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37話 四万回

 人魚が持つ力。

 それは、声に宿る感情を、聞いた人に宿すことが出来る。


 その影響距離は、声が届く範囲。なお、最大では現世の距離でいうところの百五十メートルまで。

 そして、相手に宿る感情は、本人のそれの約百倍となる。


 ――つまり、さっきのわたしのように『恐怖』が宿った声を聞けば、相手はその百倍の恐怖を覚える。

 まるでこの世のものとは思えない、見るもおぞまましいものを見たときのような恐怖を覚えるのだろう。



 ――そうか、わかった。この人魚は、人間が怖いんだ。


 変異種は、この世界の四つの国に一体ずつ生息するらしい。

 急に現れて、その変異種がいなくなると、また別の変異種が急に現れる。

 何かしらの力を持った存在が、急に現れる。


 ――タイミングは違えど、それは、わたしたちと同じではないか。

 わたしたちは現世から、そして、変異種は外の世界からどこかの国に呼び出されるのだ。


 神父が子供の頃に現れたというその人魚は、その声を聞く限り、子供だろう。

 おそらく、人間などいない外の世界から、何も知らされずここにやって来たに違いない。


 人魚は、見たことのない人間に恐れを抱いた。

 その歌は、お母さんが聞かせてくれた子守歌だろうか。

 日本にも、「怖くなんかないさ!」と、自分を鼓舞するための歌が存在するのだ。


 その声を聞いた人間は、想像も出来ないほどの恐怖を覚え、殺し合ったのだろう。

 でも、人魚も寂しいのだ。生き残り、唯一近付いてきた人間には、そんな感情を抱いたのかもしれない。

 人魚は、まさか人間が水陸両用とは知らないから、水の中に連れ帰った……そんな感じだろうか。



 わたしは振り返り手を振ると、一気に湖に近付いた。

 湖の縁に立つと、人魚の顔がはっきりと見えるようになった。その顔は、あいつそっくりだった。

 もしかすると、本当は可愛い子供の顔をしているかもしれないのに、何とも厄介な呪いだ。


「ねぇ、お話しましょう?」


 怯え引きるあいつの顔に、わたしは先に声をかけてあげた。


「……僕と、友達になってくれる?」


 それは強い怯えと淋しさ、そして幾ばくの期待が込められた声だと感じた。

 あいつそっくりの人魚は、わたしに近付いてきた。

 頭部だけだとまさにあいつだから、せめて魚の部分を見せて欲しいのだが、頭部だけ出して水平に移動してくる。



「君は、一人なの?」

「……うん。気付いたらここに、ずっと、ずっと、一人でいるの……」

「ここからは出られないの?」

「だって……お父さんもお母さんも、いないんだもん……怖いから、ずっとここにいるの」

「どのくらいここにいるの?」


 ブルベの村にも時間の概念は無い。

 変異種がそんなことを知っているとは思えないが、一応聞いてみた。


「……ずっと、ずっと。お日様がてっぺんに浮かんだら一つって、数を数えてきたんだ。でも僕、百までしか数えることが出来ないの。だから、百を数えたらまた百を数えて……」

「……百を何回、数えたの?」


 百を四回で、約一年。

 百を百回数えれば……約二十七年。この子供にはそれが限界だろうか。


「百を百回。それを四回くらい数えたところなんだ」

「……四万回ってこと!? えっと、四万日ってことは……百年以上じゃないの!?」

「ヒャクネン? わからないけど、ずっとずっと、数えてたんだ」


「そっか……すごいね! ねぇ、あなたのお名前教えてくれる? お姉さんはね、ミユウって言うの」

「ミュウ? 僕はね、ニギーって名前だよ」


 『にんぎょ』の『ニギー』か……安易というか、でも、まだ可愛い気があるから良しとしよう。

 それよりも、百年もの間ここにいるという事実に驚きなのだが……それは即ち、百年以上生きているということ。

 それなのに、まだ子供ってどういうこと? 人魚という生き物は何百年で大人になるの?


 それに――あの神父も何なの?

 百年前に小さかったって、この世界の獣人ってそんなに長生きなの?


 ――とにかく。ニギーの両親も、まだ生きている可能性が大いにあるということがわかった。



「ねぇ、ニギー。お父さんとお母さんに会いたい?」

「――うん! 会いたいよ! 会って、一緒にお歌を歌うんだ! ね~んね~!」


 ニギーは、あいつの顔で満面の笑みを浮かべると、また歌い始めた。

 無邪気な顔のあいつほど、殺意を覚えるものは無い。


「わかった。じゃあ、そのまま歌い続けて、ちょっと待っててね? わたしがニギーの願いを叶えてあげるから!」


 正確には、わたしではなくておじいさんなのだが。


 ニギーはあいつそっくりのその顔で、眩しいくらいの笑みを浮かべた。

 あいつに見えなければキュンキュンしただろうに……あとで思い返すときは、近所の、羊の女の子の顔に付け替えよう……


「お父さん~、お母さん~、会いたいよ~、会いたいよ~!」


 何とも安直な、でも、心に突き刺さる悲しみを帯びた歌へと変わった。

 それを聞きながら、わたしは全速力で走り戻った。



「ぜぇ、はぁ――おじいさん、お願いがあるの。わたしが言うとおりに願ってもらえる?」

「良いですが……何があったのです? 一見無事なようですが、精神は安定していますか?」

「うん。殺意しか覚えてないから安心して。あの人魚――『ニギーが、お父さんお母さんの下に帰れますように!』って、心から願って、口にしてあげて!」



 簡単に説明すると、おじいさんはもはや使いものにならない涙腺を少しにじませながら、希望どおりのことを口にしてくれた。


 ――つい今の今まで聞こえていた、ニギーの悲しい歌声は聞こえなくなった。


 きっと、元の場所に帰ることが出来たのだろう。

 そのまま、両親と三人で幸せそうに歌い続けるニギーの姿を思い浮かべて、わたしは微笑んだ。




 ――何が起きているのかわからない神父に、ミュウは善い嘘を交えて説明をしていた。


「わたし、やっぱり呪い耐性持ちだったの。でもね、自我を失った振りをして、人魚を油断させて、全力で殴打したの。そう、いつか神父さんの後頭部を殴るように、全力でね!」


 顔を引き攣らせる神父と、『おぉ!』と歓声を上げる屈強な男連中。

 殴り殺したと聞くと恐ろしいが、『一発だけ、致命傷を与えたら塵となって消えたの』という嘘は、変異種だからと、不思議とは思われなかったようだ。


 男連中は気配の全く感じられない湖に近くと、その事実を確認した。



 変異種が討伐されると、新たな変異種が現れる。

 もしかすると、この国のみんなは人魚がいなくなるという事実を嬉しく思わないかもしれない。

 ワタシもミュウも、それだけを心配していた。


 でも、目の前の誰もが両手を挙げ、声を上げ、涙を流して喜んでいた。

 百年も前に犠牲となった人には、当然だが家族がいたのだ。

 例え近付かなければ害の無い変異種とはいえ、その存在が疎ましいと誰もが思っていたのだろう。




 ――それにしても、喜び過ぎじゃない?

 男連中はまるで、応援している万年最下位のチームが奇跡的に優勝したかのように、まるで両親に会えて喜ぶニギーの声を聞いたかのように喜んでいる。

 そこで、わたしはようやく気が付いた。


「いやぁ、良かったですな」


 ニコニコと、さっきからそれしか言わないおじいさん。

 そのおじいさんから、新たな力の情報を覚えたのだ。


 それは、ニギーが持っていた力、そっくりそのままのものだった。

 おじいさんの中には間違い無く、さっきまでは無かった力。


 まさか――ニギーの力がおじいさんに移ったとでも言うの?



 帰り道、そのことをおじいさんにだけ伝えてみる。


「不思議ですな。考えられるのは――結果的には、ワタシが願うことで人魚はその姿を消しました。つまり、討伐あるいは追い払った人に、その変異種が持つ力が移るのでしょうか?」


 だとすると……この世界では、願い得た自身の力以外にも力を得る術があるということか。

 ……でも、今はそんなことはどうでも良かった。


 わたしはそのとき、あることを思い安堵の気持ちで一杯だったのだ。



「ねぇ、おじいさん。わたしが討伐しないで本当に良かったよね? だって、もしもわたしの感情が百倍で相手に宿ったら。わたしの……あいつのことを思って口にした言葉を聞いた人がどうなるか――ね?」


 おじいさんは、その光景を思い浮かべたのか。

 この世の終わりを見たかのような、青い顔をしていた。

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