まで。
それこそ、かなりの騒ぎになったはずなのに――アレが変異種であることを知る住人は、ごく僅かしか居ないと言うのだ。
「マサアキの言いたいことはわかります。皆様に、当時のことを教えて差し上げましょう。『キィちゃん奮闘記』とでも名付けましょうか!
――変異樹が生える、この町の中央広場を見たでしょうか? 半径百メートル程の、それは広い円形の広場です。
そこは、変異樹が現れたからではなく、当時から催し事をするために設けられた場所でした。
あるとき、その広場の中央に突然、あの樹木が現れたのです。
芽から急激に成長したのではなく、まさかあの大木が、気付いたらそこに生えていたのです。
樹木が出現したのはある日の正午過ぎのことでした。
そして、その翌朝――こちらも突然に、その枝葉が落ち始めました。
『何やら不吉な予感がする』と、住人は大騒ぎし、その樹木に近付くどころか、広場に立ち入ることもありませんでした。
ワタクシはそんな騒ぎの中、すぐ近くで、落ちてくる枝葉を避ける遊びに興じておりました。
枝葉が全て落ち、樹木がその幹だけになった、その時でした。
またも突然に、周囲の住人がその場に倒れ始めたのです。
誰もが、かろうじて意識を保つものの目を開けることすら出来ない様子。その原因は明らかでした。
樹木からは次々に、また、枝葉が生え始めたのです。
ワタクシはすぐに気が付きました。この樹木が変異種であること。そして、枝葉を生やすために、住人の生命力を吸収していることに。
何故なら、ワタクシも例外ではなかったのです。
――毎朝、起床とともに、ワタクシは可愛い寝ぼけ顔でこんなことを思うのです。
『にゃーあ、この世界、あと何百年続くんだろうにゃ……』
と。可愛いでしょう? そして同時に、ワタクシの全身はごく僅かな倦怠感に襲われるのです。
そう――樹木が再生を始めたとき、ワタクシの全身は、寝起きでもないのにそんな倦怠感を覚えました。
しかも、しばらくその状態が続いたのです。
ワタクシは不老であり、その生命力も無限のようですね!
おそらく、先ずは住人全ての生命力を吸ったのでしょう。そして、足りない部分をワタクシから吸い続けている。
ワタクシはそう、推測しました。
幸い、命まで失うような住人も見られなかったことから、ワタクシは倦怠感を覚えつつ、しばらく樹木の様子を見ていました。
ものの五分くらいでしょうか。樹木はすっかり元の姿に戻ったのです。
同時に、ワタクシの倦怠感も消失しました。
ワタクシはすぐに、町の外に向けて走り出しました。
生命力が吸収される範囲を調べるためです。あ、実はワタクシ、足が速いのです。猫ですから!
――道行く住人の誰もがその場に倒れ、しかも、町の外にも行き倒れている人がチラホラ見られました。
最も遠くで倒れている人の位置から、その範囲が一キロメートル程度であることがわかりました。
その後は時間の経過とともに、住人の方々が少しずつですが、元気を取り戻していきました。
ワタクシは、その樹木が変異種であると断定し、変異樹と呼ぶことにしました。
ですが、こんな変異種を誰が討伐することが出来るでしょう。
町の移転も叶わない状況で、ワタクシはその樹木が変異種であることを隠すことにしました。
住人には、『枝葉が落ちて、気持ちの悪い微少な害虫が大量発生したにゃん。その虫に刺されて、みんなぐったりしていたにゃん!』と、説明しましたとさ――」
百年以上続く、本来であれば異常な事態。それを、こうも軽い語り口で……
『にゃはは!』と笑う猫神父を、誰もが『やっぱり、すごい人物なのでは?』と、少しだけ見る目を変えて見ていた。
「それこそ、やっぱり放っておけば? ――って思ったんだけど、駄目みたいだね。自己再生は自動じゃなくて、自分の意思で行うみたいなの。
枝葉が落ちたときから人が近付かないようにすれば、勝手に寿命を消費して死ぬと思ったのに……」
ミュウの追加説明に、全員がため息と共に俺を見た。
枝葉が落ちて周りの生命力を吸うってことは――ヒットポイントが一桁の、瀕死状態ってことだろ?
――俺はただ、それだけを願っていた。
――翌日。
朝早くから変異樹の枝葉が落ち始めると、猫神父の呼びかけの下、半径一キロメートルより外への住人避難が始まった。
恒例行事なのか、ものの三十分で、変異樹の前には猫神父と俺だけが残った。
「再生が始める前に、聞いておきたいんだけど。何でキィはこの変異樹に干渉できるんだ?」
「えぇ、当然の疑問です。――ワタクシたちが干渉出来ないのは、力を持ち、見極めがされていない『人間』だけ。変異種とは干渉し放題。友達にだってなれるのですよ!」
「ぶっ! 確かに、あのインプとも仲良く出来そうだな」
「タコさん、『ぶっ!』って笑うのは控えた方がよろしいのでは? 女子お二方の、爆裂に微笑む顔が目に浮かびます」
「ほっとけ! ――じゃあ、そろそろキィも避難してくれ」
「はい。よろしくお願いいたします。何も無いとは思いますが、くれぐれもお気を付けて。――あと、時間がかかっても構いませんが、出来れば数日のうちには――いえ、出来るのであれば、日没までには――いや、皆で美味しい昼食を頂きたいので、出来れば――」
「わかったから、じゃあな!」
最後に微笑み、スキップするように去って行く猫神父の背中を見届けると、俺は変異樹と向かい合った。
落ちきった大量の枝葉を一瞥すると、幹の中央辺りを見て話しかけてみる。
「お前さ、わざわざ自分で枝葉を落として――実は『早く枯れたい』とか思ってるんじゃないか? ――なんて、木の精霊でも要るかと思ったけど、気のせいだよな。よし、さっさと終わらせて、女子の評価を僅かでも上げるとするか――」
変異樹の幹は、高さが約五十メートル。手を繋いだ大人が二十人ほどでようやく周囲を囲めるほどの太さだ。
こんな大木は、俺なんかの力では丸一日かけても切れるとは思えない。
そこで、燃やすしか他に無いと思った俺たちは昨晩、大量の火炎瓶を作ったのだった。
俺たちと言っても、女子トークを繰り広げる二人の横で、じいさんトリオと四人、せっせと作った男と獣臭い代物なのだが。
予め、変異樹のすぐ脇に起こしてもらっていた焚き火で火を付け、次々と樹木に投げつけた。
やはり、枝葉が落ちたことで再生する生命力は残っていなかったようだ。
一切再生することなく、延焼する範囲がどんどんと広がっていった。
そして、二十本目の瓶を投げつけ終えたときには、その炎は変異樹の頂点にまで達していた。
「キャンプファイヤーなんてイベント、これまで不参加だったけど――気の合うやつらと火を囲んで話でもしたら、楽しいんだろうな……」
やがて、変異樹は真っ黒な木炭へと化した。
その生命が終わりを迎えたのだろう。
やがて、真っ黒な粉状に変わると青空に吸い込まれ、変異樹は跡形もなく消えたのだった。




