40話 リアル
レモーヌの神の家は、オネショのそれとは比べものにならない程の大きい建物だった。
開け放された出入り口を跨ぐと、眼前には先に到着している二人の視界と同じ光景が広がった。
オネショのそれの五倍ほどはありそうな礼拝堂で、大勢の礼拝者が瞑想し何かを祈っていた。
神父は脇目を振らずに正面の奥、国旗と肖像画が掲げられた壁へと向かった。
俺も、黙ってその後に続く。
「――大神父さま、ご無沙汰しております。青の国の神父もご健在で何よりですじゃ」
未だに視界への出禁が解除されていないためか。残念ながら猫神父の耳がピクリと動いただけで、その目は微動だにせず神父ではない何かを見つめていた。
噂どおり、そして目線で見たとおり、猫神父は超が付くほどの可愛さだった。
――あれは何と言ったか……ノルウェージャン?
真っ白く綺麗な長毛は、黒と茶が所々に混じる三毛。鼻筋が整っており、大きな猫目は青色。極めつけは、リアルな猫なのに美少女に見えるところ。
これでは、ヨボヨボ神父の言うとおり色目を……いや、使えないだろ!
これ、色目というか直視するのも躊躇うレベルだけど? この世界のヨボヨボ神父たちのメンタル、逆にすごいな。
青の国の羊神父は二人の視界で見たそのままで、うちの山羊とほぼ同じ。
そんなヨボヨボ神父コンビは、猫神父の周りをウロウロするも、一向にその視界に立ち入れないようだ。――って、羊も出禁なわけ?
そして、犬神父は噂どおりのイケメンだった。
あの、大型で頭がやけに小さい猟犬、何だっけ? 名前が出てこないけど、とにかく、犬なのにズルいくらいに格好良いのだ。
こちらも気品が漂い過ぎて、俺なんかの目ではチラ見ですら汚してしまいそうだ。
『はい、出禁!』
いきなりそんな理不尽なことを言われても、
『ですよね!』
と言ってしまいそうだ。
そして――礼拝堂に入ってからずっと、人間の二人が俺を見ているのには気が付いていた。
まずは――そう、対面が叶ったのだ。
ヨボヨボが出禁解除に向けたアピールで忙しい中、自己紹介的なものが始まる気配は一切見られない。
そんな雰囲気を察してか、気配りが出来るじいさんが、まず声を掛けてくれた。
「あの――」
だが、それをすぐに、復讐女が手で制する。
おそらく、俺の力を知り得ながら、俺自身のことを見極めているのだろう。悪気は無いのだろうが、生で見ると、やはりその目は威圧感を覚えるものだった。
「――あなたの力のこと、この場で話しても良い?」
この場、声が聞こえる範囲には転生者と神父しかいない。
俺自身が公表できない力を話してくれるのは、むしろ助かる。
取り敢えず頷きながら神父たちを見ると、山羊と羊は当然のようにポカンとした顔をしている。
猫と犬は気高く微笑むと、小さく一度、頷いた。
「この人は、わたしたちのような――この世界にやって来た人たちの人生を、まるで物語のように読むことが出来る。その人の視界を借りて、リアルタイムでその人と同じ景色を見て、同じ音を聞くことが出来るの。
この世界に来て以降に限るけど、これまでの物語を振り返ることも出来る。読むことが出来ないのは、未来の物語。この世界の住人も、この人が肉眼で捉えたら、その物語を読むことが出来る」
「何という……まさに、世界の今を誰よりも知ることができる、すごい力ですな」
「うん。でもね……わたし、それだけなら『何で、もっと早く他の人と接触を図らなかったの?』って、問い詰めていたかもしれない」
「いや、この世界に来て、まだ一か月ちょっとですよ? まずは自分のことで精一杯でしょう」
うん、やっぱりじいさんは目線でもリアルでも優しい。
そしてこの女は、目線よりリアルに数倍怖い。
「この人――この世界の物語に干渉することが出来ないみたい」
「なんですって!? 干渉が、出来ない……例えば、接触が出来ないとか、物語の内容を変えるような行為が出来ないとか? でも、今こうして出会うことは出来ましたね。とすると、話せる内容に制約でもあるのでしょうか?」
さすが年の功、即座に全てを理解してくれた。でも、じいさんのその言葉には頷けなかった。
頷こうとしたが、それが出来なかったのだ。
声が出ないことを覚悟して、制約を認識してもらうために声を出してみた。
「俺は――。でも、うまく変換すれば――出来る。本を書いたから、読んで欲しい。だいぶ変換しているから、うまく解釈してくれると助かる」
『俺は、童話も読んだし、この世界のことを誰よりも知っている。だけど、この世界に干渉することは言葉にも、文字にも、身振り手振りすら出来ない。でも、うまく変換すれば伝えることが出来る。本を書いたから、読んで欲しい。だいぶ変換してるから、うまく解釈してくれると助かる』
言葉にならない部分もあったが、思ったよりも会話が成り立ちそうで安心した。
声に出せない内容は、神父と話すときとほとんど変わらないようだ。
ただ、神父のときと違うのは、声に出せないときは口を動かすことすら出来ないこと。
しかも表情すら変えることが出来ないから、顔色で何かを察してもらうことも出来ない。
とは言え、不自然な間から何かを感じ取ってくれたのだろう。
じいさんに至っては手で口を押さえて、心から哀れむような表情をしてくれていた。
「その本を読めば、童話以上の何かがわかるってこと? ――それ、面白いの?」
「いや、必要なのは――だろ? まぁ、俺好みのラノベ風に書いたつもりだけど……」
「ふぉっふぉ! タロさんの本は面白いですぞ? ちなみに清書と挿絵はわたしが担当しておりますじゃ。黄の国の神父でございます。以後お見知りおきを!」
おぉ、神父、よく言ってくれた!
挿絵の三狂がやたらと巨乳美少女に描かれているのを見たら、どんな目で見られるかわからない。
ていうか、歯ぎしりしてるって事はただ自分をアピールしてるだけか、この神父。
実際、この子も狂気を除けば美人の部類に入るしな――
「挿絵は、俺じゃなくて神父の好みだからな?」
最後に念を押しつつ、二人に著者俺の本を手渡した。
もう一冊、重い思いをして予知子ちゃん用にも持ってきていた。
二人が目を通しているこの間にでも、予知子ちゃんを此処に連れて来ることが出来ると良いのだが。
挿絵の感想を心待ちにする神父をスルーして、猫神父に目をやると――微笑み、予想外の反応を見せた。
「良いでしょう。ワタクシがお供いたします」
「――え?」
「うふふ。私はこの国の大神父です。私たちの役目は、見極めること。そして、導くこと。さぁ、参りましょう!」
猫神父は、綺麗な姿勢で音も無く歩き始めた。
羨望と嫉妬が混じった眼差しを背に、俺はその後を追った。
――神の家を出てすぐに、猫神父は急に立ち止まった。
「さて、ここからの先導はお願いします」
「……あの、あなたはどこまで、何を知っているのですか?」
「うふふ。わたしは神ではありません。ワタクシのこの可愛い目で見て、この美しい耳で聞いたものしか知り得ておりません。
――少し前から、力を持った方がこの町に滞在していることは存じております。その方に会いたいのだろうと、そう判断したまでです」
「なる、ほど……」
まるで太陽でも見るかのように、俺のすさんだ目ではその姿を直視することが躊躇われた。
しかし、この猫神父……自分が可愛いことを自覚してるんだな。
それと、獣人の見た目からは年齢が推定できないが、大神父と言うには若すぎる気がする。
俺の異世界妄想で得た知識からすると、この場合は『若く見えて実は千年以上生きている』『千年以上、記憶と人格が受け継がれてきた』『情報だけが受け継がれてきた』『実はロボット』『有能で可愛すぎるだけ』のいずれかだろう。
「おやおや。ワタクシのことが気になって仕方が無いご様子……うふふ。あなたの疑問に答えて差し上げます――」
猫神父は微笑み、何かを見透かすような目でこちらを凝視している。
果たしてどれが正解なのか。息を飲み、その言葉を待った。




