43話 二十五年のズレ
予知子ちゃんは後に、お目付役兼ボディーガード兼ペットのコリーと一緒に、神の家に来ることになった。
宿屋からの帰り道、俺は猫神父に、これまで転生者に起こった出来事を簡潔に教えた。
干渉禁止用語を気にせずに話せるためか、ついつい早口になってしまったが、猫神父は『にゃ!』『にゃに!?』と可愛い相槌を打ちながらも、全てを大人しく聞いてくれた。
俺の本『別世界の歩き方』も読んでくれていて、しかも『面白かったにゃ!』と褒めてくれた。
だが、反発少女が早々にリタイアした話ではその大きな目に憂いを持ち、悲しい表情へと変わっていた。
緑の国のドクターについては、長くこの世界に居るからだろうか。その危険性は認識しているようだった。
「――責任を持って、ワタクシから皆さまに伝えて差し上げます」
その台詞と、神の家に到着するのはほとんど同じタイミングだった。
――その夜。
レモーヌの町、神の家の応接室。
俺、じいさん、復讐女、予知子ちゃん、猫、犬が椅子に腰掛けると、顔を突き合わせた。
ヨボヨボ神父二人、そして威圧感が半端無いコリーもその場への同席が認められていた。
神父は腐っても神父だし、実は大神父同様に、この世界に関する知識を持っているのだという。
ただし、大神父以上に人に伝えるための制約が厳しいらしいのだが。
コリーに至っては、予知子ちゃんがどうしてもと言うからなのか、あるいはオーク族が放つ有無を言わせない威圧感からか。
猫神父は、
「無論、同席を認めます」
とだけ言うと、その場の仕切りを始めた。
「さて、皆様。遠路はるばるお越しいただき、誠にありがとうございます。――時に、この町の名産品『レモーヌ汁』はご賞味いただけましたでしょうか?
甘酸っぱくて初恋のような味……あぁ、皆様。ワタクシとは違って、初恋など遠い昔の出来事で覚えていらっしゃらない、そんな様相をしておりますね。失礼いたしました!」
いや、その物言いが失礼だろ。しかも、二千年も美少女の姿で生きてるあんたが言うことか。
恐る恐る女子二人を見ると、いずれも片眉をピクピクとさせて、何かを我慢している。
復讐女は当然として、予知子ちゃんにとっても、どうやら恋愛関係の話は厳禁のようだ。
「皆様には先ず、この世界の成り立ちをお話ししましょう。――とは言っても、童話を読んだ方にとってはその内容を超えるものではございませんが。予知子……失礼。レイさんにとっては初耳のことでしょう――」
その断りどおり、猫神父が話した内容は、童話を超えるものでは一切無かった。
しかも――
「世界の始まり――世界の中心に導かれたら、そこには何が待ち受けているのか。それだけは、この場で話すことは出来ません。なぜなら、導かれる資格を持って初めて、お伝え出来る内容だからです」
「じゃあ、童話さえあれば、大神父なんて居る意味あります? ヨボヨボ神父たちなんて特に――」
腕と脚を組んで座る復讐女……いや、下手に口に出来たら怖いから、今後はちゃんと名前で呼ぶことにしよう。
ミュウが三狂を代表して大神父に噛み付くと、横ではレイも『うんうん』と頷いている。
ヨボヨボたちは『ガーン』という効果音が聞こえてきそうな表情で、口を大きく開けてその時が止まっていた。
「にゃーん! そんなひどいことを言わないで下さい! ――導くにも種類があるのです。一つが、情報をお伝えすること。そしてもう一つが正真正銘、始まりの地へと導くこと。
――お伝え出来ることには限りがあるかもしれません。ですが、ワタクシたちが導かなければ、世界の始まりに立ち入ることすら出来ないのです。ワタクシが『にゃっほーい!』と、見えない壁に言葉を掛けるだけで、初めてそこに入ることが出来るのです!」
「ちなみに、ワタクシの掛け声は猫よりも簡潔です。『ワン!』と、その二文字で入れるのです!」
「……」
犬神父の声を初めて聞いたが、『イケメンにこの声はズルい!』と思えるような良い声をしていた。
でも――掛け声など今はどうでも良い。
何かその時になったらなったで、その場の雰囲気とか言って、どうせ掛け声も変わりそうだし。
本当にどうでも良い。
「さて。麗しいお嬢さん二人の目が怖くて仕方がありません。ですので、今お伝え出来る、最も有益な情報を与えて差し上げましょう」
本当に有益なのだろうか。
神父以外のその場の誰もが、疑いを持った目で猫神父の話の続きを待った。
「――五十年に一度、力を持った七人がこの世界にやって来ます。現に、この二千年間で実に四十回――累計すると二八〇人もの方にお越しいただきました!」
まるで観光ツアーにでも参加してもらったかのような言い方だ。
本人の意思とは関係無く、一方通行で、強制参加の理不尽ツアー。
犠牲になってもらった、が最も相応しい表現だろうか。
「うふふ。そして、あなた方も例に漏れない七人――と、お思いのことでしょう」
「――ちょっと、まさか、違うとでも言うの!?」
「――今から百年前のことです。同時期にこの世界にやってきた七人のうち、一人の男性が生き残りました。その男性は、百二十五年前に『自身の、心からの願いを叶えることが出来る』という力を持って、この世界にやってきました」
「百二十五年前? ねぇ、ちょっと……二十五年、ズレてない?」
二十五年のズレ……何となくだが、俺には猫神父が言わんとすることが予想出来ていた。
それは、童話を読んですぐに考えたことで、『あの墓』に眠る人間に関する憶測だった。
「男性はその当時、黄の国に滞在しておりました。ですので、ワタクシが世界の始まりへと導いたのです。そこでの出来事を詳細にお話しすることは出来ませんが――結果のみでしたら、お伝えすることも可能です。
その男性は最後に、『人の願いを叶える力を持って、現世で生を受けるところからやり直したい』という願い事をしました」
「まさか――その人って、私たちが願った、あのお墓の人!?」
さすがは予知子ちゃ……さすがはレイだ。
そして俺自身も、予想したとは言えまさか憶測が当たるとは思わず、驚いていた。
「さっすが予知子ちゃんだにゃ……っと、失礼。さすがレイちゃまです。――その男性が世界の始まりで何を想ったのか。それは、皆様のご想像にお任せいたします。
結果、男性は、神さまの願いが叶う可能性を高めるべく、そのために必要と考えられる力と共に、現世へと戻ったのです。
――今から五十年前。彼は現世でその短い生を終えました。死してなお、五十年に一度、七人の願いを叶える力を自身の墓に込めて。そして、五十年後――あなた方、七人の願いを叶えたのです」
「――つまり、わたしたちは神さまが願った、五十年に一度やってくる七人とは違う七人……」
「その男性は五十年に一度の、その間にもう七人を送り込むことにした。つまり、二十五年に一度、七人がこの世界にやって来ることになった。……でも、お墓に願ったら何でこの世界に来れるわけ? そこは謎なんだけど?」
「うふふ。この世界に来たいという願いを持つ人が一人でも居れば、叶うでしょう?」
「は? そんな、一体誰が――って、まさか、アンタじゃないでしょうね!?」
怖い女子二人が一斉に俺を見た。
弁明したかったが、またも表情すら動かすことが出来ない。
「そのとおりです。タコさんは『異世界』というものに憧れたようですね。『異世界で、ただ主人公たちの物語を読んでいたい』そう願いました。
――うふふ。タコさんを責めないであげて下さい。お墓に眠る方が一番望む願いが、それなのですから。タコさんが居なければ、七人をこの世界に送ることが出来なかったのです」
「――必須の願い事だったってことか。でも、その他の、私たちの願いは? その人が神さまの願いを叶えるために必要だって、独断と偏見で選んだ力ってこと?」
「厳密には、『願いを叶える可能性がある力』です。あなた方は、神さまが願い呼び寄せた七人ではありません。そして、あなた方をこの世界に呼び寄せた男性の力は、残念ながら、神さまの力の範疇を超えることはありませんでした。
つまり、例え墓前で『蘇生の力』『時を戻す力』『終わらせる力』を願ったとしても、それらを得ることは叶わないのです――」




